会議
華がギルに本音を打ち明けてから数日後。五将が城の会議室に集められた。円卓のテーブルには、先日華に挨拶をした四人とギルが顔を合わせている。
そこは、歴代の五将の為に作られた会議室だった。魔王という存在自体は、常にあるわけではない。だが、魔族という種族は存在する。
そういった者たちを魔王の代わりに治めていたのが五将だ。
そもそも五将というのは、数ある種族の中で最も強いものがなる。だが、不思議と同じ種族から二人出るといった事はなかった。その為、どんな時代にも五将は他種族同士で均等な力を持つ。
そんな彼らが、国を治めていた。
しかしあくまでも治めるのは魔王がくるまで。魔族を治めるのは魔王だけという本能にも似た何かが、彼らをそれ以上求めさせることをしなかった。その為、積極的にニンゲンを滅ぼそうとはしなかったのである。
「よぉ、ギル魔王様の調子はどうだ?」
「相変わらずです。魔力も安定し、今は新しい術を習得中です」
妖狼族のガルグは、尻尾を振りながらギルに問う。
華は現在、自室にて新たな術を習得をしようと本を読み漁っている。元が人間だったので使えるか不安だったが、一度発露した魔力は、華に使い方を本能的に教えていた。魔王となるのだがら強くならないと、という彼女の中では、魔王というのは最強の存在らしい。
彼女のいた世界のモノガタリとやらでは、魔王はいつでも最強だったのだとギルに言った。ギルがいくらその必要はないといっても、華は聞かなかった。
「ギル、お前が魔王様を大切に思っているのはわかるが、我々も同様にお慕いしているのだ。もう少し会わせてくれてもいいだろう」
そうギルに言うのはドラゴン族のイザークだ。見た目が涼やかな彼からそのような甘い言葉が出るとは、この時まで誰一人知らなかった。他の二人も、その言葉に頷いている。
「そうだ、ギル、お前は独占しすぎた」
トロール族のロロも追撃する。縁の巨体は、太い指で小さなカップを持ち上げる。意外に繊細な手つきのそれは、彼の性格を表しているのだろう。
「わかっておりますよ。…はぁ、だから会わせたくなかったんです。とりあえず、今日ここに集まって頂いたのはハナ様の事です」
ギルは小さく不満をこぼすと、すぐに話を切り出した。
「魔王様の?なんだ?」
鳥族のアルバは先を促す。
「まずは、今回魔王様となられたハナ様の詳細に関してです。ハナ様は浄化の聖女でありながら、愚かな人間どもの手によって売られ、劣悪な生活を余儀なくされておられました」
ギルのその言葉に、四人は殺気立つ。かれら魔族にとって、魔王と言う存在はすべてなのだ。力があるないではなく、その存在自体に平伏すべきものなのだ。その、至高と呼ぶべき存在が、人間という種族によって辱められた。蹂躙される立場の者たちが、自分たちの至高を弄んだ。
それはとてもではないが赦せることではなかった。
「黒髪黒目、確かに人間の間ではなかなか見ない色でしょう。その為、ハナ様は奴隷小屋へと売られ、そこで見世物とされていました。食事も衣類も、何もかもが劣悪の中、ハナ様は生きていて下さったのです」
「ギルよぉ、調べはついてんだろうなぁ」
牙をむき出しにしながらガルグが問う。今にも殺しに行きそうなその姿は、凶悪だ。
「当たり前です、全ての元凶は王族です」
その言葉を聞いた途端、四人は席を立とうとした。しかしそれを、ギルに止められる。
「なぜ止める?」
ロロが不服そうな表情で問うた。他の三人も苛立っている。
「忘れたのですか。ハナ様は、簡単に終わらせることも赦されてはいないのですよ」
その言葉に、四人はぐぅと唸りながら席に着く。簡単には終わらせない、とすると今彼らが行なおうとしたことは華の望む事ではないだろうことが理解できた。
至高の存在を傷つけられたことは許せないが、だからといって華の望んでいない事はしない。それが彼らにとっての常識だった。
「分かって頂けてよかった。しかし、ハナ様は復讐を望まれておいでです」
ギルのその言葉に、四人は色めきたった。自分達にとっての至高の存在が苦しめられた、それだけで胸が締め付けられるというのに。劣悪な生活を強要されていたと聞けば、すぐさまそれを行った人間を八つ裂きにしたくなる。生きたまま腸を食いちぎれと、本能が叫ぶのだ。
かの方を傷つけるものは何物であっても赦してはならないと。
それが、魔王という存在なのだ。
「魔王様はどのような復讐を望んでいらっしゃるのでしょうか」
アルバは腕を組みながらギルに質問した。しっかりと内容を把握して、かの方が望む復讐を行う事。
それが今一番優先されることだ。
「それがご自身でも決めかねている様で」
「?どういうことだ」
「お聞きしたところによりますと、簡単に終わらせることはしたくない、だからといって長期的にやるのもいいとは言えない…本音を言えばすぐにでも消してしまいたいけど、今まで私が感じたものが一瞬の苦しみで終える事も嫌だ、との事です。きっと心優しい方なのでしょう、これを教えて下さるまでにも時間を要しました」
「伝えるにも躊躇われるほど、魔王様は心優しき方なのですね…、ますますお会いしたい…。そんな魔王様を傷つけた者たちが一瞬で終わるのも仰られる通り赦せたものでありませんね…魔王様が感じられた苦しみの数倍を感じさせてからでないと割に合わない」
「だとしたら何をするのが一番だ…?」
むう、と五人は唸った。華が一番望む方法で行いたい。それで少しでも憂いが取り除けるのであれば、なんでもして差し上げたいのだ。それだけの価値が、魔王と崇拝する彼女にある。
全てを終えたら褒めてもらえるかもしれないと想像するだけで、全身が幸福感に満たされるのだから。だからこそ、独り占めをするギルが憎たらしく思える。
「…よっし、やはり魔王様に聞いてみようぜ。俺らだけで話し合ったとしても魔王様の望む事じゃなきゃ意味ないしな」
そういってガルグは席を立った。
「そうですね、せっかくですし我々との親交も深めるついでで」
イザークもガルグに賛同しながら席を立つ。ロロもアルバも同じ意見なのか一斉に扉に向かう。聞くと言うのは建前で、出来るだけ華と話したいという魂胆が丸見えだ。
それに慌てたのはギルだ。
「待ってください!ハナ様は読書中だと言ったでしょう!」
「すこしぐらい、休憩も必要だろう。そこに我々がいても問題あるまい」
「っく!わ、私がお茶を用意してハナ様に休憩を取って頂きますから、皆さんはここでこのまま会議をしていてください。皆さんの意見は私からハナ様にお伝えします」
「ギル、おめー本当に嫉妬すげーな。そこまでくると逆に笑えるぜ。二つ名も台無しだな!…でも俺らも魔王様とお近づきなりてーんだよ。てかさ!おめーだけお名前で呼んでるのがもうゆるせねー」
俺たちも名前で呼んでほしいし、よびてーんだよ。アルバはそういって颯爽と部屋から出た。
ギルだって、本当は分かっているのだ。今のままでは華が鳥かごの中状態になってしまっているのも。それでも、出来る限り自分以外のものと知り合ってほしくないのだ。それはギルの我儘だということも分かっている。
いずれ、かの方は世界が広いうという事を知るだろう。だが、出来るのであればもう少しだけ狭い世界に居てほしかった。
そしてなにより。
―――あの美しい顔を、誰にも見せたくない。
しかしそれは華の為にはならない。ギルははぁ、と深くため息をつくと、前の四人に倣って部屋を出た。
「紅茶は私が用意しますからね!!」
「はいはい」




