47.暗がりに消えていきそうな二人の背中を追う
僕は見て見ぬふりしてやり過ごそうと思ったけど、見過ごせず、気付けばこそこそと後を着けていた。
思い出したのは新聞の生地だ。自分では読んでいないけど、アルージュの街で暴動があり、騒ぎの原因は王位継承争いに関わるという。
近くはないけど遠くもない街で起きた政治絡みの騒ぎだ。ルビウスの街に波及しないとも限らない。
もしも、この勘が当たっていたとしても、同期二人の身が危険だとは限らない。政治思想は個人の自由だと思う。なんとなく政治団体に良いイメージがないのは、前世の記憶があるせいだ。
別に本人たちが納得して参加するなら構わないし、僕に火の粉が飛んでこなければどうでもいい。
ただ、ちょっと様子を見るだけ。そう自分に言い聞かせる。
ケルビンとショーンは、男たちに連れられてどんどん細い路地に入っていく。陽の沈み始めた時間帯、陰気な裏路地には既に灯りを点けている軒先もある。
これは政治集会じゃなくて、反社の集まりの可能性も出てきた。僕は更にビビりながら、暗がりに消えていきそうな二人の背中を追う。
辿り着いたのは、なんてことない居酒屋だった。裏路地に小さな看板を出しているだけの、ものすごく入りづらい居酒屋だ。僕一人だったら絶対に入れない。
そこはまだ準備中で開いていない。ショーンとケビンを連れた男たちは、居酒屋の隣にある地下への狭い階段を下っていった。
僕は全員の姿が見えなくなってから、恐る恐る階段の下を覗き込む。それほど長くもない階段の先には木戸が一つあるだけだ。看板が付いているようだが、暗くて何が書いてあるかは見えない。見張りの類はいないようだ。
下からがやがやと騒ぐ声は聞こえる。ただ、誰かが演説しているような声も聞こえる。
ただの飲み会だったら何の問題もない。こんなに隙だらけなら、少なくともヤバい組織の絡んだヤバい集会ではないと思う。
でも、あの二人の、微妙に浮かない表情が気になる。
ここまで来て真相もわからず帰るのも間抜けだ。
僕は意を決して、でもやっぱり怖いからキョロキョロ周囲を見回して、誰もいないことを確認してから階段を下りた。
一歩二歩下りてから気付いた。
この地下は結界魔法がかかっていない。毎日シャドウウォークを使っていたら、なんとなく影に入れそうか入れ無さそうかはわかるようになった。
上の建物には一般的な魔法障壁がありそうだが、地下は古いのか、それとも後からほじくった違法建築なのか知らんけど、魔法対策が全くされていないようだ。
こうなったら僕の独壇場だ。いや、こういう犯罪めいた使い方ができちゃうから、シャドウウォークは人前ではあんまり使いたくないんだけど。
階段を下り切る前に影に潜る。入り口に小さなランプ一つしかない階段は、いたるところに影があった。
階段の下を泳いで、予想通り木戸も難なくすり抜けた。
地下には思ったよりも人がいた。十畳もないくらいの狭い空間に男女が犇めいている。どちらかというと男が多い。
壁際に木箱が積んであるから、普段ここは倉庫として使われているのかもしれない。
僕は木箱の影で頭だけ出して息継ぎする。みんな立ったまま部屋の奥を見ているから、後ろの木箱を見る人なんていない。
もう一度潜って、下から集まっている人たちを眺める。共通点は特にない。いや、まったくない。下町にいそうな商人や職人や冒険者から、貴族街にいそうなきちんとした身形の人まで、雑多に集まっている。
いよいよ何の集まりかわからなくなってきた。危険な集会のようには見えないから、同期を放って帰っても問題なさそうだが、何の集会なのか気になって帰るに帰れない。
そこで一番前に立っていた男が声を上げた。
「お待たせしました同志たちよ! 拍手! 拍手!」
狭いからマイクなども必要ないのだろう。他と変わりない格好の男が司会進行役らしい。
部屋の奥にあった布がごそごそと動き出す。積み上げた荷物の上に布をかけているのかと思ったけど、あの布は試着室みたいな仕切で、中に人がいたらしい。
みんなが拍手する中、僕は苦しくなったので端っこの方に行って息継ぎする。
その時、ドッと場が沸いた。
「こ、これは……」
一瞬呆然としてしまったが、みんな部屋の奥のステージみたいなところに釘付けだから、誰にも気付かれなかっただろう。
「酒場竜の隠れ家、一番の美女ソフィアちゃんだー!!」
「みんな~! 来てくれてありがとう!」
影に潜ってから正面で見てみたら、木箱を並べただけのステージにヒラヒラのワンピースを着た女の子が出てきた。
みんなワーッと盛り上がっている。
僕はすごすごと影の中を泳いで後ろに行く。
木箱の影で頭を出して、盛り上がっている人たちの後ろ姿を呆然と眺める。
これ、地下アイドルのファンミーティングだ。
たぶん町娘コンテストの一環なのだろう。ファンクラブや応援団などがあるというのだから、この手の集会があってもおかしくはない。
前の方にいる連中はすごい盛り上がりだけど、後ろの方にいるやつらはそれほどでもない。その中にショーンとケルビンもいる。
あの不安そうな表情は、「アイドルとか興味ねーし」と取り繕っている表情と、周囲の盛り上がりに浮足立っている表情の、狭間をうろうろしている顔だったようだ。
紛らわしい!! 盛り上がりたいなら素直に盛り上がれ!!
きっと後ろの方にいるのは、ショーンやケルビンと同じく、なんやかんや言いくるめられて集められた連中だろう。ファンミーティングに人数が集まらないのも格好付かないからな。
しかし、無理矢理だろうとここに来たということは、興味があることを誤魔化せていないのだ。
ショーンとケルビンが声援を上げ始めるのも時間の問題だろう。
戸惑いながらも楽しんでいる様子の同期二人を見て、僕は影に潜りその場を後にした。
狭い路地はもう暗くなっていたからどこからでも出られる。
僕は周囲に人がいないことを確認してから、地上に這い出した。
さっきは準備中だった上の居酒屋に灯りが点いている。看板には『竜の隠れ家』とあった。
「ははは……アホらし」
アホなのはこんな集会に陰謀を疑った僕の方だ。地下アイドルに盛り上がるのは大変結構だ。
なんだか物凄く疲れた気分で、とぼとぼと家路についた。
どうでもいい情報ですが、ケルビンくんは妹が二人います。
すごく可愛くないと思ってるけど、彼氏連れてきたらガチめの面接をする面倒臭いお兄ちゃんです。
町娘コンテストに興味持ったら妹たちに馬鹿にされると思って今まで興味ねーしという顔をしてましたが、今日が年貢の納め時でした。
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