第17話 稲刈りとか
第二便を乗せた小桜は水口にある二連の揚水水車を脇目に見つつ下っていき芦原口に到着した。
「ようこそ! これが豊葦原。豊かな葦の原っぱよ」
出迎えてくれたのは美野里で、芦原口から永原を通って美浦まで観光ガイドよろしく案内してくれる。
「この辺は蜂がいるから気を付けてね」
永原には養蜂場があるから働き蜂に遭遇する事もあり、数匹の働き蜂が飛んでいるのが見える。養蜂場の蜜蜂は去年の春に捕獲してから一年半……そろそろ蜂蜜を収穫してもいい頃合いだな。
「あそこで冬にお酒造ってるんだよ」
「これは竹糖と言ってお砂糖が採れるんだ」
「あっちまでずっとあるこれ。これが瑞穂よ。瑞々しい稲の穂。私たちの本来の主食よ」
「これこれ、これが鶏ね。この柵の中にいる十二羽がオリノコに行くからね」
途中、子供たちを肩車したりしながら徒歩で一時間ちょい掛けて美浦に到着。
◇
「ようこそ美浦へ。我々はあなた方を歓迎します」
旭広場には美浦の代表として将司が立ち、雪月花は脇に控えていた。
「イライケ オトケレル ワーはオリノコのハツ これ贈る」
彼らは十集落の人たちが持ってきた贈答品を全て持ってきていてそれを美浦に贈るという。オリノコにこんなに来たのは美浦の産品目当てなんだからこれらは美浦に贈られた物だという。
ミヌエから瓢箪、ヒノサキから麻布、フマサキから鹿の角、コロワケから猪の牙、ハクバルから石刃、ワバルから骨製の釣り針。
ここらは一目瞭然だし理解しやすかった。
そして在ったんだと思ったのがホムハルからの贈答品でやや光沢のある糸。ホムハルの使者の説明から推測するに天蚕とも言われるヤママユガの繭から作った絹糸の一種と思われる。
他に美浦の知識を総動員して何か分かった物としては、サキハルからの珪化木、ミツモコからの石灰岩、コクダイからは恐竜の化石であった。
オリノコからは茜。ちょっと山に入った所に普通に群生していたんだって。オリノコでは利用価値が乏しかったからこれまで雑草扱いだったとか。見つけた美結さんグッジョブ。
この後オリノコの皆さんは雪月花の案内で美浦見学を予定している。色々と建物も増えているので今日の午後と明日一杯を充てるらしい。
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昼食の後は稲刈りに向かう。俺と美結さんの二人にとって今回の美浦詣の主目的は稲刈りになる。
稲を刈る人、稲束を結束する人、結束された稲束を運ぶ人、稲架に稲束を掛ける人に役割分担して作業をローテーションさせながら進める。
去年は稲刈り鎌で手刈りしていたが今年は新兵器が投入されている。それは手動稲刈り機。ハの字に開いた刃が付いたソリを押し込むと立ったまま稲が刈り取れる便利グッズで刈取機やコンバインの先祖と言ってもいい器具だそうだ。
一押しで約三メートルだいたい十株ぐらい刈れる。
刈り取った稲は刈取機ごと置き場まで持っていってバサッと落とす。
ズザザザザー テクテク バサ テクテク ズザザザザー
……めっちゃ楽しい。
たぶん最初の方だけだとは思うが、何か癖になりそうなぐらいの爽快感がある。
手刈りより断然楽で作業性も悪くない。やり方を工夫して慣れれば一日で二反ぐらい刈れんじゃね? ほぼ素人と言っていい人間が道具一つで熟練者並み下手すりゃそれ以上の仕事ができるんだから大したものだ。
「初めて稲刈りする人でもこの量を刈れるって……複雑な気分です」
刈り取った稲束を括りながら美結さんが愚痴る。
「良い言葉を教えてあげよう“腕より道具”」
「腕より道具?」
「腕前を云々するより前に、良い道具や機械を使えって事。稲刈りだって手刈りを極めた人よりコンバインに乗ってる一般人の方が断然早いでしょ?」
「……何か名人とか職人さんをディスってるように聞こえますが」
「とんでもない。これって腕を磨いて国家資格の一級技能士や職業訓練指導員免許を持ってる人たちが言った言葉だよ。良い仕事ってのは良い道具を選ぶところから始まる。手法に拘るのがアマチュアで結果に拘るのがプロだってね。だからそういう人たちは新型機械とか道具を結構受け入れているんだよ」
「なんか昔ながらの製法とか伝統の匠の技とかの方が凄い気がするんですけど」
「昔ながらというのは極論を言えば歴史学とか民俗学とかの学問的価値なんだよ。他にもっと効率的で安全な手法があるから廃れたのに非効率で危険な方法を態々使う意味ってどれだけあるの? そういうのに素晴らしい価値があると思うのは幻想だよ。これは手作りとか天然何ちゃらとかもそうだけど、あくまで漠然と良い物と思わせる印象操作でしかない。勝爺……ああ匠のお祖父さんの宮大工ね、その勝爺が言ったんだけど“伝統の何ちゃらゆうても、そん始まりん時はそれまでの伝統に反しちょるやろ。伝統に胡坐かいて新しいもんを受け入れられんのは老害ちゅうねん。そういう奴はさっさと隠居せいっての”だってさ」
「うーん」
「新しい物を取り込んでいって初めて技術の進歩ってあるんだからそういう物だと思って。まあ“腕より道具を失敗の言い訳に使う奴は害悪でしかない”とも言ってたけど……そろそろ交代する?」
「はーい」
“弘法は筆を選ばず”という言葉もあるが“弘法大師ぐらいの第一人者になるまでは道具を選べ”とも“失敗はその道具を選んだ己の不明やその道具を使いこなせぬ己の未熟を思え”というのが師匠達の解釈だったし俺もそう思う。国語のテストでそう書いたら減点対象になると思うけど。
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一番遠いところは七、八十キロメートルはありそうな気もするので近隣といっていいか悩むところではあるが、近隣十集落との交流について会合を持つ。
出端屋敷の一室に十五人が車座になっている。大所帯になってきたので美浦総会の前に準備会というか委員会のような物を開いて総会の要点の周知などをするようにしたそうだ。参加者はSCCの八人と漆原家から源次郎さんと剛史さんの二人、楠本家から政信さん、秋川家から悠輝さん、高校生組からは今回は榊原くん、スタッフの白石さん、ワンゲルの辻本さんの十五人。
「端的に言えば“見たこともないような素晴らしい品がホムハルに贈られたそうだが俺たちも混ぜて欲しい”要は俺たちにも良い物くれという事らしいです」
「良い物というのは漆原さんが作った壷?」
「ええ。それと塩自体もそのようです。塩ですが何か変えました? 品質が良くなっている気がするのですが」
「ああ、それね。五十嵐さんが製法を変えたのよ。彼女、塩マニアみたいで塩の博物館だかで聞いた製法にして石膏とニガリを排除してるらしいよ」
「なるほど……それで、十集落からの申し入れに対してですが、オリノコとしては断るのは孤立を意味するので避けたいとの意見で、それは私も同感です。しかし、個別に来たならこれまでの経緯や是々非々もあったでしょうが纏まって来ました。つまり上手く断れないように話を組み立てている存在が居ると考えた方がいいでしょう」
「糸を引いている存在って心当たりはありますか?」
「可能性として一番高いのがホムハルの指導者だと思います」
ホムハルはオリノコ(実質的には美浦)からの贈答品の情報を他集落にながす決定をしたという事。それと地理的にもホムハルは中心に位置している交通の要衝なのでホムハルの同意がなければできないだろう。これまでのヒアリングの結果から十集落はホムハルより大川の上流にあるか大川の左岸にあり、右岸にあるオリノコに行くにはホムハル近郊を通らざるをえない。大川はホムハル近辺だと渡河できるがそれより下流だと渡河は困難らしい。
「こちらも向こうもお互いの情報が少な過ぎますね。返事は何時までに?」
「冬までに通知して実際に動くのは春からと思ってもらえれば」
「えらいのんびりやなぁ」
「電話もメールもインターネットもありませんから。それに文字も無いようですから手紙も無理です。意思の疎通には時間が掛かります」
「そういうもんか」
後に行われた美浦総会で、ホムハルには基本的には了解したが実施方法については追って連絡する旨の通知を出す事と、大川を遡って地理や航行条件などを調査する事の二点が決められた。
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佐智恵と文昭を捕まえて燃料事情を確認する。
俺の計算だとどう考えても燃料が足りないのだが二人とも大丈夫だといっている。
バイオディーゼル燃料の原料は油脂とメタノールだが、油脂はいいとしてもメタノールが足りない筈。
メタノールは古くは木精と呼ばれていたように木酢液を蒸留するとメタノールを得られるが、木酢液に占めるメタノールの割合は低く得られる量はかなり少なかった記憶がある。昔はそれ以外に有効な入手法が無かったからじゃないかと思っている。
「義教は脂肪酸メチルエステルしか燃料にカウントしてない。それは間違い」
「そうだぞ、焼玉エンジンなら燃料の選り好みが少ないから低質燃料でも動く」
「木タールからも燃料油が採れる。木酢液から酢酸を除去するのに酢酸カルシウムにするけど、乾留したらアセトンも採れる……あっ! コルダイトを造った。要る?」
「木タールから燃料油ってそんなに採れるのか?」
コルダイトは無視の方向で。
「メタノールの三倍ぐらいは採れる。FAMEが十リットルできるなら三十リットルの低質燃料もできていると思ってくれていい」
「留山に製油施設も作った。だから探索する分ぐらいどうにでもなるから心配するな」
「いつの間に……」
「義教……新年の目標を忘れるぐらいボケた? 燃料は検討するって言った。私は有言実行。褒めろ」
このあと滅茶苦茶褒めた……




