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文明の濫觴  作者: 烏木
第11章 来訪者
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第16話 暖房

年が明けて一月十五日の寒の入りを迎えたが全員が引き籠っている。


寒の入りというのは、二十四節気の小寒のことで『寒さがしだいに厳しくなっていくころ』というもの。

小寒は冬至の半月後ぐらいなので、グレゴリオ暦だと算出方法にもよるが一月五日から六日ごろになるが、瑞穂暦は冬至を大晦日に固定しているので小寒は一月十五日ごろになる。


二十四節気というか太陰太陽暦の計算方法は二通りあり、一つは冬至から次の冬至までの期間を等分(二十四節気なら二十四等分)して決める平気法で、もう一つは太陽黄経(春分点を〇度として太陽が黄道のどの角度にあるか)によって決める定気法。

平気法の利点は期間(時間)を等分しているので節気から次の節気までの間がその年の中では固定されるので分かり易い事で、欠点は太陽高度とは必ずしも連動しないので季節とのずれが生じる事。


この季節とのずれというある意味では暦としては致命的な欠点を克服したのが太陽黄経に基づく定気法で、こちらは空間(太陽高度)を等分しているので、節気と太陽高度(気候・季節)が整合しやすい。

一方で定気法の欠点は、太陽の黄道上の移動速度は一定ではなく近日点付近では移動速度が速くて遠日点付近では遅くなるので、節気から次の節気までの日数が一定ではなくなる。

どれぐらい違うかというと、現代だと冬至のころが近日点に近く夏至のころは遠日点に近くなるので、春季や秋季は節季と節季の間の日数は十五日前後で、冬季は十四日強、夏季は十六日強といった感じになる。(遠日点や近日点も天文学的タイムスケールだと軌道自体が回転運動をしているので今この場での遠日点近日点と二一世紀のそれとはズレが生じるのでここではこの通りにはならない)


ともかく、同じ二十四節気とはいっても定気法と平気法だと微妙に日付が異なることがある。


さて、その寒の入りの通りなのか、強烈な寒波が襲来している。

だから、寒くて動く気がしないというか動いたら危ないんじゃないかって感じで全員が暖房が効いた部屋に引き籠っている。


寒波襲来ではあるが、雪は大して降っていない。

初冬のドカ雪は何だったのかと思うが、それ以降は若干降雪が多い気はするが尋常の幅の中に納まっている。

しかし、気温が低いことで雪は融けずに残っているし、太平洋側で大雪を生じる事がある南岸低気圧がくる二月三月はどうなるかまだわからない。


まあ、今現在はこの寒波でもガッツリ積もる大雪・豪雪にはなっていない。

その分、日本海側では豪雪になっているとは思うけど。


現代日本では、俗語で『クリスマス寒波』『年末年始寒波(『年末寒波』と『正月寒波』に分けることもある)』『節分寒波』などと呼ばれるものがある。

クリスマス寒波は冬至のころ、年末年始寒波は寒の入りの前後、節分寒波は立春のころによく寒波がやってくることからこのように呼ばれている。


瑞穂暦だと冬至が大晦日なので、現代日本のクリスマス寒波は年末年始寒波になり、現代日本の年末年始寒波は寒の入り寒波になる。(節分寒波は節分寒波のまま)

だから今回の強烈な寒波は『寒の入り寒波』にあたる。


例年ならこの時季の前後にやってくる『寒の入り寒波』で最低気温が氷点下になる冬日が初観測される事も多いのだが、今冬では『寒の入り寒波』で最高気温が氷点下の真冬日を観測した。

そして、その真冬日はここ数日続いている。


平年の最低気温が平均気温といった感じの異常な寒さになっていて、俺らやホムハル集落群の者より寒さには慣れている筈のユラブチ集落群からの避難民もビビっていると言えば異様さが分かるだろうか。


気温も低いのだが、それに加えて風がとても強くて、体感温度は極寒の地といった感じになり、下手したら凍死するんじゃないかという恐怖を感じる。

気温が氷点下でも一桁なら“今日は暖かいな”と(うそぶ)く北海道の人からは笑われるかもしれないが、真冬でも月平均の日最高気温が摂氏一〇度近い地域に住んでいる者からすると最高気温が氷点下というのは恐怖でしかないのは分かってほしい。


これだけ寒いと屋外に出る時は防寒着をバッチリ着込んで気合を入れてからじゃないと無理。

そういうわけで、避難民にも暖房の効いた屋内ですごすよう言ってある。


不要不急の外出は控えるのは当然ではあるが、現状は必要があって急いでいても出たくないといった感じ。

しかし、外出する必要も急ぐ必要もある事はある。

そういったときは『誰かがやらないといけないが、誰もやりたがらず、自分ができるなら、自分がやる』の精神で俺が防寒着を着込んで外に出る羽目になる。


今回の行先はスプラウト小屋と鶏小屋。

暖房用の薪を()べないといけないし、鶏には給餌や給水してあげないと駄目だし、掃除や卵の回収もしておく必要がある。



外は低温強風という悪条件だが、屋内は暖房もされている部屋なら風の音が煩い程度で済んでいる。

しかし、これは暖房が効いている部屋の話で、暖房していないところは屋内でも寒い。

だから、誰も屋外はおろか暖房された部屋から出たがらない。

もしも、炬燵(こたつ)があったならコタツムリが大量発生していただろう。


「ノリちゃん先生、トイレに暖房つけようよ」

「こう寒いとトイレで凍死しそう」

「寝室にも暖房欲しい」

「確かに。朝は布団が離してくれない」

「布団が離さないんじゃなくて自分が離さないんだろ?」

「どっちでも結果は一緒」

「それはともかく、暖房はあるといいよね。どう? ノリちゃん先生」

「……危ない場合は言うけど自分達でやるなら構わない。ただ、避難民の分も忘れるな。それと他の集落の分もな」


トイレは滞在時間がとても短いし寝室も布団があれば十分だと思うから、俺としては否定的だが自分達で頑張るってんなら頑張ってくれ。


ただ、自分達だけ良い思いをするのはいただけない。

特に権力を持っている者が権力を背景に自分を優遇するのはよろしくない。


ただ、俺は権力者は清貧であるべきとは全く思っていない。

寧ろ清貧であってはいけないとさえ思っている。


権力者はパレート効率性を高めて全体を豊かにすることで自らも豊かになる事に貪欲であるのが理想の姿だと思っている。

現実では、全体の利益なぞどうでもよくて、他者の利得を自分に付け替えてパレート効率性が低下しようが自分達がよければそれでいいという権力者ががが……


了解(セルヴァ)……スプラウト小屋のストーブの予備ってどれぐらいあったっけ?」

「予備部品はあるが完成品の予備はなかった筈。予備部品を組み立てても二基が限界だと思う」

「新たに作るならどれぐらいかかりそう?」

「製鉄からだから全集落に配れる数を製作するには最優先・超特急でやっても二箇月は掛かると思うし、通常運行だと半年程度は掛かると思う」


義秀よ、二つ間違っているぞ。

一つは、実際に製造可能な月産基数は製鉄から製造までの(ワン)ロットで何基製造できるかによる。

以前検討した時にあった『製鉄からになるから一箇月掛かる』というのは『製鉄から製品の完成までの期間が一箇月』なのであって、それが一基でも八基でも一箇月という事。


「半年? そんなに?」

「スプラウト小屋のストーブは確か五箇月ぐらいかけてあの数を作ってた覚えがある。ノーちゃん、合ってるよね?」

「確かに『()()()()()()()()()()()()』はそれぐらい掛かった」

「……ちょっと待って! スプラウト小屋のストーブは一集落に一基で済むけど、一家に一基となると……」


よしよし。眞由美さん(義秀の配偶者)がもう一つの誤りに気付いたようだな。花丸をあげよう。


「……ホムハル集落群の総世帯数は幾つだっけ」

「一三六世帯」

「十二基で半年とすると……五年?」


間違った前提で進んでいるが、仮に月産三十基まで上げれるなら一三六基作るのに五箇月、硬くいって月産十基なら一年二箇月(十四箇月)になる。

まあ、資源が潤沢にあるのが前提になるけど。

それと、今から製作に入っても早くて一箇月後だから中々に厳しい。


「待て待て! 期間もともかくだけど、それ以前に資源関連で怒られるわ」

「……じゃあ、ストーブは無理だな」

「まだだ、まだ諦めるには早い。スプラウト小屋のストーブは特製だから資源も使うし工数も多い。もっと資源と期間が掛からないストーブなら!」


ストーブが特製という話だが、これはスプラウト小屋のストーブと美浦の栽培温室のストーブは『温室内の酸素を消費せず、燃焼後の排気ガスも温室内には排出しない』という条件があるから。

この条件をクリアしつつ、できる限り暖房効率を上げるのに様々な工夫を凝らしたので特製になったというわけ。


正確には美浦の栽培温室のストーブにこの特製のストーブが必要なのは、籾遺の儀に用いる神丹穂(かんにほ)の栽培温室だけで、その他の栽培温室は燃焼後の排気ガスを栽培温室内に排出するのは問題ない。

実際、現代日本のハウス栽培では、燃焼後の高温の排気ガスをハウス内に排出した方が暖房効率が良いからハウス内に排出しているところもある。

これは暖房効率もそうだが、光合成の効率を上げるためでもある。

光合成は二酸化炭素を吸収するので排気ガスをハウス内に排出することで二酸化炭素を供給して光合成の効率をあげ、植物の生長を促すという目的もある。


植物じゃない人間がいる屋内に排気ガスを排出することについては違和感があるかもしれないが、普通の開放式のストーブの排気ガスはそのまま屋内に排出されているので実は普通の事だったりする。


『暖房する場所の酸素も消費しないし排気ガスも入れない』というのは、換気がよくない場所で長時間使用し続けると酸欠や不完全燃焼による一酸化炭素中毒が怖いから。

籾遺の儀に用いる神丹穂(かんにほ)の栽培温室は排気ガスに含まれる二酸化炭素の炭素の同位体の問題だから別だが、北海道などで強制吸排気(FF)式のストーブがよく使われている理由はさっきの説明の通り。


関東などではある程度の時間がたてば換気すればよいし、就寝時など換気ができない状況なら暖房を切ればそれで済むが、厳寒の土地だと換気自体が大きなロスを生じるし、就寝時に暖房を切ることにもリスクがあるから、強制排気(FE)式や強制吸排気(FF)式のストーブが選ばれやすい。

それらを踏まえると、スプラウト小屋のような閉鎖式のストーブではなく開放式のストーブにすればストーブ自体は比較的容易に用意できるし、何ならストーブじゃなくて火鉢という手段もあり得る。


火鉢も実は馬鹿にならない効果があって、家屋内の適切な場所に設置すると体感できるぐらいの違いがでる。

冷気の流れのツボみたいなところを火鉢で暖めて、人がいる場所に冷気が入ったり暖気が逃げないような空気の流れを作るという事だが、一軒一軒でその場所は異なるので適切な場所を探り当てるのはとても難しい。

匠は分かるようで一発で探り当てるのだが、俺は四か所目ぐらいでやっとといった感じ。


「鶏小屋の薪ストーブなら」

「いや、あれは煙突が肝だから厳しい」

「だったら……」


だらだらやっていても大丈夫だし、何ならいい暇つぶしになるから放っておこう。


名字は全世帯分を由来含めて準備したので遊んでいても構わない。

名字の由来とはいっても中には牽強付会な感があるものもあるが“テキトーに決めた”よりはマシというもの。


「炊事当番はそろそろ気合いれておけよ」


そうはいっても食事は大事。


「……今日、誰だっけ」

輝政(テル)さん」

「げっ……麻里沙さん、手伝ってあげて」

「私も大した事ないよ?」

「いやいや、大丈夫だから。お願い!」


美浦には専業調理師がいるからそれ以外の者が料理をするのは自分の楽しみのためや拘りのためで、ある意味では趣味の一種のようになっている。

そのため、特に若い世代を中心に経験不足もあって調理が下手な者が多い。


ただ、たいていの者は魚を締める・鱗を取る・(はらわた)を取る・皮を剥ぐ・おろす・開くなど下処理の中の一工程だけは身に付けている。

これらは大潮の時には一気に大量に処理する必要があるので普段は調理に携わらない者の手も借りる必要があるので一芸だけは仕込まれるというのが真相。


そうは言っても、どこからも“戦力外・無能な味方・いるだけ邪魔”という扱いをされる者もいるにはいる。

そして一芸すらもっておらず、運動神経悪い選手権優勝候補筆頭の作る料理となると……後は分かるな?


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