52.だって、まだ剣と盾を同時に扱う技術がないのだ
「ひぇ」
天井のアーチ形の柱から、人の顔がこちらを見ていた。
「マンティコアだ!」
ネニトスは即座に魔法バッグから盾を取り出した。落下するように襲い掛かってきたマンティコアを弾き飛ばす。
僕は盾を持っていないから、咄嗟に影の中に回避した。だって、まだ剣と盾を同時に扱う技術がないのだ。
マンティコアはバサバサと羽をはためかせて天井に戻っていく。僕らを諦めたわけじゃなく、高いところから獲物を狙う目でこちらを見ている。
マンティコアは人面の獅子で、コウモリの羽とサソリの尻尾を持つと聞いたけど、実物は人の顔というより猿の顔だ。
だが、下から照らして見ると人面にも見えるし、ギザギザの歯が並んだ大きな口を開くと、にいっと笑っているように見えてすごく不気味だ。
飛行能力もそこそこあるから、天井の高い二階層ではかなり手強いモンスターだ。
余談だけど、実はミニコカトリスも空を飛べるらしい。
羽があるのだから当たり前だとは思うけど、でも、何故かミニコカトリスは狭い穴倉を好んで住み着く習性があり、飛行能力が活かされることはほとんどない。大きさと能力の割に雑魚モンスターと呼ばれている所以だ。
「また来るぞ!」
ネニトスの声に合わせたかのように、マンティコアが再び襲い掛かってくる。
僕は影に潜るばかりじゃ息が続かないので、ネニトスよりも後ろに下がる。
ネニトスの盾はそれほど大きくない円盾だから、マンティコアの攻撃は完全には防げない。
鋭い爪を剥き出しにした前足を盾で払い除け、胴体に斧を振り下ろそうとするけど、次の瞬間、斧の軌道を変えて後ろに跳び退いた。
毒の尻尾だ。マンティコアは牙や爪で襲い掛かりつつ、死角から尻尾を伸ばしてくる。毒があるからサソリの尻尾と呼ばれているけど、全体的にトゲトゲと毒針がいくつも生えているから、触れるだけでも危険なのだ。
マンティコアはまた天井へ戻っていく。獅子の身体を持っているくせに、一撃で仕留めるより毒でジワジワ弱らせて狩るから、一撃離脱を繰り返してしつこく追い回してくるらしい。
「一人の時はどうやってたんだ?」
マンティコアは注意深く僕らを眺めている。僕らも同じようにマンティコアを睨みつけるけど、天井にいられると手出しができない。
「羽にロープや網を絡みつかせて足止めして、でも大抵は毒食らって逃げるのがオチ」
ネニトスは風魔法が使えるから、網などを飛ばして羽を使えないようにしていたらしい。マンティコアを吹き飛ばすほどの魔法は使えないそうだ。
だが、網くらいなら簡単に破られるし、ロープでは足止めにならないこともある。何より、せっかく用意した道具が一回で使い物にならなくなるから、あんまり使いたくない戦法だという。
僕なら一人の時はどうするだろうかと考えてみたけど、マンティコアは天井にいる時は油断しているように見える。高いところにいれば攻撃されないと高を括っているようだ。
マンティコアの背後は、当然ながら真っ暗な影だ。
石柱の一番上にとまっているから、天井にも壁にも近い。
あんなところで余裕ぶっているなんて、僕にはとても好都合だ。
「僕が背後から尻尾を切る」
「飛び道具があるのか?」
弓矢なんかあっても、動き回る相手に当てるのは難しいし、ましてや尻尾だけ正確に狙うなんて無理だ。
マンティコアも僕らが飛び道具を持たないと確信して、高いところで悠々と隙を狙っているのだろう。
「僕は影があればどこでも行けるんだ」
影の中に潜る。
マンティコアは一人いなくなったせいで警戒して跳び上がったが、警戒しているおかげでネニトスには襲ってこない。また別の柱に飛び移って、頻りに地上を見回している。
まさか、僕が壁の影を伝って、天井近くまで泳いでいるなんて思いもしないだろう。
完全に背後をとった。
でも、一撃で倒せる大きさじゃない。間近で見た毒の尻尾は想像以上にトゲトゲで凶悪だ。
ちゃんと毒消しは持ってきているけど、当たり所が悪ければ毒消しが効かないこともある。
僕は宣言通り、尻尾の付け根目掛けて剣を振り下ろした。
「ぐぉぎゃあ?! ごぎゃぎゃ!!」
マンティコアは猿とも獅子ともつかない唸り声を上げて、空中にもんどり出た。
ぎりぎりで落下する前に羽ばたいたが、地上近くまで来たマンティコアに、ネニトスは今度は恐れることなく斧を振り抜く。
残念ながら前足を切っただけで致命傷にはならない。
それでもマンティコアを大いに動揺させたらしい。空中に舞い上がり、近くにとまるのではなく飛んで逃げようとするが、それは僕が許さない。
影の中を泳ぎマンティコアを追いかけ、壁に近付いたところを切りつける。
片羽を切り裂くことに成功して、地面に落下したマンティコアにネニトスが止めを刺した。
「やった!」
「よしっ!」
影から飛び出して、二人で拳をぶつけ合う。
第一ダンジョンの中型モンスター討伐だ。F級とE級のペアならかなりの戦果だ。
「無傷でマンティコア撃破は久しぶりだ、一人じゃ無理だった、ヨナハンの魔法すごいな」
「僕だって一人じゃ無理だ、影の中を移動するのだって、手負いじゃないと追いつけなかった」
僕はゼエゼエしながら答える。それほどの時間潜ってないけど、久しぶりに影の中を全力で泳いだ。
それでもギリギリだった。もし隙をつけたとしても、万全の状態のマンティコアには追いつけなかっただろう。
「マンティコアは山分けだな、俺のに入るかな?」
ネニトスは魔法バッグの中を整理している。それほど大容量ではないけど、入れたものの重さが無くなるから、できればネニトスのバックに入れたい。
僕のリュックにも入るけど、重さ三割減でも大きめのライオン一頭は重たい。
ネニトスの魔法バッグからはリュックが丸ごと出てきた。リュックと盾を背負って、マンティコアを魔法バッグに入れることにしたらしい。
手提げの巾着袋みたいなものにライオンを突っ込もうとしている絵面は、なんだか間抜けにも見える。でも、前足よりも小さな口にマンティコアはズルズルと入っていった。
頭が猿でも知能は類人猿ほどではないので、ライオンより顎が弱くなっている分、頭が猿になった意味がなくない? と思えますが、無暗に謎進化を遂げるのがダンジョンモンスターです。
少しでも面白いと思ったら是非ブックマークお願いします。
リアクションや★付けていただけると嬉しいです。
感想やレビューも待ってます!




