48.列車が一分遅れただけで謝罪するなんて、もう考えられない神経質さだ
前世から信心深い性質ではないから、神聖な雰囲気とかはよくわからない。
ただ、この場がなんだか、前世の実家の近くにあった、古くてボロくて馴染み深い、小さい神社の裏山の雰囲気に似ていたから、なんとなく手を合わせていた。
ダンジョンの一角、誰だって来れそうだけど、何もないから誰も来なさそうな浅層の端っこ。
この場は、たぶん、神聖な雰囲気ではないと思う。
でも、この祠には、何かがいそうだと思う。
あの小さな神社のあった裏山と同じだ。
そんな僕のあやふやな予感は当たったのか、誰かが僕らを見ていたのかもしれない。
ゴトンと、僕らの背後で音がした。
* * * * *
ネニトスとは第一ダンジョンで待ち合わせにしたが、時間や細かい場所は特に決めていなかった。
それも仕方がない。この世界にはまだ時計がないのだ。
僕はいつもと変わらない時間に朝食を食べて、最寄りの転移門に向かった。
城とか教会には時を測る魔道具があるらしいが、大きいし高価なものだから、一般庶民が持てるものではない。
街の住人たちは教会の鐘でだいたいの時間を把握する。教会もない村では、太陽の傾きや星の位置で時刻を計る。
かくいう僕もド田舎出身なので、太陽や星の動きで凡その時間や方角を知る術は身に着けていた。
誰も時間なんて細かく知ることはできないのだから、この世界で待ち合わせ時間を分単位で決めることはない。何日の午前とか午後とか、そのくらいのアバウトさで約束する。
それと一緒で、待ち合わせ場所も大まかにしか決めない。ピンポイントで決めておいても、いつ現れるかわからない人を待って、ずっと同じ場所に突っ立ってはいられないからだ。
あの時は時間について何も言わなかったけど、ダンジョンに潜るというなら、言わずとも待ち合わせは朝ということくらいわかる。
冒険者ギルド本部近くの転移門で職員さんに黙礼。
第一ダンジョンに潜るようになってから、転移門は良く利用している。
でも、職員さんに気安く声をかけられる性格ではないし、かと言って無視無言でいられる度胸もなく、とりあえず黙礼だ。前世の記憶が僕にそうさせる。前世の記憶がなかったらどうしてたかな、発着時間まで隠れていたかもしれない。
意志の弱い僕は、中心街の賑わいを見ていると予定外の買い物をしていまうことがあるから、転移門で直行した方が安く済むことが多いのだ。利用券も数日前に十枚セット券を買っていた。
転移門の定期便は決まった時間に運行しているけど、これも結構アバウトだ。
発着場の近くに大きなストップウォッチみたいなものがある。ネジ巻式で、一本だけの針が頂点から一周して頂点に戻ると、定期便の出航時刻だ。ネジを巻くと針がまたじりじりと動き出す。
ネジを巻くのは人力だ。ネジを巻いている間のロスがあるから、出航時刻が正確とは言い切れない。荷物を運ぶのにもたついて発着が遅れるなんてことも日常茶飯事だ。みんなストップウォッチなんて凡その目安としか思っていない。
前世の日本だったら、みんな分刻みで行動を決めていたし、公共交通機関もほぼ時間通り運行していた。
それが当たり前だと思ってたから、長期出張で海外の工場に行ったときは、大雑把すぎる時間感覚にぜんぜん馴染めなかった。
一時間の遅刻は定時のうち、昼休憩は三十分くらい超過するのが当たり前、バスも電車も時間通りに来ないのが常識、なんて几帳面な人間は発狂してしまう。
今の僕なら、前世祖国から遠く離れた国の方が生きやすいと思うかもしれない。列車が一分遅れただけで謝罪するなんて、もう考えられない神経質さだ。
「第一ダンジョン行き~、第一ダンジョン行き~」
出発を告げる声が上がり、僕も切符を見せて発着場へ入る。
初めて転移門を利用した時はワクワクしたけど、その呆気なさにガッカリもした。
定期便を待っていた人がみんな発着場に入ると、常駐の魔法使いが四人立ち上がって杖を掲げる。
転移させるのが三人くらいなら魔法使い一人で充分なのだが、定期便はいつも利用者が十人以上いるし貨物もあるから、だいたい二人か四人で発動する。転移魔法を発動するのに一人以外の奇数だとバランスが悪いらしい。
杖を掲げ、声を合わせて呪文を唱えているうちに、気付けば景色が変わっている。
出口の係員に切符を渡して外に出る。
これで終わりだ。
転移魔法は魔法使いにとっては高度な魔法だが、転移されるだけの人間にとっては特別感は何もない。いっそ前世のバスなんかよりも気安い。移動時間もほぼ考えずに済む。
冒険者ギルド支部で使い捨て帰還の輪を買ってたら、ネニトスもやって来た。
「おはよう」
「おはよう、丁度よかった」
ネニトスも帰還の輪を買い、ついでに携帯食料もちょっと買って、その場で軽く打ち合わせだ。
「今日はとりあえず二階層まででいいか?」
「うん、僕は二階層初めてだから、ルートはネニトスに任せるしかない」
全階層一本道の洞窟になっている初級ダンジョンや、どこまでも碁盤の目の第一ダンジョン一階層と違い、第一ダンジョンの二階層以下はちゃんと迷宮になっている。
だから、ちゃんとマッピングしながら進まないと道に迷うのだが、僕のマッピング技術は素人もいいところだ。
ネニトスは三階層まではだいたいの経路を知っているそうだが、四階層以下は二ヶ月前に大きな変動があり、パーティーを組んでいた頃の知識は役に立たないという。
一人でモンスターに対応しつつ、マッピングしながら下層を目指すには、ネニトスもまだ経験値が足りない。
だから、彼も新たな仲間を探してはいたそうだ。僕が現れるまでは見つからなかったわけだが。
「じゃあ、下層に行く階段には繋がっていないルートにしとこうか、そうすれば人も少ないし、ヨナハンの魔法も試しやすいだろう」
ネニトスが言うには、先で行き止まりになっているからあまり人が選ばない道があるそうだ。
二階層での探索なら、モンスターを狩りながらぼちぼち進んで引き返すのでもいいし、行けるとこまで行って帰還の輪で帰るのでもいい。
僕の魔法がピーキーだということを知っているから、人の少ないところを選んでくれたらしい。
こうなると、僕の方も最低限魔法について説明しておくべきだろう。
転移門は門がないのに門と呼ばれているのは、乗合馬車が停まるところを駅と呼んでいるため、区別するために転移門は門になりました。
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