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「しょうがない。プラン変更だ。轟先生の許可は後回しにして、ネットに流そう」


 常盤さんはそう言った。

 それに僕は、「いや、駄目でしょう」と呟いた。更に、


「常盤さん。著作権の事、知ってますよね」


 と、問いかけたが、確か初めてあった日に話をした時、ちゃんと認識していたはずだ。

 案の定「ああ、勿論だ」という返事が返って来た。

「だったら何で?」と問いかける前に、常盤さんの方から、「まあ、私の話を聞いてくれ」と言われ、おとなしく続きを聞くことにした。


「著作権の事は知っている。でもさ、ネットには人気漫画の二次小説やイラストや、頑張る人なんかは漫画を描いて投稿しているじゃないか? それこそ、山のようにある訳だが、あれ、みんな使用料を支払っている訳じゃないよな? んな訳、絶対ないよな? あれらと今の瀬戸さんの原稿と、立場的にはそう変わらないんじゃないか? 少なくとも、作者に無断で描いているという点で同じだろう?」

「それは……そうですけど……」

「それに、夏コミとか、冬コミとか、何十万って人間が集まって、堂々と二次創作物を売り買いするわけだろう? あれがまかり通っているんだからネットに自作漫画載せるぐらい、全然ありだと思うんだ」

「うーん……」


 納得出来るとは言えないし、逆に納得出来ないとも言えない、なんとも微妙なラインだった。


「ちょっと前に漫画村なんてものが問題視されていたろ? あれは、サイトの主人が広告収入を得て得をする反面、無料で読めて漫画買わなくなるから作者や出版社が損をする。だから問題視されていたんだ。いい代えるなら、作者や出版社の損にならないなら、いちいち目くじらをたてないと思うんだ。『パンドラの契約者』をネットに流しても誰も損をしない。とっくに三巻打ち切りになった小説の漫画を流して誰が損をするっていうんだ?」


 常盤さんは最後の一言を、それはそれは嫌そうに言った。

 最近理解したんだけど、常盤さんは『パンドラの契約者』に、打ち切りとか、売れなかった、なんて表現を使うのを酷く嫌がる。

 まあ、それはともかく、常盤さんの話は全く理解出来ないものでもなかった。

 更に話は続いた。


「そしてネットに流すにしても、閲覧料を貰う気も広告を貼る気もない。私たちが得をするには轟先生や出版社の許可を貰った上で雑誌に乗ったり、コミックを出したりと、やはり先生も出版社も損をしないだろ?」


 言われてみれば、そうかもしれない。


「計画としてはこうだ。まずネットに漫画を流す。そして、轟作品を語るスレや〇〇出版のスレ、もしくはツイッターなんかで宣伝する。そして、漫画のあとがきにでも、この漫画を作った経緯と目的を正直に書いて読者にお願いしよう。いや、文字じゃ駄目だな。私には轟先生のような文才は無い。動画にしよう動画。こんな漫画を作っていて轟先生に知って貰いたいと。先生の許可を貰った上で続きを描きたいんだと。だから、助けてくれと。それを見た人たちは『なんだこれは⁉︎ 凄く面白いじゃないか⁉︎ 続きが見たい! 轟先生に知って貰う為に拡散しよう!』となるはずだから大騒ぎになって、その内、轟先生が知ることになるだろう。どうだ? 完璧な作戦じゃないか?」

「…………」


 僕は、常盤さんの完璧な作戦とやらを聞いて黙り込んでしまった。

 いや正直なところ、絶対に反対という訳じゃない。少なくとも常盤さんの理屈はそれなりに筋が通っていて、納得出来るところはあった。

 ただ、そんな派手な作戦が自分に向いていないというか、そもそも、


「そんな都合よく大騒ぎになりますかね?」


 見向きもされないんじゃないかって僕なんかは心配してしまうのだけど、常盤さんは違った。


「なるに決まっているだろう。きっと、みんなが私たちを助けてくれる筈だ。『パンドラの契約者』が打ち切られて悔しい思いをした人間は、きっと私だけじゃない。彼らはきっと、今でも続きを待っている。それに、『パンドラの契約者』を知らない人でも瀬戸さんの漫画を見れば続きが見たいと思う筈だ」

「いや、でも……」


 乗り気になれない僕に、常盤さんは諭すように告げた。


「これは漫画に限った話じゃあないんだが、素晴らしい傑作というものは、大なり小なり、それを見た人間の世界を変えてしまうと思うんだ。あなただって、『海賊物語』に感動して漫画家になったんだろう? そして、瀬戸さん。あなたの描いた『パンドラの契約者』は紛れもない傑作だ。きっとあなたの漫画は、それを見た大勢の人間の世界を変えるだろう。あなたの、初めてにして一番のファンの私が保証するよ」

「…………」


 常盤さんの言葉に、僕は反対する気を根こそぎ持ってかれてしまった。この人のこういう所は、ほんとズルいと思う。そして、少し羨ましい。

 僕が折れたことを察した常盤さんが戯けるように言った。


「なに、話がこんがらがって、賠償金を支払う羽目になったら私が支払うさ。というより相手は、私に感動と生き甲斐を与えてくれた轟先生なんだ。むしろ感謝の気持ちとして、お金を支払わせて頂きたいぐらいだ。という訳で、心配せずにやるだけやって見ようじゃないか」

「……わかりました。やりましょう」


 僕は常盤さんの案に同意した。



 そういう訳で、漫画版『パンドラの契約者』をネットに流すことになったのだが、


「でも、実は、重大な問題があるんだ」


 常盤さんはいきなりそんなことを言い出した。


「えっ? なんです?」

「私はネットに漫画を投稿したり、動画を投稿したことが全くないんだ。だから、やり方がわからない。完全な素人だ」

「……常盤さん……素人なのに、こんなだいそれた事考えたんですか?」

「まあ、そうだ。……それで、瀬戸さんはどうなのかな? パソコンは持っているだろう」

「素人ですよ」


 パソコンは、編集さんとのやりとりや背景の資料を探すのに使うぐらいで、漫画をネットに載せたりしたことは1度もない。


「そうか、なら誰か詳しい人はいないかな? 因みに私の周囲にはいないな……、サイト作って漫画を載せて、あと読者に事情を説明する動画なんかも手伝ってくれるならなお良しだ」

「そう言われても……」


 僕の周囲にもちょっと心当たりは居なかった。

 二人で、悩んでいるとそれまで大人しく聞いていた花梨が手を挙げた。


「はい! います! います! 私、心当たりあります!」


 僕らが視線を向けると、花梨は笑顔で続けた。


「そういうの、りっちゃんが得意です! 私の親友、絵田律子!」


 凄くはしゃいだ声だった。

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