ghostlike
ghostlike
[形]幽霊のような, 気味の悪い.
つきあいのあった女が死んだ。
愛だの恋だの、そんな溶けた綿飴のようなべたべたした関係ではなかったが、確かに自分は彼女のことが好きだった。
一月に一度か二度、タイミングが合えば会う、けれど次の約束は交わさないのが常だった。会いたいと思えばいつでも会える。そんな万能感にも似た驕りは、彼女がいなくなればくるりとひっくり返って、きちんと約束や言葉を取り結ばずにいた自分をひどくさいなんだ。
葬儀に足を運んだ。それまでは、つまらない、のっぺりとした進行としか思えなかった一連の儀式は、突然の喪失に戸惑う人に寄り添い、慰めるものだと知った。
生前の様子を知る人たちがあれこれと語る『彼女』は、自分の知っている女と似たような、そうでないような、ふしぎな人に思えた。
戒名は慣れ親しんだ彼女の名前から一字を使っていたが生前を思わせる要素はそれだけで、彼女は肉体を離れ、名を変え、ひとつずつ今と決別していた。それは、長く連結していた列車が一両ずつ切り離されているようで、最後の一両が向かう先はと言えば、火葬場から出た煙の上ってゆくところと同じなのだろう。
ひりひり、ざりざり、ずくずく、どくどく。痛みの形容はいくらでもあるが、自分の抱えている痛みによく似たものは果たしてどれだろうか。
もっと、よくしてやればよかった。
もっと、素直に伝えてみればよかった。
もっと、気をつけていれば異変に気づけたかもしれなかった。
もっと、この先も一緒に過ごせると思った。
こんこんと心の底から湧き続ける『もっと』は、どれも未練に塗れている。
葬儀からの帰り道、ぽかんと開いた穴をどうしようかと途方に暮れながら、とぼとぼ歩いた。この道も彼女とよく二人で通った、と思えばまたひりひり、ざりざり、ずくずく、どくどくとした。
視界の隅で、電信柱の向こうにさっと隠れる影が見えた。ああやって、あの人もよくふざけていた、と通りすがりに電信柱と塀の間を見れば、どうしたことか誰もいない。
おかしいな、確かに今さっき、と思っていると、今度は後ろから彼女の好んだ香水が香った。
そして。
歩幅の短いリズミカルな、聞き慣れた足音。
ぺたりと背中に付けられた手。その冷たさ。
足音の立て方も仕草も、彼女そのもので、なのにその時自分にこみ上げてきたのは、うれしさよりも恐怖だった。
だって、最後の一両が煙に姿を変えたところまでを、余すことなく見届けた。彼女はもう『あちら側』の人になったのだ。肉体は火により骨片へと生まれ変わった。まだ愛おしく思う気持ちは残り香のようにうっすらと漂い、喪失に痛む心を満たしているけれど、それは過去への投影によるものだ。
こちらとは異なる存在になったひとを、自分はもはや同じように愛せはしない。わざわざこうして顕れてくれた彼女にそうつきつけられた。そんなやり方さえ、なんと彼女らしいことか。
「――気をつけて、お行き」
背を向けたままそう言うと、とん、と気安く肩をはたかれた気配がして、そして聞き慣れた足音はまたリズミカルに離れていった。
ああ、未練はないのだな。自分からも世界からも解き放たれて、情人だった男なんかが注意めいた言葉を吐かずとも、あなたは、迷わず行くのだと分かる。
こちらではない世界でも、どうか、お幸せに。
そう願う気持ちは、安っぽいまがい物ではないはずだ。




