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文明の濫觴  作者: 烏木
第9章 濡れぬ先の傘
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第28話 諦めが悪い

上の口に汚水浄化装置を設置し終わった後は、春までは学校以外の時間は多目的施設の建築予定地の造成に勤しむ。


最初にやるのは建築予定地にある樹木の伐採。

樹木が休眠している冬季に伐採する方がなにかと都合がよいので造成予定地に生えている樹木を片っ端から伐り倒していき、樹種や状態に応じて、木材、燃料(柴薪・木炭)、チップ(パルプ・牛舎の敷材)、堆肥など用途別に選別して相応の処理をしている。


伐採した中に松もあったのだが、松は油脂分が多く多用途な材なので誰が何に使うかで一悶着があった。

俺も土留めの基礎用に確保したかったし、剛史さんも高火力の薪として欲しがったが、この争奪戦に勝利したのは佐智恵と春馬くん。

松の精油(エッセンシャルオイル)は現状ではインクに欠かせない原料の一つなので“教科書を刷るインクのために寄こせ”という化学工業軍が勝利し、抜根した松の根も持って行かれた。


今のところ順調に進んでいるのはリソースの優先配分の錦の御旗を振りかざして分捕ったバイオ()ディーゼル()燃料()を使ってモグちゃん号や蜘蛛の糸号を投入して伐倒した樹木を運び出したり抜根したりができている事が大きい。



それと掘削やら廃土の運搬にもモグちゃん号と蜘蛛の糸号を使う予定にしている。

如何せん造成で掘る土石の量が量なので、人力だと滅茶苦茶な期間がかかるし、ただでさえ労働力が半減している現状で人手で行うと完成がいつになるか分からない。


どれぐらい掘るかというと、D案だと小規模に造っても廃土の重量は六,〇〇〇トンはくだらない。

安全性をギリギリまで削ったら五,〇〇〇トンを切れるかもしれないけど、それは正直やりたくない。

まあ、B案の二五,〇〇〇トン以上に比べれば四分の一以下だけど、A案ならフル規格でやっても一,〇〇〇トン切るのでD案はA案の六倍以上の量を処理する事になる。


そして、それだけ掘るということは掘り出した土石をどうにかしないといけないのだが、その手間もA案の六倍以上かかる。

正直“どこかで音を上げてくれたらなぁ”なんて思っている。


という訳で、廃土の処理について計画をまとめたのだが結構不評だった。

多目的施設の建築予定地から標高で七メートルぐらい低い、もうほとんど里川の河岸といった感じの場所(以前の台風と鉄砲水でも水が来なかった場所にはしている)から幅七〇メートルぐらいの盛土をしていく計画で、そこから建築予定地の高さまで盛土していけば、頂上部分は幅七〇メートル奥行き一〇メートルぐらいの広場ができる事になる。


しかし、その規模を目の当たりにした面々がビビったようだ。

仕方が無いから将司を現地に連れて行って説明というか交渉を行う。


「図面でもあれだけど現地に来ると“これは無い”ってなるな」

「掘り出す量が量だから」

「あの杭からあそこの杭までだと横幅も結構ある。やっぱ、もうちょい何とかなる案はないのか?」

「盛土する体積は一緒なんだから、もっと上から始めるには幅を広げるか角度を急にしないと」

「計画の角度は?」

「十五度ぐらい」

「十五度? 掘削の法面は二十度って聞いたけど、二十度にすればもっと上にできるんじゃ?」

「転圧機とかコンクリ使えるなら三十度でも大丈夫だが、現状だと半分の十五度あたりにしておくのが安牌」


土留めなどの崩れてこないように支える工事をすれば別だが、そうじゃない場合の法面の角度の上限は、元々締め固められていた地面を削る切土だと、高低差や地質によって異なるが、八十度というほぼ垂直じゃね? って角度でも大丈夫な事もあるし、条件が悪くても三十五度ぐらいまではいける。

対して盛土はどうやっても締め固めが弱いので最大でも三十度が限度と思ってよい。


計画では切土で二十度、盛土で十五度と限界よりかなり緩い角度にしているのは安全マージンをかなり見込んだというのもあるが、整備のしやすさも考慮に入れている。


風雨などで法面の表土が流出したりすると拙いので普通は植生で覆ったりコンクリで固めたりといった法面保護工も併せて行う。

盛土の方は保留だが、切土の方は少なくとも芝生で覆う計画なので定期的に芝刈りをしないといけない。


三十度の斜面というのはスキー場の上級者コースぐらいの傾きがあるので、上から見下ろすと体感的には垂直近いと感じるので、そんな急斜面を大鎌で芝刈りってやだもん。


十五から二十度だとスキー場の中級向けコースぐらいまでになるので、たぶん何とかなる。


まあ、十度でも結構急な坂になるんだけど、そこまで緩くすると広大な面積を削らないといけなくなるので十五度から二十度が妥当な線だと思っている。


「そうか」

「代わりと言ってはなんだが、取り敢えずはあの辺りから始めるという手もある」


水平より少し上、だいたい一〇メートルぐらい先の山肌を指さす。


「その心は」

「あっこら辺から始めたら幅七〇メートルで一段分の土石は何とかなると思う。二段目は横に延長するかここらから始めて埋めちまうかって感じ。一応お勧めだよ。一押しと言ってもいい」

「段々畑的な感じの案も出てたと思うが」

「確かに段々畑っぽい感じにすれば短くできるが、段差の壁を作る労力が半端ないから完成が覚束ない。取り敢えず今は単なる斜面にしておいて、後からちまちま段々畑にしていくってのなら有り寄りの有り」


高低差が小さければ急角度でも何なら垂直でも何とかなるのでだいぶ圧縮できるが、土留めの擁壁を作るのが大変なので完成が遅れる。


「要は完成を優先した計画と」

「その通り。俺の、というか俺と匠のお勧めの“あっこら辺から始める”にして、将司は“多少は短くした”って実績を得てくれ。そうすれば二段目を断念したときも都合が良いし」

「二段目を断念したらどうなる?」

「A案の建物が建つ」


(土木部)(建築部)もA案を諦めていない。


■■■


「A案の北端、D案の東端一階は生活施設を集中して共通化しておこう」

「異存ない。炊事、洗濯、風呂、便所を纏めると水回りがやりやすいから好都合だ」

「あと、便所は外からもアクセスできるようにする」

「良い案だ」


自宅で匠と話している内容は多目的施設の設計について。


公式にはD案という事になっているが、建築部と土木部はD案を進めつつもいつでもA案に切り替えられるよう二本立てで検討している。

実際にはどちらか一方が無駄な検討に終わるのだが、そこは必要な備えとして割り切る。


「それと建物としては生活施設(こいつ)だけは独立した形にしたい」

「耐震性の関係か?」

「そうだな。A案ならまだしもD案だと偏心率が収まらない」

「そうだな」


偏心率というのは建物の重心と剛心の隔たり度合いを示すもの。

重心は建物の重さの中心というのは分かると思うが、剛心というのは専門用語に近いので分かり難いかもしれないが、建物の強さの中心を指す。


偏心率(重心と剛心が一致していればゼロで離れると大きくなる)が大きいと地震の揺れなどの外力で一部に過大な負荷がかかって変形することがある。


建築基準法では木造建築物の偏心率は〇.三以下と定められているが推奨は〇.一五以下なので通常はそうなるように努めるが、水平距離だけでなく垂直距離もでてくるし、土地形状や顧客が求める間取りを満たしながら偏心率まで考えないといけないので、実はちゃんとした建物を設計するのはとても面倒なのだ。


偏心率は小さければ小さいほどよく、避難所を兼ねているのだから究極的にはゼロを目指すことになるのだが、D案のような外連味のある建物はそれが難しい。


そこで、小ブロックずつに独立した建物にして、個々の建物で小さい偏心率を目指すというのが匠の考えということ。


「それと現場事務所的な感じと休憩所の機能をさっさとリリースする」

「そこができていれば、最悪でも寝床さえ確保すれば仮生活はいけるな」

「そうだろ? もっとも生活施設の給排水設備も同時並行で進めないといけないが」

「そこの手順前後は何とでもなる」


生活施設の給水施設や排水施設、下水処理施設といったものは何れ必要になるので、先に造るか後で造るかの違いでしかないから問題ない。


「なら任せた。次の課題だが、教室の大きさをどうする?」


実はここも頭の痛い部分で、鉄骨や鉄筋コンクリートが使えるなら大空間を作れる。

一般的なラーメン構造の鉄筋コンクリート造の倉庫だと柱に囲まれた一区間の面積は普通の一戸建て用の土地より広いなんてこともよくある。

しかし、木造だとそんな広い空間を支えるのは至難の業で、耐震性や(火山灰が積もったときの)耐荷重を考えると不可能といえる。


避難所・仮生活場所と考えていたときは、四畳半や八畳といった正方形の部屋をたくさん作って耐震性や耐荷重を満たす想定だった。

しかし、学校の教室として見たばあい、四畳半はもちろん、八畳でも狭すぎるのだ。


「欲を言えば短辺は七から八メートル取れたら嬉しいし、部屋ん中に柱は無い方が嬉しいが無茶は言わん。頑丈さが優先だ」

「七、八メーターのスパンとなると普通に考えると集成材だが、集成材を作る接着剤と専用金具が要るな。サチの見解を聞いておきたい」


日本の小学校の教室の大きさは幅七メートル奥行九メートルの六十三平米が基本となっている。

一方で、在来工法の木造建築では通常は柱の間隔は四メートル以内が基本で、四メートル四方の八畳間(十六平米)が無理のない範囲での広間になる。

短辺が四メートルで良いのならこの八畳間を連結して幅四メートル奥行八メートルの十六畳とか、三つ並べて幅四メートル奥行十二メートルの二十四畳とかは無理なく建てられるが、短辺が四メートルを超えると通常の在来工法だと部屋の中にも柱をおく必要がある。

短辺が七メートルある日本の小学校の教室の基本というのは、実は鉄筋コンクリート造を前提にした話だったりする。


昔は木造校舎だったけど、どうしていたかというと、昔の木造校舎の教室は狭かったり教室の中に柱が立っていたなんて事もある。


通常の在来工法では柱の無い大広間は無理だが、昔の木造の建物でも城の天守や寺院の大広間など短辺が四メートルを超える柱の無い空間は存在する。


つまり建てる方法は存在していて、極端な事を言えば柱と柱の間隔は梁の強度に依存しているので、何らかの方法で長くて強度がある木材があれば木造でも大広間を造ることは可能なのだ。


現代では木材を接着剤で貼り合わせて天然の木材だと難しい強度をえるなどした「集成材構造」や「クロス・()ラミネイテッド・()ティンバー()工法」など木造で大広間がある建物を建てる方法はある。


木を貼り合わせて強度を持たすのだが、一体物の木材ではないので継ぎ手や仕口といった通常の木材を接合させる手法は使えないので接合部には専用の金具を必要とする。


もっとも、それらの工法は基本的にはコスト高になるので、木造に拘る必要がなければ鉄筋コンクリート造などで建ててしまった方が安価で安全な建物が建つ。


それと、集成材やCLTで木材を接着している接着剤はホルムアルデヒドを放出するので、自然との調和とかで木造に拘って集成材構造やCLT工法にするのは噴飯ものだったりする。


「それと、集成材が無理でもトラス構造で何とかするという手もないではない」

「避難所を兼ねているんだから柱や壁が多くても構わんと思う。無理はしなくていい」


木造建築の耐震性は耐力壁(たいりょくへき)の配置と量でほぼ決まるので基本的には壁が多い方が耐震性が高くなる。


避難所である以上は、震度六強が何回きても無傷で耐えてくれないと困るし、震度七でも構造に関わらない軽微な損傷で済むレベルは必要だから使い勝手よりそちらが優先されるのは当然の事。


「山雲組にトラス構造を仕込む良い機会かもしれんし」

「そこらは腰を据えて考えよう」

「そうだな。取り敢えずもうちょい煮詰めるわ」

「いつでも相談にのる」

「頼りにしてる。そんじゃあ、邪魔したな」


匠が立ち上がったあたりで義智を抱っこした佐智恵と佐智恵に纏わりついている有栖ちゃんが部屋に入ってきた。


「話、終わった?」

「はなしおわた」

「終わったぞ」

「おわたて」

「さっき呼ばれた気がしたけど」

「ああ、集成材を作るとしたら、接着剤と専用金具がいるんだが作れるかって話」

「金具は大丈夫。問題は集成材の接着剤……レゾルシノール系とかユリア系とかの合成樹脂は難しい。カゼイン系ならいけるけど……一本二本ならともかく何本もは無理」

「そうか。集成材は無理か」

「ムリムリムリムリかたつむり!」


おい! 誰だ! 有栖ちゃんにこんな言葉を教えた奴は!


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― 新着の感想 ―
[一言] 金輪継手にするのかな。
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