終章
ギルの瞳には、情欲が燃えるように揺らめいていた。
それを私は、綺麗だと思った。
「―――、ぎ、る・・・?」
「申し訳ありません、ハナ様」
いきなりの謝罪に、ぎくりと華は身を強張らせる。
なぜ、誤るのだろうか。
雰囲気に流されてしまって・・・、とかなのだろうか。
絶望にも似た思いが、胸中に広がりそうになる。
何故、そのような感情が広がるのか、わからずに。
「ハナ様、本当は違うのです。
私が、あなたに、そばにいてほしいのです」
「・・・え?」
ギルは熱に浮かされたような表情で華に言葉を送った。
その言葉に、華はどういうことだろうと考える。
もう、傍にいるというのに。
「あなた様を魔王としてお慕いしているのは本当です、
しかし、他の五将と私は、決定的に違うものがあります」
「ちがうもの・・・?」
「ハナ様、私は、あなたが欲しいのです」
そういうと、ギルは華を腕の中に閉じ込めるように抱きしめた。
「正直、あなたが魔王様だから惹かれた部分はありました・・・しかし、今はあなたという存在が私は欲しい」
言葉に温度があるとしたら、きっと彼の言葉は発火しそうなくらいに熱いだろう。
それほどまでに、彼の言葉は今までに聞いたことがないくらい熱情を帯びていた。
「あなたの下は嫌だ、あなたの隣が良い
他の五将と同じように扱って欲しくない
私だけを特別に見てほしい」
熱烈な言葉に、華は頬に熱が篭るのが分かった。
かつての世界でも、このような言葉を送ってくれた人はいない。
「ハナ様、わたしは、あなただけが欲しい
他には何もいりません
あなたが、私の隣で笑っていてほしい」
それは、惑うことのない愛の言葉であった。
正直ギル自身、ここまで華に想いを寄せる事になるとは思いもしなかった。しかし、自分を頼ってくる彼女は愛らしく、庇護欲がそそられた。
彼女の心情を聞いた時、なんて脆いのだろうとも思った。自分が守ってやらねば、とも。それを理由に、華の傍にいる事が当たり前となった。
しかし、いまだからこそわかる。
きっと、一目惚れであったと。
魔王だから。
それはもちろんあるだろう。
だって、華が魔王でなければ、出会うことのない存在だったのだから。
しかし、今は違う。
彼女が悩んでいるのは知っていた。
時折自分たちを呼ぶとき申し訳なさそうにしている事から、面倒を掛けていると心苦しく思っていたのだろう。本当はそんなことなどない。誰一人として、華が魔王としてふさわしくないなどと言わない。
しかし、華はそうは思わないのだ。
なればどうすればいいかと考えたが、ギルは途中で放棄した。
考えても考えても、自分が引き止めたい理由しか出てこないのだから。
あいしているのだから、そういってしまえばいいのだ。
「愛してます、ハナ様」
「!?」
ギルのいきなりの言葉に、華は目を見開いた。
「愛してます、ハナ様
どうか、私の最愛の妻となってください」
ギルは熱に浮かされたように言葉を紡ぎ、華を抱きしめる。
「ちょ、まって!?
なんで、いきなり!?」
いきなりの事態に、華は既に半泣きになっていた。だって、今までこんな告白されたことなどない。
冗談では済まされない情熱が、ギルの目に宿っている。
「あなたが、魔王様としての在り方に悩んでおられるのは知っています」
その言葉に、冷水を掛けられたような心地がした。知っていて、それでいてその言葉を吐くのか。まさか、引き留めるためだけに、その言葉を吐いたのか。
華は、不安に駆られる。
「先ほどもお伝えした通り、あなた以外魔王様として認められる存在はこの世に居ません。
しかし、あなたが不安に思われるのも分かります。
本来であれば、あなたを魔王様と言う椅子から解放して差し上げるのが、いいのかもしれません」
ギルは華の耳元で苦しそうに囁いた。
「しかし、それでは私がダメなのです」
そしてそう言った。
「あなたがいない城など、ただの箱です。
あなたが傍にいない日常など、死んでいるのと何が変わるのでしょう。
あなたが、私の傍にいて下さらないと、私は明日をどうやって生きていけばいいのかわからない」
その言葉に、華は涙をこぼした。
かつて、ここまで自分を必要としてくれる人はいただろうか。
あの世界ですら、いなかった。
それを、彼は言うのか。
「ぎ、る・・・」
「愛しています、ハナ様
私だけの愛しいハナ様になってはくださいませんか・・・?」
その言葉に、華は陥落した。
この世界は、華に優しくないとずっと思っていた。
ニンゲンは華を傷付け、魔族は華を魔王として扱った。
誰一人として、華という存在を見ているわけではないと思っていた。
しかし、それはきっと拗ねていただけなのだ。
ニンゲンに関しては何も訂正しないが、魔族は少なくとも違った。
五将は、華を必要としていた。
そう言葉にもしてくれていた。
誰一人として、華のことを駄目だと表現するものはいなかった。
私怨で復讐をおこなっても、誰一人としてそれを止めないでむしろ率先して行ってくれていたような気すらする。
そんな中で、ギルはいつも傍にいてくれた。
あの地獄から、助け出してくれた。
悩みがあるなら言ってほしいと言ってくれた。
「私で、いいなら・・・」
「・・・っハナ様・・・!!」
ギルは感極まったように華を強く抱きしめた。
「愛しています、愛しています、私のハナ様・・・」
そして二つの影は、重なり合った。




