閑話 ある王様の場合
わしの統治する国は、人間による人間の為の国家。
その名はラークセン王国。
長い長い時間、我ら王家が統治し、その歴史に厚みを加えてきた。
わしが王になってからというものの、大きな問題もなく平和に統治してきた国だ。
いつから始まったのかまでは分からない。
伝聞されている記録だけでは、我が国の歴史はわからないのだ。
だがそれほどまでに、我が国の歴史は長いと誇りすら持てる。
魔族との争いにも決定的な勝敗はつかずにいた。
何故つかないのか、詳細は受け継がれていない。
王家にしか伝わらないものでも、その理由は書かれていなかった。
しかし、理由が書かれていないということはそんなに大きな意味はないのだろうと思う。
そうして我ら王家の血は連綿と受け継がれ、わしへと繋がっていった。
そしてそれはこれからもそうなのだろうと思う。
わしには息子がいる。
長年、正妃との間に望んでも出来なかった子。
その存在が確認できた時、城が沸いたのを今でも覚えている。
男であろうが、女であろうが、わしからすればやっとできた子だ。
男であればいいと思うが、女であってもいいと思えるほど、長年望んだ懐妊だった。
そうして生まれたのは、男だった。
一人息子のオルフェウス。
正妃は体が弱く、第一王子を生んだ時点で次の子は望めなくなった。
側妃でも入れようかと思った。
だが、正妃はこの国の中でもたった一つ、ちゃんとした歴史を持つ血族だった。
この偉大なる血にろくでもない女の血を入れるのは躊躇われたため、この国の跡継ぎはたった一人となった。
確かにほかの貴族という名の者たちはいる。
だが、それらもどこの血を入れているかわからないのだ。
だからこそ、うまれた我が子は正当なる血筋の王者だった。
その為か、王子は少々甘やかされて育った部分もある。
それは、どうしようもない事実だった。
王たるわしとて、稀に育て方を間違えたかと思う時がある。
確かに、勉強や訓練をしっかりとこなし、好成績を収めていると報告は受けている。
だが、それではあまりにも凡的なのだ。
あやつは自分が全知全能の神であるかのようにふるまう。
だが、あまりにも幼い。
確かに勉学では優秀を収めようとも、それだけでは駄目なのだということを理解していない。
朝議に出ては言いたいことを言い放って満足気に退室してしまうが、在るべき統治者としてはあまり褒められたものではない。
いや、あまりではなく、全く、かもしれないのかもしれないが。
これからの成長を望むほか、王にはなかった。
現に、一部の貴族はオルフェウスの即位に対して好意的ではない。
空想ばかり言っては、他社の意見を取り入れる様子のないそれは、独裁者だろう。
いまのところ、ラークセンが国民による反乱によって駄目になったことはない。
だが、それは未来では絶対ではない。
現在と未来は、いつだってイコールではないのだということを、オルフェウスは理解していない。
しかし、わしの息子だ。
いずれ真の統治者としての自覚を持ち、さらなる成長を見せてくれるであろう。
望んだ息子。
このラークセンを統治すべく生まれた、唯一の王子。
オルフェウス以外、この国を統治するに相応しい子もいない。
そう王は思っている。
それは、彼らにとって真実だった。
王は確認を頼まれた書類を見ながら唸った。
しかし、最近の魔物の出現率が上がっている気がする。
このまま増えれば、百五十年前の大惨事を引き起こすのでなかろうか。
その時の詳細の書類は残っておらずとも、ある程度は残っている。
百五十年前も、似たような状況だったと王は考えていた。
それは良くない。
王はそう思った。
わしの時代にそのような汚点は不要だ。
自分の統治する代に、そのような問題は要らぬ、と。
魔族との戦いなど、理などない。
それは今までの王家の歴史が物語っている。
全滅できるのであれば、とうの昔に出来ているだろう。
できないということは、そういうことだ。
とりあえず、現状としてオルフェウスにも伝えておこうかと考えた。
万が一、聖女召喚を行わなければならぬ時、あやつにも言っておかねば後々面倒だ。
自分の育て方が悪いとは思わないが、それにしても息子はあまりにも自分を過信しすぎているところがある。
それを悪いことだとは言わないが、いい事だとも言えない。
オルフェウスは、魔族のことに対して何かしら案をだそうとしていたのだろうが、何の案も出なかったのか、わしに助けを求めてきた。
ふん、まだまだ子供だ。
そういうところは、まだ子として可愛らしいと思える。
しかしこのままでは現状を打破するのは難しい。
それはどうしようもない現実だ。
かつての記録を調べているが、正確なことはまだわかっていない。
今のところ必要なのは魔力だけだというのはわかっているが、それも本当かどうかわからない。
だが、いまのままでは魔族に蹂躙されるだけだろう。
万が一、生贄が必要になれば息子は無理でもほかのものを捧げればいいだろう。
わしはそう考え、聖女召喚の儀の話をした。
聖女召喚は、国家機密だ。
知っているのは魔術師長ぐらいのもので、そもそもその言葉自体を知らないもののほうが圧倒的に多い。
最後に行われたのはおおよそ百五十年前。
それが王家に伝わる最後の聖女召喚の記録だった。
それ以前に残っている記録も、解読するのに時間がかかることが既に判明していた。
聖女召喚に対しての対価も何もわかっていない。
ないと書かれていても、それが本当なのかすらも判明していないのだ。
万が一があってはならない。
オルフェウスが万が一にやってしまって、その対価に命を奪われたらラークセンは終わる可能性とてある。
それを出来るだけ回避するのが王の仕事の一つだ。
オルフェウスには調べ終わっていないからまだ行うなと伝えた。
余程の阿呆でもない限り、召喚の儀を行わないだろう。
勉強をしているのだから、それくらい理解できるだろうと思っていた。
予め、しっかりと話しておいた。
対価も不明なため、確認が出来てからにするように、と。
にも関わらず、あやつは勝手に行いおった。
まさかここまで阿呆だとか・・・。
王は頭を抱えざるを得なかった。
対価がなかったのは、幸いだ、
記録に対価のことがなかったのは、本当に必要なかったためだと知る。
それはある意味大きな収穫だ。
だが、それ以上に王たるわしの言葉を聞かなかったということに憤りを覚える。
数日したら会わせると言っているが、こやつは自分が犯した罪の大きさを知らない。
王子と言っても、この国で一番偉いのは王であるわしだ。
その王の言葉を守らんとは・・・。
甘やかしすぎたのだろうか。
だが、たしかにあやつの成績は良かった。
きっと、経験が足りないせいだろうと王は考える。
王たるもの、勉強だけでは足りないものがあると知ったのは、王ですら王になってからなのだ。
王子でしかないオルフェウスが、勘違いするのもある意味仕方あるまい。
結果として、召喚してしまったものは仕方あるまい。
今更何を言ったとしても、どうしようもないだろう。
召喚されたという娘に会うしかあるまい。
まだ若いと聞くが、聖女として召喚されたのであれば、ある程度の知識はるのだろうと王は勝手ながら考える。
魔術師長に急いで解析を行わせるか。
―――この時王は知らなった。
召喚された聖女が、二人であることを。
そのうち一人を、王子の独断で放逐したことを。
もしそれを知っていれば、どうにかなったのかもしれない。
どうにもならなかったのかもしれない。
結果として、全ては遅かったのだ。




