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24ページ

 昨日、律子が作ったホームページの来訪者が1万を超えていた。


 ーーいや、ないない!


 律子は首を振ってから再度、スマホを凝視した。


 来訪者:10253人


 ーーいやいやいや……。


 律子はほっぺを、痛くなるほど抓ってから、再び、スマホを確認したが、数字は揺るぎなく5桁を表していた。信じられないが寝ぼけている訳じゃあないらしい。

 事実だと受け入れた律子は、とっさに花梨に対してメールを流した。

 

『花梨! なんか、昨日作ったサイトがとんでもないことになってる! 確認して5分以内に返信せよ!』


 早朝から迷惑なメールだったが、構わなかった。

 そして再びホームページを開いたら、来訪者:10328人。この短い間に来訪者が50人以上増えていた。


「マジか……」


 かすれた声で呟きながら、昨日、自分で作った感想欄を覗くと、これまた、沢山の感想が残されていた。


 ・面白え! めっちゃ面白えよ! こんなに続きが読みたい漫画は初めて見た!


 ・自分、原作のファンでした! パンドラの契約者が打ち切られたことが未だに悲しいです! だから、この漫画が描かれたことが嬉しくてたまりません! おっさん! 作者さん! ありがとうございます! 残念ながら轟先生の連絡先は知りませんが、いつか届くことを願って、周囲に広めます。


 ・私、原作は読んだことないのですが、この漫画は凄い引き込まれました。むしろ、原作を読みたくなる程面白かったです。


 ・Yes! パンドラー! 面白かったです! キレッキレの推理を広げる葵ちゃんと、エロかわいいパンドラちゃん! 最高でした! ところで、紫歌ちゃんはいつ出てくるんですかねー? 続き待ってます!


 ・

 ・

 ・



「マジか……」


 つらつらと並ぶ感想に、再び律子は呟いた。


 ーーたった、半日でここまで……。

 ーーおじさんの漫画、ここまで人を揺さぶるのかよ?


 確かに、おじさんの作ったパンドラの契約者の凄さは身をもって知ってるが、それでも、こんなに反響があるだなんて想像すらしなかった。


 ーーいや、でも、あれだけの宣伝で……?


 自分がやった事といえば、たかだか3つのスレに紹介文を載せただけだ。それが一体全体どこがどうなれば、半日で来訪者が5桁を超えるのか? その間が全く想像できない。

 とりあえず、轟先生のスレでも覗いてみるかと考えていると、花梨からメールが返ってきた。


『パソコン見たよー! 沢山の人がお父さんの漫画見てるよ。やったね! 追伸、5分はちょっとキツくない?』


 返ってきたメールを確認して、つい、


「やったね……じゃねーし!」


 スマホに向けて叫んでしまった。

 いや、花梨とは長い付き合いだから判るのだけど、このメールのやったねは、例えば、おみくじで大吉を引いてやったね、ぐらいの感覚だ。

 違う。全然違う。無名の新人がホームページを作って、僅か半日で1万人を超える反響があるなんてことは、律子からしてみれば宇宙人が地球を侵略しに来た……くらいに驚く大事件なのだ。

 そんな、十人引けば一人二人が当たる大吉とは訳が違うというのに、花梨はそれを分かってない。


 ーー花梨には後でしっかりと教えるとして、とにかく今は!


 律子は、昨日、紹介文を載せたスレを覗いた。

 するとそこには……。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 789:名無しのパンドラー

 俺、ラインで友達に、パンドラの契約者の事、紹介して来ました!

 

 790:名無しのパンドラー

 うむ、良くやった! これで789も立派なパンドラーだ!


 791:名無しのパンドラー

 拙者、今日、大学のオタクサークルで紹介してくるでござる。


 792:名無しのパンドラー

 俺も、俺も! 高校で友達に紹介するよ!


 793:名無しのパンドラー

 みんな頑張っているな! 俺も負けずに、ツイートするぜ!


 794:名無しのパンドラー

 ただいまー! パンドラの契約者を勧める旅から帰ってきたよ! 漫画関連のスレを中心に20箇所くらいに宣伝して来た!


 795:名無しのパンドラー

  いいな! この調子でどんどん広めよう! いつか、轟先生に届くまで!


 796:名無しのパンドラー

 Yes、パンドラー!


 797:名無しのパンドラー

 俺も、頑張るぜ! と言いたいけど、残念ながら、もうそろそろ学校にいかなきゃなない。無念だが、学校から帰ってくるまで、みんなに任せた。


 798:名無しのパンドラー

 ↑学校で広めればいいんじゃないか?


 799:名無しのパンドラー

 ↑馬鹿! そこは察してやれ!


 800:名無しのパンドラー

 797、後は任せろ。俺は、24時間パソコンの前から動かない男。このパンドラの灯火は絶対に消さない!


 801:名無しのパンドラー

 800番、かっこいい! 実は全然いいこと言ってないのに男らしいよ!


 802:名無しのパンドラー

 えーと、最近ごたごたしていて、ついさっきやっと、天空のフルールを読み終えたからやって来たんだけど…………なんでパンドラの契約者でスレが埋まってんの? 天空のフルールはどこ行ったの?


 803:名無しのパンドラー

 パンドラの契約者の漫画を作った。みんなに見て欲しいからアドレス置いとく。×××××××.××.×××.××

 802の為に原因を持ってきたぞ。まずは見ろ。そして802もパンドラーになるんだ。


 804:名無しのパンドラー

 803、GJ! ついでに俺も覗いてくるわ。(因みに俺は4回目)


 ・

 ・

 ・


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「マジか?」


 律子は三たび繰り返した。

 轟スレが、パンドラの契約者の話題で埋まっていた。いや、それどころか、住人がこぞってパンドラの契約者を広めている。

 しかも、やっぱり、律子の宣伝がきっかけみたいだ。


 ーーたった、あれだけでこんなに……。


 律子の紹介に興味を持った誰かが、漫画を見て、動画を見て、協力する気になって、周りに広めて、更に人が集まって……。

 その過程を想像して、律子は震えた。

 内容の良し悪しよりも、目立ったもん勝ちのネットの世界だと思っていたが、違うのかもしれない。

 本物は……本当の本物は、海の底からでも輝くのかもしれない。

 身震いしながら、続きを眺めていると、とあるレスが律子の注意を惹きつけた。




 843:名無しのパンドラー

 しっかし、あの動画のおっさん、無茶苦茶なこと言ってるけど、なんか憎めねーよな?


 844:名無しのパンドラー

 わかる。同じ、轟ファンとして共感できる。



 そのレスを見た律子は、思わずぐっと拳を握った。

 最初に撮ったおっさんの動画は、憎めないとか、共感できるとか、そんなレベルを超えて、ドン引きものだったのだ。

 それを、残すところは残して、削るところは削ったのは律子だ。

 よりわかり易く、より共感し易く、より好印象を。そんな意図を持って作った動画が、狙い通りの効果を視聴者に与えている。


 ーー狙い通り! ふふん! どんなもんよ!


 次の瞬間、全身がゾワッて痺れた。

 胸の内から、得体の知れない感情が湧いてくる。


 ーーえ? ちょっと待って。


 そう理性がブレーキをかけようとしたのだが、止まる気配はまるでなく、それどころか、益々と強くなるばかりだ。


 ーーうわっ! ああもう、こんちくしょう!


 思い返せば、律子はこれまで、自分の作品を……いや、自分の感性をネットに投げ込んで、反響が起きた事など一度もなかった。

 一度だけ、そこそこ見られた動画もあったが、あれは人気を取る為だけのものだ。

 そうではない、自分の伝えたいものを伝えてアクションが返ってきた経験など一度もない。

 まるで虚空に向かって、一人でキャッチボールをしているようなむなしさしかなかった。

 でも、今、確実にネットの向こうの誰かに、律子の作品が届いている。


 ーーあー、馬鹿じゃないの、私⁉︎


 そう思う。だってこいつらが今熱狂しているのは、おじさんの漫画がとんでもなく面白いからだ。それ以外の何物でもない。確かに律子がホームページを作ったり、動画作ったりしたが、それは刺身に付いている大根ぐらいの様な物だ。おまけでしかない。

 それは、自分でもわかっている。

 だというのに……。

 だというのに、何をどう言い聞かせても胸の高まりがおさまらない。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 始業のチャイムが鳴る寸前に、律子はクラスに飛び込んだ。


「遅かったね、絵田っち」

「うん……ちょっとね」


 友達に返した返事は、急いできた影響でちょっと粗かった。

 あれから、パンドラの契約者に関するブログや呟きをギリギリまで渡り歩いていたら遅刻しそうになり、ほとんど駆け足で登校する羽目になった。

 徒歩で10分少々の距離とはいえ、運動部でもない律子にはキツかった。

 カバンからペットボトルを取り出し、口に含んだ丁度そのタイミングで、クラスの男子の一際大きな声が耳に入ってきた。


「いや、だからさ、パンドラの契約者って漫画がマジで面白いから、見てみろって!」


 飲み込んだお茶を噴き出しそうになったが、ギリギリで我慢した。

 すんでのところで、女子高生にあるまじき失態を避けた律子だが、代わりに盛大にむせた。


「ぐっ……ゴボ!」

「どしたの? 大丈夫?」


 心配した隣の席の友達に「な、なんでもないわ」と返しながらも律子は男子の会話に聞き耳を立てた。


「そんなにオモロいの?」

「絶対に面白い! ガチではまる! そんでおっさんの主張がマジでウケる! 俺はそれ見て爆笑した!」

「へー、ちょっと気になるかも、スマホで見れんの?」

「おう。タダだタダ!」


 そんな会話は担任が来るまで続けられた。


 ーーうわ……パンドラーがクラスメイトにいる。


 これは奇跡的な偶然なのだろうか? それとも、知っている人間がクラスにいても、おかしくないぐらいに広まっているのだろうか?

 どちらにせよ、パンドラの契約者がネットを通して現実世界に広まっている。

 そのことに凄くドキドキして、一限目の授業は頭に入らなかった。


 




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