続・会議
華が日の当たる場所でゆったりと読書をしていた。ギルが用意してくれた本は、どれも華にとって興味深いものばかりで、つい時間を忘れがちになる。魔法の本、魔族の歴史。
見たことのない文字だった為、始めは読めないのかと青くなっていると、よく見てみるとなぜかその言葉がするりと華の頭に流れ込んできた。文字は確かに読めないのに、意味が分かる。そんな不思議な感覚が面白くて、読書は華の趣味にすらなりつつあった。
それと同時に、魔法の訓練も始めた。ギルはそんなことをしなくてもいいと言っていたが、やはり魔王。最強とまではいかなくてもある程度できなければ格好がつかないだろう。
誤算だったのは、魔力が覚醒して以来、華の頭には魔法の使い方が流れ込んできたことだろうか。そのおかげで、とくに大きな問題もないまま訓練する事ができた。
紅茶を飲みながら日課の読書をしていると、どこからともなく騒がしい気配が近づいてくるのがわかった。それは、いつも静かな魔王城においては大変珍しい事で、何かあったのだろうか、と心配していると。
「「「「魔王様!!!」」」」
いきなり扉が開かれ、そこには以前ギルが紹介してくれた五将が勢揃いしていた。
「…こんにちは?」
あまりの勢いに、華は困惑しながらも挨拶をした。そんな華に、ガルグは颯爽と近づく。
「魔王様!体調はいかがですか?」
「えっと、いいです…?」
その言葉を聞くと、ガルグは嬉しそうに尻尾を振った。きっと笑っているのだろうけれど、狼の表情は分かりづらい。でも尻尾のお蔭で簡単に分かりそうだが。
「ご機嫌麗しゅう、魔王様。そろそろ休憩でも挟みませんか?ギルが紅茶を持ってくるので」
イザークが華の脇に置いてあった本たちを片付ける。魔法でふよふよと浮いたかと思えば、それらは勢いよく本棚へとしまわれていく。そしてロロは大きなテーブルを用意し、アルバは椅子を持って来ていた。
これはどう考えても断れる空気じゃない。元から断る気はなかったものの、華は四人の仕事の速さに驚きを隠せなかった。
「さぁ、魔王様。どうぞこちらにおかけになって下さい」
イザークが華の手を取って椅子へと導く。そのまま着席させられると、四人も我先にと席に着いた。
「今、ギルが紅茶とお菓子を持ってくるのでそれまで俺たちとお話ししましょう、魔王様!」
アルバがにこにことしながら言う。それもそうだ。ギルが私に紹介したという事は、きっと彼らは私とこれからも何かしら関わっていくのだろう。
ならば仲良くなっておいて損はない。
「それもそうですね、ちょうど休憩をとろうかなと思っていたところだったので…気にして頂いてありがとうございます」
華がそういうと、四人は感極まったかのようにふるふると震えた。そして華が優しい魔王だということを確信すると、一つだけ願いを言ってもいいですか、とイザークが華に問う。
「わ、私に出来ることであれば…」
何を言われるのか分からない華は、念のため自分に出来る事、と制約を付ける。もしこれで何かを買ってほしいとか言われても、華には何も出来ないからだ。だが、華の悪くなる想像とは反対で、彼らは簡単な事を言ってきた。
「魔王様にしか出来ません! そ、その、もし可能であればお名前でお呼びしてもよろしいでしょうか!」
「なまえ、ですか…? 構いませんよ」
華のその言葉に、四人の周りに一気に花が咲く。正直引いてしまうくらいに。
「ハナ様」ガルグが。
「はい」
「ハナ様」イザークが。
「はい」
「ハナ様」ロロが。
「…はい」
「ハナ様っ」アルバが。
「…ハイ」
華は何だろう、これは、と正直思った。名前呼びを許可しただけでこの喜びよう。頭の心配すらしそうになる。
彼らにとってはそれが最高のご褒美のようなものだとは知らない華は、ただただ皆を心配する。魔族にとって魔王の名を知り、そしてそれを呼べることは名誉なことだと知るのは、もっと後のことだ。そんな中、ギルがようやくやってきた。
「お待たせいたしました、ハナ様」
にっこりと輝かんばかりの笑顔で華に近づく。そしてその両隣が、ガルグとイザークによって固められている事に顔をしかめる。
「遅かったな、ギル。ハナ様が待ちくたびれる所だったぞ」
その瞬間、ギルから勢いよく魔力が放たれた。攻撃的ではないにしても、密度の高いそれは弱い魔族なら一瞬で昏倒してしまうほどだろう。華はそれに気圧されることはないが、それでもいいものではない。
ギルは無表情で、ガルグを睨み付けるが、ガルグは飄々と答えた。
「どうしたんだよ、ギル。もしかして、名前でお呼びした事か? ちゃんと許可貰ってるぜ」
にやにやと言うガルグは、絶対に確信犯だと華は思った。ギルをちらりと見ると、ぎりぎりと歯ぎしりが聞こえてきそうなくらい顔が歪み始めている。まるで嫉妬深い彼氏だ。
ギルは彼氏ではないが。華はふぅと息をつくと、ギルを見上げた。
「ギル、紅茶をもらえる?」
「! かしこまりました!」
ギルは勢いよく華に振り返り、溢れんばかりの笑顔でいそいそと準備を始める。そんなギルを見て、他の四人は苦笑を漏らしている。あの氷鉄と呼ばれた魔族が。
しかしいい傾向だとも思っている。
四人は気付いていた。ギルと自分たちの違いを。四人は華の事を敬愛しているし、全てだと思っているが独占しようなんて思っていない。彼女の下でついていこうとは思っても、彼女の隣に立とうとは思わないのだ。
それは、ある意味本能からそうしているといっても過言ではない。彼らにとって魔王とは、見上げるべき存在であり、崇拝し、守るべきもの。
だが、きっとギルは違うだろう。本人が気づいているかどうかは別だが。
だからと言って、独占されるのは面白くない。自分たちだって華と話したいし、信頼を寄せられるような関係になりたい。出来るのであれば一緒に何かをしてみたいとすら思っている。それが読書でも、散歩でも何でもいい。
だた、華の傍にいるだけで幸せなのだ。その隣に誰がいようとも、自分の幸せは華の傍にある限り壊れる事はない。
だが、ギルは違う。
子どものような独占欲丸出しで、近づくものすべてを威嚇している。それをからかうのが面白くて、やっている部分はもちろんある。
ガルグは心の中で笑った。きっと、これからもっと楽しくなるであろう未来を夢見て。
「ハナ様、熱いので宜しければお手伝いします」
そういってギルは華に紅茶を冷ましてから飲ませようとした。それに華は内心引く。いくらなんでも子ども扱いしすぎではないだろうか、と。
「待て、ギル。それは過保護過ぎだし、出来れば私に代わってくれ」
「何を言っているんですか、イザーク。冗談もほどほどにしてください」
「ほどほどにするのはお前だ、ギル。さっきから何もかも手ずからハナ様に差し上げて。もう十分だろう、だから代われ」
しかし華の心の叫びは二人には届かなかった。手ずから与えるのが当然のような空気を出す二人に、華はこれが魔族の常識なのかとすら考え始める。そうだとすれば、自分が慣れるのは一体いつになるのだろうか、とも。
「お前たちがいい加減にしておけよ?ハナ様が遠い目してるじゃねーか」
二人のあまりにも醜い争いに、さすがのガルグも言葉を呈した。




