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 花丸高校1年、絵田律子は、同じ高校に通っている親友、瀬戸花梨から相談があると言われたので、放課後、中庭のベンチで、その相談とやらを聞いていた。


「という訳でね、お父さんの描いている漫画をインターネットに載せることになったの」

「…………」


 話を聞いていた律子は、思わずこめかみを押さえた。


「どうしたの、りっちゃん?」


 不思議そうな顔で花梨が尋ねてくるが、どうしたの? は、こっちのセリフだ。


「えーと……話を要約すると、あんたのお父さんは、金持ちのおっさんと3巻打ち切りのクソ小説をコミカライズしてんのよね? しかも、原作者はそのことを知らない。連絡もつかない。出版社に見向きもされていない。だから、ネットでパズらせて大々的に広めようって話」

「うん!」

「馬鹿じゃねーの⁉︎」


 笑顔で頷く親友を罵倒すると、天を仰いだ。親友が「えー、そんなことないよ」とか何とか言ってくるが、どっから聞いてもおかしな話だ、特に最後。

 元々、明るい性格の花梨だが、最近、特にごきげんだから、何とかいい事でもあったのか? とは思っていた。

 しかし、まさかこんな訳のわからないことになっていたとは予想もしていなかった。

 恋でもしたかぁ? という自分の予想は大外れだ。

 それにしても、


「ねえ、花梨。第三者から言わせるとおかしな話よ。私だって漫画は好きだけど、仮にお金があってもそこまでしないわ。もしかして、あんたの父さん詐欺られてない?」


 つい、そんな邪推をしてしまうくらいには、胡散臭い話に聞こえる。

 花梨が目を丸くした。


「えー、それはないよ。……というかウチには騙し取られるお金なんてないし?」


 それは知っているが、


「お金目当てとは限らないでしょ? 花梨、あんたを手篭めにしょうって腹かもしんないじゃん?」


 花梨は学年一かわいい。もしかしたら学校一かもしれない。金持ちのおっさんが金にあかせて良からぬことを企むことも、ありえなくもないと思う。少なくとも3巻打ち切り小説を、只のファンが漫画にするよりはまだありそうだ。

 だが、花梨は笑って否定した。


「いやいや、ないない。りっちゃんも常盤さんとお父さんの描いた漫画見れば納得するよ。もう凄いから」

「そんなに凄いの?」

「もうね、読んだ人の世界を変えてしまう様な漫画だよ」


 花梨は自信満々に、そう言った。

 でも、にわかには信じられない。前に興味本位で、花梨の父親の作品(エロくない奴)を見た事があるが、漫画家はやめた方がいいんじゃないかな? というのが律子の本音だった。

 そんな花梨の父親が、金を持っているだけの素人のおっさんと組んだ所で、花梨の言う様な傑作が作れるかは疑わしい。

 それよりは花梨のファザコン補正が、10割り増しにかかっている可能性の方がよっぽど高い。


 ーー全く、それさえなきゃ恋人の一人でも出来るだろうに、クラスの男子が草葉の陰で泣いてんぞ。


 そう思う。


「それで、私に頼みたい事って何よ?」


 実のところ、ここまで聞けばその頼みたい事に心当たりがあったが、出来れば違って欲しかった。

 だが、そういう願いは往々にして叶わないものだ。


「えっと、これから漫画をネットに流すんだけど、お父さんも常盤さんも、そういうののやり方、全然知らなくて困ってるの。それでりっちゃんに手を貸して貰いたいの。りっちゃん、中学の時に色々と投稿してたから詳しいでしょ?」


 花梨が、にこやかに忘れたい黒歴史を掘り返してきた。正直、勘弁して欲しい。

 いや確かに律子は中学の頃、一時期、動画だったり、写真にコメントをつけてストーリーを作ったりするフォトグラファーの真似事の様な物を、ネットに投稿していた。作品の内容は、主に風景や何気ない日常の写真を好んで使っていた。

 別に金銭目的という訳でもなかった。

 そうではなく、疲れている人に、一時の安らぎを与えたいとか、見た人に一歩踏み出す力を与えたいとか、悲しみに沈んでいる人を楽にしてあげたいとか、そういう……そういう青臭いことを考えて、なおかつ実行してしまう時期が律子にはあったのだ。

 別に律子に限った話ではないと思う。思春期の少年少女なら、そういうことを考える奴は一杯いるはずだ。

 ただ、ちょっとばかし律子が妄想で終わらず、行動的だった。それだけの話だ。

 そして、そんな痛い過去は中学時代に置き去りにしたというのに、この幼馴染は……。


 ーー全く、付き合いが長く深いのも考えものだ。


 ため息をつきながらも、自分の思うところを正直に告げた。


「経験者として言っとくけど……花梨、その話無謀だからね? お前ら、馬鹿じゃねーの⁉︎ って思うくらいには無謀だよ」

「そうなの?」


 と花梨は問い返してきたが、全くもってそうなのだ。

 趣旨は分かる。漫画をネットに上げて、それが多くの人の評価を得ることが出来て噂になるなら、原作者の耳に入るかもしれないし、出版社から取り上げて貰えるかもしれない。

 それほどにネットというか大衆の力というものは、時に常識を塗り替える力がある。

 例えば、長年、自作の曲を投稿し続け、それがあまりに多くの閲覧者から評価を受けて、もはや、この国のトップアーティストに成り上がった伝説だってネットにはいる。

 その伝説の動画の閲覧回数は、たった一つの作品で億を超える。

 また、その伝説以外にもトップクラスの投稿動画は、何百万という閲覧回数を誇り、善かれ悪しかれ大勢に影響を与える。

 そういうのを見て、じゃあ俺もって思う人間は一杯いるだろうし、その金持ちのおっさんもその一人なんだろうけど、経験者からすると甘いとしか言い様がない。

 確かに輝ける一握りは存在するけれど、それよりは埋もれる大多数の方が遥かに多いのだ。

 律子も埋もれた一人だろう。最初に投稿した作品の閲覧回数は僅か36だった。それが悔しくて試行錯誤した結果、最後に投稿した作品は数千を越えたし、その後、更に投稿し続ければ更に多くの人に見て貰えたかもしれないが、気持ちが醒めて止めることにした。

 律子だけじゃない。大半がそうなのだ。

 そして、例外とも言える輝ける一握りの人達は、才能と努力を持ち合わせている。

 先の伝説にしたって、初めから伝説だった訳じゃない。歌を磨き、曲を磨き、演出方法を考える。そういった努力を長年続けて、作品を出し続け、たくさんのファンを獲得してきたから今、伝説なのだ。

 だから、そういった長年の努力もなしに、いきなりフィーバーしようだなんて虫のいい考えは、律子にして見れば宝くじで1等を願う様なものだ。もしくは、イカダで世界一週するぐらいに無謀だ。

 だから止めとけと言いたくなるのだが、


「お願い、りっちゃん! りっちゃんしか頼れる人がいないの!」


 と、両手を合わせて頭を下げてくる花梨に口を噤んだ。

 確かに、花梨の父親が漫画を描いているなんて、それもエロい漫画を描いているなんて知る人間は、自分ぐらいしかいないだろう。


 ーーあー、もう!


 頭をガシガシかき乱しながら、「わかったわよ!」そう答えると立ち上がった。


 ーーまあ、宝くじだって、買わなきゃ当たんねーし……。


 そんなことを考えながら、久しぶりに親友の家にお邪魔する為に歩き出した。




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