閑話 とある魔術師の話
正直、この国はもうだめだと思った。
もう、手に負えないところまで、腐敗してしまっている。
ここまで来てしまえば、国として駄目になるか、首を挿げ替えるほかないだろうと思ってしまうほどに。
王宮魔術師、魔術師長と言うのが私ことイグド・メルヴァに与えられた立場だった。魔力というものは、そこまで珍しくはない。生きているものであれば誰もがある程度の魔力を有して生まれてくる。
しかし反面、力が強い者はなかなか生まれにくい。そのため、幼少期に適性検査を行い、有していると分かった時点ですぐさま王宮に連れていかれ、訓練を施されるのだ。
私もその口だった。生まれは貧しい村だった。一日中畑仕事をしても、毎日の食事のみで手一杯になるような貧しさ。私自身、慢性的な栄養失調の中で日々田畑を耕していた。そんなある日、王都からやってきた役人に適性検査を行われた。
いくら貧しくとも、魔力にはそういったことは関係ない。そのため、年がら年中国を回りながら検査を行っているようだった。
そして、奇跡が起こった。私には高い魔力適正があったため、すぐさま王宮へと連れていかれた。家族は心配してか、行くのをやめたほうがいいと言っていたが、誰が魔力を持っておきながらそんな畑仕事をするものか。
—――私はあのころ、きっと選民意識に溺れていた。
自分は、このような寒村で終わるはずがないと思ってしまったのだ。
そしてめきめきと力をつけた。自分より力のあるものもいたが、そういった者たちを蹴散らかした。そして、頭角を現し長となったのはここにきてから三十年。三十六才の時であった。
異例の速さで出世した私は、だからと言って権力なぞには興味なく実験と開発をしていればいいという変わり者だった。というか先代の長にそういわれた。権力には興味なく、ただひたすら魔術のことに関して研究を重ねる私は、他の魔術師から見ても変わり者だったらしい。
そのせいで長になるまでは色々と大変だった。しかし私からすればすべてが些細なことだったため、放置していた。まぁ、やられたらやり返すくらいの意志はあったが。
そういうところも含めて、長に選んだと言われた時、褒められているのかどうかわからなかった。
そして先代は、王家の最大の秘密を私に伝えた。これは王家の者と、歴代の魔術師長しか知ってはならぬことだ、絶対に漏らしてはならぬと固く誓わせて。下手に口を滑らせれば、命を奪う契約すらも誓わされた。そこまで重要なものかと思いきや、それは聖女召喚の儀のことであった。
聖女。
おおよそ百年前にどこからともなく現れたという少女。そして魔族と渡り合い、最終的に大打撃を与えたと伝えられている。正直に言って、眉唾物だと思っていたがそうではなかったらしい。彼女は実在し、百年以上前にも表れていると。そして長は、その時の文献と言うものを手渡してきた。
紙はボロボロになっていて、ところどころ燃えている。そして何かのシミが文字を読めなくしている。赤茶、というかなんというか。どことなく気味の悪いそれを、長は宝物であるかのように渡してきた。
長は言った。これを解読、解析して早十年が過ぎた。それでも全ての理解するには足りなかったと。
いや、知るにはあまりにも勇気が足りなさすぎるのかもしれないと自嘲しながら。はっきりと言わせてもらえば、長が何を言いたいのか理解できなかった。そして長が知らべ終えた書類と共にそれを渡され、長は王宮から姿を消した。
私は引き継いだそれを正直忘れていた。長となってから、仕事量は増えたし下の者の面倒も見なければならない。自分の研究だって行いたい。正直、自分の興味がそそられるものではなかったというのもあった。
自分の研究は、明日をも変えるものかもしれないと思っていたものばかりだったから。過去のことなど、ましては本当にそんな力を持っていたのかすらわからない聖女のことなんて、調べる気にもならなかった。
だから、忘れていたんだ。
長が、師匠が言った最後の言葉を。
そして、私は自分を過信していたのだ。
何故自分が、彼を師匠として仰いだのかを。
ある日、王に呼び出された。そして、先代の長から聞いているだろうが聖女召喚の儀について調べる様、命令してきた。始めは何のことかと思ったが、俺は師匠から渡されたその存在を思い出した。それは今でも私の机の引き出しに眠っている。
何故今更と思わなくもなかったが、王命なので仕方なく他の研究を後に回し、それの解析を急いだ。
『―――――聖女、二・・・もしそうだとすれば、百年前は・・・』
不意に、師匠の最後の言葉を思い出した。少女、と単数で聞いていた私は、何のことか分からず首を傾げた。今となっては、もっと早くに気づくべきだったと後悔しかない。
そんな中、王子が召喚の儀を行うと聞いた。王族と俺しか知ってはならない事を?召喚には膨大な魔力が必要という冒頭の部分だけ読んだ私は、驚きのあまり持っていたペンを落としてしまったほどだった。
まさか、ほかの魔術師を使って行うつもりなのだろうか。
最大の秘密なのに?そうも簡単に行っていいものなのだろうか。いや、そもそも成功などするのだろうか。
そう考えていた私に、罰が下ったのだろうか。それから私に報告される情報は、正直に言って気を失ってしまいたいものばかりだった。
結果として、召喚の儀は成功した。否、成功してしまったといったほうがいいのかもしれない。
しかし最悪の情報がもたらされたのは、召喚の儀が行われて一日経過した後だった。召喚したら二人きたが、どう見ても一人は聖女に見えなかったため、放逐したと言うのだ。その報告に、今度こそ私は言葉が紡げなくなってしまうほどの衝撃を受けた。
まだ解析が終わっていないのに?!
俺は寝る間を惜しんで必死に文献を解析した。良かったこと、そして悪かったことに、私は解析系は得意だった。
研究ばかりであまりそういった方面を行っていなかったが、師匠が残してくれた分のおかげで思ったよりも解析は早く進んだ。
進んで、しまったのだ。
そして、そこには、恐ろしい事実があった。
―――聖女は常に二人、召喚される
―――一人は浄化、一人は治癒の能力を持って
―――一人では用を成さず
―――いずれかは魔王と成り果てる
解析をしてしまった後、そしてその意味を理解した私の手はガタガタと震えていた。俺は、その解析が間違っている事を祈った。そうでなければ、聖女が召喚されれば魔王も同時に生まれる事を示唆していたためだ。
だが、理解できなかった。
何故、聖女が召喚されれば魔王も生まれる?つまりは、聖女が召喚されなければ、魔王も生まれないということだろうか。だとすれば、なぜ召喚の儀は王家の最大の秘密としてある?
何かの隠語かと思い、重点的に調べる。何度も何度も、気が狂いそうになるくらい解析を行ったが、得られた結果は変わらなかった。
そして、あることに気づく。
どうして、聖女物語は一人のことしか書かれていないのか。二人召喚されるとここには書いてある。だとすれば、もう一人はどこに?
一人は、王宮にて手厚く保護されている。一人は、不要と言われ放逐された。
そこから導かれる答えなんて、一つしかない。
俺は、この国は終わったと思った。元よりあんまり好きではなかったが、そもそも召喚した女に対してする行いではないし、王族のあまりの暴虐な行いには吐き気がする。放逐された女のことが気になったが、今の自分に出来ることは限られている。
とりあえず、事実は変わらない。俺は、首を差し出すような気持ちで、解析結果と共に、王のもとへと足を向けた。




