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「よし、出来た……」
残暑が厳しい9月の半ばの週末。僕は『パンドラの契約者』の第3話を書き終えた。
まだ、常盤さんのチェックが残っているけど合格する自信はある。そもそも、下書きの段階でゴーサインを貰っているしね。
本当に辛かった第1話に比べれば、ずいぶんとスムーズだ。いや、あの辛かった1話があったからこそ、今がスムーズに進むんだ。
2話3話と話を作っていく内に、自分がどうあるべきなのかも見えてきた。
僕はきっと、発想や展開という面で凡人にすぎないんだと思う。
轟先生の小説を読み返す程に、常盤さんと話し合う程に、自分の凡庸さが理解できる。
だから、僕一人ではいい作品は作れない。
でもそれは、常盤さんも同じだ。あの人も一人で漫画を作れたりはしない。一時は、あの人の才能に敵わないと思ったけれど、どんなにネームが面白くても、あの絵じゃ雑誌に載ることはない。
僕には僕の、あの人にはあの人の良さがある。最近はそう思える様になったんだ。
今の僕は、なんていうか、鏡なんだと思う。轟先生が作って、常盤さんが広げた世界を、正確に読み取り、白紙に映し出す鏡。それが自分の役目なんだって自覚してる。
「お父さん、お昼ごはん、食べるよー」
花梨が僕を呼びに来た。
「今日はソーメンだよ」
常盤さんとは午後2時に約束してる。のんびり食事をしても間に合うだろう。
食事を終えたら花梨にも原稿を見て貰おう。
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「いや、やっぱりバトルだよな⁉︎ バトル! バトル! いや、待ちくたびれたよ!」
居間で3話を見た常盤さんは、初めて描かれたバトルシーンに大はしゃぎだった。
でも、待ちくたびれたも何も、3話まで一切バトルシーンを入れない構成にしたのは常盤さんなんだけどね。
「それで常盤さん、これで大丈夫でしょうか?」
「ああ! もちろんだとも!」
原稿に太鼓判を押した常盤さんは、グイッとお茶を飲み干してから、更に続けた。
「よし! これで、3話が完成したのだから、轟先生に見て貰おう!」
「おーっ、いよいよなんですね!」
花梨の相槌を聞きながら、僕はまだ出会った事もない轟先生がどんな反応をするのかを予想して、つい苦笑してしまった。
いや、だって、いきなり貴方の小説を漫画にしました。なんて言われれば普通びっくりする。少なくとも僕なら仰天する。果たして轟先生はどんな反応をするのやら……。
「ところで、轟先生の連絡先は知っているんですか?」
前に、会ったことはないとは言っていたのだけど、そこらへんどうなのか?
常盤さんの返事は簡潔だった。
「いや、知らない」
「……まじですか?」
「いや、普通知らないだろう? 小説のどこにも先生の連絡先なんて載ってないんだ」
それはそうだけどさぁ……。無計画というか、行き当たりばったりというか……。
「よく、連絡先も知らないで漫画描こうとしましたよね?」
「何を言っているんだ? 瀬戸さんだって、先生の連絡先知らないのに漫画描いたじゃないか?」
それもそうだった。
「いや、一応調べたんだよ。でも先生はツイッターとかブログとかSNSとか一切やらない人で、連絡先をつかむ事は出来なかったんだ」
「じゃ、どうするんですか?」
「決まってる。先生の作品を出している出版社に電話して、先生の連絡先を聞き出す。駄目でも事情を話してこっちの連絡先を先生に届けて貰おう。瀬戸さんの時もそれでうまくいっただろう?」
常盤さんはそう言うとスマホを取り出しピッピッピと画面をタッチして電話をかけた。
しかし、繋がらなかったみたいだ。
「ちっ! 繋がらない……瀬戸さん、スマホ貸してくれないか?」
「ええ? いいですよ」
常盤さんのは調子が悪いのかな? と思いつつも、至って素直にスマホを貸すと、再度、電話をかけはじめた。
今度は繋がった。
「ああ、すいませんが、編集者の山崎さんをお願いします」
ん? 編集者の名前を知っているのか? と、思いはしたのだが電話中に口を挟む訳にもいかない。
「ああ、どうもお久しぶりです。私は常盤という男ですが、覚えていますか?」
やっぱり知り合いらしい。知り合いなら、轟先生の連絡先を知るのも、あっさりとクリア出来るんじゃないかって期待したのだが、すぐに雲行きがあやしくなった。
「ええ。あの時お会いした常盤です。…………ちょっ! 待て! 待て! 待て! 電話を切ろうするな! 私の話を聞いてくれ!」
常盤さん?
「ああ、別に構わないさ! こっちはとっくに仕事を辞めてるんだ! いくらでも会社に苦情を入れたって構わないから、とにかく話を聞け!」
「決まっているだろう。『パンドラの契約者』の話だ! …………いや、違う! 違う! 続きを出してくれって話じゃない! いや、最終的には続きを書いてもらうつもりなんだが、そうじゃない! そうじゃなくて、漫画だ漫画! 『パンドラの契約者』を漫画にしたいんだ! だから轟先生にお会いしたいんだ!」
「いや、違う!違う! 絶対に轟先生にも〇〇出版にも迷惑がかかる話じゃない! むしろ、得になる話だ! 一度、会って話せば山崎さんにだってわかる! だから、出入り禁止を解いてもらってだな…………あっ! 切りやがった!」
電話を切られたらしい常盤さんは、再度、電話をかけたが繋がらなかった。
僕のスマホを乱暴に机に置くと叫んだ。
「くそ! あのボンクラ編集めぇぇぇええ!」
ーー常盤さん。あんた一体、何やらかしたんですか?
僕の疑問は花梨が代弁してくれた。
「常盤さんは、今の編集者さんと何かあったんですか?」
花梨の質問に、常盤さんは義憤にかられる様な口調で話始めた。
「ああ、山崎さんは轟先生を担当している編集者で、『パンドラの契約者』が打ち切りと知った時から1月後ぐらいに、続きを出して貰う為に、一度、出版社に抗議に行ったんだ。この話を打ち切るなんてとんでもないってね。ーーでも、駄目だった。何時間ねばってもうんともすんとも言ってくれなかった。挙げ句、業務妨害だなんだと出禁にされた上に『これ以上しつこいと、貴方の会社に苦情を入れますよ』なんて下品な脅しをかけられる始末だ。ーー私は『パンドラの契約者』を何十冊と買ったお得意様だよ。それだけじゃない。他の轟作品も買っているし、他の作家の作品も買っているんだ。なのに、この塩対応。……全く、どうかしてるよ!」
ーーどうかしてるのは、常盤さん、あんただ。
僕は目頭を押さえた。隣では花梨が頭を抱えている。
ーーえ? これ本当に不味くないか?
轟先生に会って漫画を出す許可が貰えなきゃ、只の盗作だ。何処の出版社であろうと採用される筈がない。
それでも、なけなしの前向きさを発揮して常盤さんに尋ねた。
「他に、轟先生と連絡をとる案はないんですか?」
答えは簡潔で無情だった。すなわち、「ないな」だった。
駄目だ。終わった。
せっかく、こんなに自信の持てる漫画を作り上げたのに、こんな結末が待っているなんて思いもしなかった。いや、轟先生に駄目だって言われたらどうしようとは思ったが、まさかこんな馬鹿な理由で連絡を取れないとは思わなかった。
いっそ、常盤さんの存在を隠して、僕がその山崎さんに会いに行くか? でも、このタイミングで『パンドラの契約者』のことで話があるなんて、常盤さんの影がチラつくに決まっている。そして、僕には問われて誤魔化す自信がまるでない。
つい恨めしげな表情で常盤さんを見やると、
「しょうがない。プラン変更だ。轟先生の許可は後回しにして、ネットに流そう」
常盤さんはごく当たり前の事を言っている様な顔で、意味不明な事を言い出した。
最近、大勢の人にこの話を見て貰える様になりました。本当に嬉しいです。皆さん、ありがとうございます。
実はこの話、一度、エタっています。理由は全く読まれなかったからです。第11話を投稿して、アクセス数が10とかでした。こういう話が好きで書いたくせに、モチベーションが保てませんでした。
それで、おっさんが漫画描く話なんか、誰も興味ないんだってぶん投げて、他の話を書きました。その時に、ブックマークしていた数名の方、申し訳ありませんでした。
その後、続きを書くつもりはなかったのですが、予想外の事が2つ起きました。
一つ目は、他の話が人気出て、大勢の方に読まれた事です。ありがとうございます。
2つ目は、他の話を読んだ方の中で、じゃあカロリーゼロの他の作品も見てみるかって、このエロ漫画家の話にも目を止めてくれた事です。
自分は、なろうで面白い小説を読み終えても、その作者の別の作品……とはならず、ランキングなどから探すタイプなので、本当にびっくりしました。
結果、エタったままなのにブックマークが100を越え、評価も入れてもらって、面白い、続きが読みたいという感想を何通も頂きました。ありがとうございます。嬉しかったです。
それで、続きをもう一度書こうという気になりました。より、多くの人に読まれ易い様にタイトルを変えたりもしました。
そして今、大勢の人に見て貰えて、凄く嬉しいです。この話に限った話ではないのですが、感想を頂くたびに、レビューを頂くたびに嬉しく思っています。ありがとうございます。
今度はエタらず、最後まで書くつもりです。
それでは、長文、失礼しました。




