50.どう見てもタコだ
一階層は大して広くないので、喋っているうちに奥にある二階層への階段に辿りついた。
二階層への階段も結構広い。下に行くほどだんだん階段は狭くなる。
何故か、六階層くらいには宮殿の正門並みのだだっ広い階段もあるそうだが、ネニトスもそこまで行ったことはないという。それに、ダンジョンはたまに変動するから、今もあるのかはわからない。
二階層は一気に道がわかりづらくなる。
直線のマス目状だった一階層と違い、下りた直後から道が曲線を描き、すぐに三股に別れる。この先も曲がりくねった道がどんどん分かれていき、たまに繋がったりもする。
ただ、とにかく左の道を選んで進んでいくと行き止まりになる、というのはここ数年変わっていないらしい。
今日進むのはその左端の行き止まりルートだ。
「こっちはファングタートルが結構いるけど、今日は無視していこう」
「うん」
二階層もやはり古代の遺跡みたいな通路で、大きな石のブロックを積み上げたような造りだ。道幅は広かったり狭くなったりまちまちだが、狭くても幅三メートルくらいはあるから、初級ダンジョンの洞窟よりは広い。
特に天井は高くて、明らかに階段を下りた長さよりも高いところもあるけど、そこはダンジョンだから、必ずしも地上の物理法則は通用しない。
天井には等間隔でアーチ形の柱があり、石像や模様の掘られたブロックもある。たまに燭台らしきものがあるけど、火は灯っていない。本当に遺跡の中を歩いているみたいで結構面白い。
これでも、ぼんやり見物しているわけじゃない。ここには飛行型モンスターも出没するから、ネニトスは下、僕は上を警戒しながら進んでいる。
「止まれ」
前を行くネニトスの声に僕も立ち止まる。ファングタートル以外のモンスターがいたらしい。
僕らの持つライトがまだ届かない範囲に、ズルリズルリと床を這いずるものがいる。
ネニトスが慎重にライトを動かすと、タコがいた。
どう見てもタコだ。
青紫色の丸い頭も、八本ある吸盤付きの足も、ブヨブヨと柔らかそうだけど、乾いた石畳の上を平然と這っている。水場もないのにぬらぬらと濡れていて、八本の足で歩いてきたとこが痕になっている。
「ブレインイーターだ」
「あれが……」
名前を聞けば僕も知っていた。
第一ダンジョンによく出るモンスターで、八本足のナメクジみたいな見た目だと聞いていたけど、まさかタコだとは思わなかった。
前世の記憶のせいで、真っ先に食べられるかどうか考えてしまうけど、恐るべきモンスターである。
近付いてきた人に取り付き、八本の足で締め上げて、なんと、頭に張り付いて眼孔から脳味噌を吸い出すのだそうだ。見た目はタコなのに、やることは映画で見たエイリアンみたいでめちゃくちゃ恐い。
ちなみに、前世の映画などで登場したように、頭を乗っ取って人間を操るとか、人に成りすますというような能力はない。
飛んだりはしないし、地面を移動する分にはそれほど速くない。身体に取り付かれるとなかなか剥がせないし、ぬめって攻撃も通りづらいというから、捕まる前に倒すのがセオリーだ。
「移動している時は足が全て前にばかり行くから、後ろに回り込めれば簡単に倒せるけど」
横を通り抜けるにはブレインイーターの攻撃範囲に入ってしまう。ブレインイーターもわかっていて、道幅の狭いところを陣取っているのだろう。
「あ、じゃあ、僕の魔法見せるよ」
僕のシャドウウォークを披露するのに丁度良い相手だ。もし捕まっても影の中に逃げてしまえばいい。影の中には僕以外の生き物は入れないのだ。
「灯りは?」
「うーん、いやそのままで大丈夫、他のモンスターいないか警戒しててほしい」
「わかった」
ネニトスの持つライトに照らされていても、ブレインイーターの背後に影はある。ナイフで貫通できそうな大きさだから、腕さえ外に出せれば充分だ。
僕自身はライトを消して、ネニトスより一歩前に出る。
そこでシャドウウォークを発動し影に潜った。
後は簡単だ。ブレインイータの真下まで泳いで、背後の影から腕を出して頭をナイフで切り裂く。
ナイフを持つ手に一瞬でタコの足が絡みついてきてビビる。もう一突きかと、影の中で剣を抜こうとしたけど、その必要はなく、ブレインイーターはすぐにだらりと力を失くした。
一安心して僕は影から出る。足に絡まれた片手がねとねとしていて気持ち悪い。
「すごいな、なんだその魔法」
でも、近付いてきたネニトスのライトに照らされて、僕の足元に影が無くなる。膝から下が影の中にある状態で止まってしまった。
自分の影から出せるか、いやちょっと狭いな。
「シャドウウォーク、影から影に移動できる、だから、ちょっと灯り避けて」
「あ、ごめん」
ネニトスはすぐに察してライトを下げてくれた。
僕は両足を引っこ抜いてようやく自由になる。やっぱり他の人がいる時は出入りする場所に気を付けないといけない。
「ブレインイーターは内臓が薬の材料として売れる」
ネニトスは腰の袋から麻袋を出して、地面に落ちているタコの死骸を触らないように掬い取る。ヌルヌルしてるから触りたくないし、直接鞄に入れるのも躊躇われるのだろう。
袋に入れたタコは、僕が倒したから僕のリュックへ。僕も今度から麻袋を余分に持ってこようと頭にメモする。麻袋なら食堂とかでゴミ同然なのをタダで貰える。
しかし、内臓しか売れないということは、まさか?
「え? 食べないの?」
「え?! 食べる気か? これを?」
完全にゲテモノ食いみたいな目を向けられた。
確かにタコって見た目グロテスクで、前世でも忌避してる地域は結構あったけど、前世日本人の僕からすれば、これを食べない方が信じられない。
小麦粉あるし、ネギや生姜みたいな野菜あるし、屋台で人形焼きみたいな菓子を売ってたから、丸型の鉄板だってあるはずだ。
ならば、作れる。
ブレインイーターは人間の脳味噌しか食べないです。
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