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【書籍化・コミカライズ】転生令嬢、結婚のすゝめ~悪女が義妹の代わりに嫁いだなら~  作者: 三糸べこ


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新たな悩み

 ラフィーナは今、人生初にして最大の悩みを抱えていた。


(どうして……)


 広いベッドには寝起きのラフィーナが一人。

 夜着やシーツに乱れがないのは、寝相のいいラフィーナが一人で眠っていたから。


(どうして一緒に寝てくれないの……!?)


 主寝室に降り注ぐ爽やかな朝の日差しとは真逆の悩みである。


 夫婦となってから季節が一巡しようとしている。

 けれど同じベッドで眠ったのは、王都のホテルに泊まったあの夜だけだ。


 翌日以降もしばらく王都に滞在していたが別室になっていたし、正直それどころではなかった。


(離婚とか考えてたバチが当たっているのかしら)


 ベリオンはラフィーナと恋人になりたいと言った。

 いつからかは分からないが、もうとっくにラフィーナもベリオンに恋をしている。


 だから意を決して夜の主寝室を訪れたのだ。


 角のせいで横になって眠れなかったベリオンは、自分の部屋にベッドを置いていない。

 人の姿に戻ってからは主寝室のベッドで休んでいると思っていたのに、いざ入ってみるとそこはもぬけの殻。


 待てど暮らせどベリオンは来ない。

 睡魔に耐えきれず眠ってしまったが、夜中に隣で寝ていた様子もなかった。


(昨日、勇気を出してボディタッチというものをしてみたのに……そのあと仕事に戻っちゃったから……いや、やっぱり前と顔が違うからダメだった……?)


 しょんぼりと起床して、身支度を整える。

 化粧をする時、少しアイラインを跳ね上げ気味に描いた。

 少しは前の顔に近づいただろうか。


「奥様。今日の装いはお気に召しませんでしたか?」

「あっ、いえ。今日も可愛くしてくれてありがとうございます」


 無意識のうちにため息を連発していたらしい。

 鏡越しのイスティが心配そうに眉毛を下げているのを見て、また無意識に息を吐いた。


(そろそろ奥様と呼ばれるのも忍びない)


 妻としての役割を果たしていないのだから、ただの同僚だ。

 この関係は以前のラフィーナが望んでいたものだったのに、自分の都合の良さにため息が止まらない。


「さあ、今日は新しいドレスの仮縫いですわ。朝食は軽めにご用意してます。参りましょう!」


 次回の収穫祭は人の姿に戻ったベリオンを領民が直接目にする最初の公的な機会になる。

 そういうわけで、夫婦揃って新しい衣装で出ることに決めていた。


「そのドレスも似合ってる。当日が楽しみだな」


 お互い仮縫いされた状態で顔を合わせたベリオンは、当然のようにラフィーナを褒めた。


(寝室には来なかったくせに)


 まさか、まだあの一人がけソファで寝ているのだろうか。


 じっと睨むようなラフィーナの視線を正面から受け止めたベリオンは、何を考えているのか、目を細めて微笑んだ。

 健康そうな肌色に、寝不足は見られない。




 それから数日間、ラフィーナは悶々とした夜を過ごした。


 寝る前のゲームに誘っても「また今度にしよう」と断られた。

 しかも、もう夜這いするしかないと決死の覚悟でベリオンの部屋に向かったところ、そこには誰もいなかった。


 ベリオンは夜、ラフィーナの知らないどこかで寝ている。

 他に夜を共にするような相手がいるのだろうか。


(……ベリオンに限ってそんなことは……)


 想像はできないが、ないとも言い切れない。


 今日もラフィーナは、主寝室の広いベッドに一人で横たわった。


(恋愛経験がなさすぎて、どうしたらいいかさっぱり分からない)


 恥を忍んでイスティやアルマに相談しようとも思ったのだが、忙しそうだったので諦めた。


 ベリオンが人型に戻ってから城で働く人間が増えて、ようやくやりたいことができるようになってきたところだ。

 城全体にエンジンがかかっている状態なので、正直なところ忙しさはあまり変わらない。


(無理しすぎる前に勤務体制や業務量の見直し、労基法的なものの制定が必要かしら。あとはなにか……便利な道具で私に作れそうなものは……)


 そんなことを考えているうちに、ラフィーナの意識は深いところに落ちていった。



 広い原っぱに座っていた。

 周りには色とりどりの花が咲き乱れ、空は虹色だ。


 不思議な景色を座って眺めていると、どこからか女の子が二人やってきた。

 子猫がじゃれ合うようにして遊んでいたかと思えば、花で冠を作ったりと、楽しそうにしている。


 しばらくすると二人は誰かに呼ばれたかのように動きを止めて、向こう側を見た。

 ミーアキャットを思わせる動きに笑ってしまう。

 すると、二人はぱっとこちらを振り向いた。


 二人がこちらにやって来て、共同で作っていた花冠を差し出してきた。

 頭を下げて、冠を乗せてもらう。


 お礼を言うと、二人は顔を見合わせて嬉しそうに笑った。

 バイバイと手を振り、背を向け、手を繋いで向こう側に走る。


 短い足であんなに走って危なっかしい。

 目を離せずにいると案の定、片方が転んだ。

 引っ張られて二人とも転んでいるが、柔らかい草の上なので、たぶん大丈夫だろう。


 巻き込まれた姉が先に立ち上がり、手を差し出す。

 妹は姉の手を見て少しためらっていたが、促されてその手を取った。


 いつの間にか、二人はすっかり年頃の女の子の姿になっていた。

 今度はゆったりとした足どりで歩いていたが、途中で止まり、名残惜しそうに繋いだ手を離した。


 呼ばれた方へと歩いていくのはカトリーナだけ。

 ラフィーナはずっと、向こう側へ行く妹の後ろ姿を見送っていた。



「ラフィーナ」

「……っ!」


 急激に意識が浮上した。

 呼吸と同時に、次から次へと涙が溢れていく。


 気づいたときにはしゃくり上げるほど泣きながら、目の前の広い胸板にしがみついていた。


「どうしたんだ?」

「カトリーナ、が、向こう側にっ、ひっ、うぅっ」

「夢を見たのか」

「向こう側に歩いて行って……見送らなきゃいけなくて……」

「もう心配するなと言いに来たんだろう」


 ベリオンの言葉に、ラフィーナはこくりと頷いた。


 妹が向かった先は綺麗なところだった。

 きっともう、寂しい思いをすることはないだろう。


 鼻をすするラフィーナの背中をベリオンの大きな手がとんとんと優しく叩く。

 しばらくして身体を離すと、月の光を受けるベリオンの輪郭が見えた。

 真っ赤な髪がさらりと流れて、深緑の彩光がまたたく。


 まだ夢を見ているのかと思うほど神秘的だ。

 ぼんやり眺めていると、盛大に泣いたあとの顔を晒していることに気がついた。

 手遅れと知りながらシーツに潜り込む。


 するとなぜか、ベリオンが焦ったような声を出した。


「す、すまない。泣いてるようだったからどうしても気になっただけで……いや、毎日覗いていたわけではない、たまたまだ。誓って何もしてない」

「……毎日覗いてたんですか?」

「……まぁ」

「……覗いていただけ?」

「……時々、髪を……」


 毎日覗いて、時々髪に触れていたらしい。


 羞恥と安堵で胸がいっぱいになった。

 止まったばかりの涙がまた滲んでくる。


「浮気されてるのかと思ってた」

「は!? なんでそんなことを」


 シーツを剥ぎ取られる。

 さっと顔を両手で覆い隠した。


「だって、ここに来ないのに、部屋にもいないし」

「夜は客間で休んでいたんだ。浮気なんてするわけないだろ……」

「なんでそんなことを」


 同じ言葉を返すと、ベリオンは咳払いを一つして言った。


「ラフィーナ。せっかくだから、少し外を歩かないか?」


 夜の散歩の誘いに、少し悩んでからラフィーナは頷いた。

 すぐにもう一眠りできる気分ではない。


 王国最南のアルガルドも夜は冷える。

 薄手のショールを羽織り、ベリオンとともに外に出た。

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