第3話 ホムハルからの使者
こちらに近付いてくる三人。
人影は二人に見えたんだけど、もう一人いたようだ。
先頭は……やっぱりハテさんだった。
ハテさんの後ろについてくる二人のうち一人は何となく見覚えがある気がするが、もう一人は全く見覚えがない。
ハテさんと挨拶を交わした後に二人を紹介してもらったのだが、ホムハルの次期指導者のテミさん夫婦との事。
大き目の孫がいても不思議じゃない年齢に見えるので当代のムラサキは結構長生きしているんだ。
こっちの紹介? 佐智恵と美結さんは妻、有栖ちゃんは娘。
別にホムハルのテリトリーに入ってしまっていた訳ではなく、俺らがそろそろ来るころだろうと高台から見たら俺らが居たのでやってきたとの事。
滝野市場にはまだ日があるから別の用事があるのだろうと用向きを訊ねたところ、“ムィウェカパ”に関して相談があるとの事。
“ムィ”が“丘”で“ウェカパ”が“集まる”だから“ムィウェカパ”は直訳すると“丘で集会”になる。多くの集落から人が丘に集まって行う儀式? 祭祀? 行事? そんな感じらしい。
俺らはあまり関係ないかもしれないけどオリノコには重要な事のように思うので、佐智恵には先行して戻って雪月花に報告してもらい、俺らはホムハルの三人をアテンドしながらゆっくり目に滝野に向かう。
途中、おやつの時間になったので有栖ちゃんに干し芋を食べさせる。
『それは何?』
『これ? 蒸した芋を薄く切って干した物。食べる?』
『食べたい』
そんな会話があってホムハルの三人と有栖ちゃんが干し芋咥えてモグモグタイム。
ハテさんは去年孫が産まれたと言っていたから年配気味だと思うんだけど好奇心旺盛なおっちゃんなんだよな。
『暖めるともっと美味しくなる。やる?』
『お願い』
おやつは有栖ちゃんが一食で食べられる量が少ないからまめに食べさせないと栄養が足りなくなるからってのもあるけど、時間稼ぎも兼ねている。
雪月花には準備や確認や検討の時間が要るだろうが、佐智恵の走る速さと俺らが歩く速さの差程度の時間だとそれらに足りないだろう。だからあの手この手で遅滞作戦を実施している。
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時間稼ぎの甲斐があって会談の準備もできていて、無事ホムハルの使者との会談を終えた。
使者の三人は今日のところはホムハルに帰るとの事なので滝野の外れまでお見送りしてきたが、終始穏やかに会談できたからか心成しか表情は明るかった。
「ヤソくん、東雲さん、お疲れ様でした。ヤソくんはもういいですよ。後でご褒美を用意しておきます」
「はい。ありがとうございます」
実は会談中はヤソくんと俺が逐次通訳をやっていた。
逐次通訳というのは、片方が喋り終えたら喋った内容を翻訳して発声するという通訳形式の事。
発言者はマイクで喋って、それとほぼ同時に通訳ブースにいる通訳者が担当言語に翻訳してマイクに喋る同時通訳は、利用者がどの言語で聞くかを選択できないと訳が分からなくなるので、現状の科学技術では無理。
トップ会談などで通訳を必要とする人が少人数なら通訳者は通訳を必要とする人の側にいてその人が聞こえる程度の小声で相手の発言とほぼ同時に通訳するウィスパリングという方法もあるけど、今回は通訳が必要な者が多過ぎて無理。
そこで、ヤソくんがホムハルの発言を日本語に、俺が日本語の発言を現地語に逐次通訳する事で会談を成立させた。
「ところで、ご褒美は何を考えてる?」
「東雲さんに丸投げします」
「…………」
「沈黙をもってお答えいただいたところで、ホムハルからの要請事項についてですが……」
雪月花がオリノコの者に聞いたムィウェカパの概要によると、適齢期の独身の男女が集って共に飲食歌舞を楽しみつつ配偶者を探す催し……身も蓋もない言い方をすれば婚活パーティーだった。
そして、ホムハルからの相談事の一つがオリノコの参加要請。
「オリノコが参加するかどうかはオリノコに任せるでよろしいですね」
「それなんだが、参加する気満々だと思う。一人でやってみるから見ていてくれっていうのが矢鱈増えたけど、合点がいった」
「成る程。東雲さんの卒業検定ってあたりですか」
「……雪月花としてはどういう御神託を?」
「私はただの人間です。預言者でもましてや神ではありません」
態々それっぽい言動してるってのに……
「平和裏に共存できるよう苦心しているのですよ……何を考えているかぐらいお見通しです」
とりあえず、両手を胸ぐらいまで上げて肩を竦める。
「オリノコには相談したい事があったら遠慮しないように言っておいてください」
「黒岩氏に伝えて彼らから伝えてもらう」
「頼みました。さて、敷島さんと奈緒美さんを呼んできてください」
「あいよ」
「ああ、さっちゃんと美結さんもそのままで。有栖ちゃんもね」
「ひゃ」
◇
文昭と奈緒美に事情説明の後、今年(もしくは今後の)ムィウェカパを滝野で行いたいというホムハルからのもう一つの相談事について話し合う。
「開催時期は秋、おそらく十一月頃でしょうか。これまでは二年に一回ぐらいの頻度だそうです。もっとも、適齢期の独身者がいない集落は参加しないそうですので、集落単位で見ればもう少し頻度は落ちますかね」
「それが今年行われると?」
「ええ。それと、これまではホムハルが受け入れ先になっていたのですが、前回のムィウェカパで良く無い事があったので場所を滝野に変えたいと」
「何があったの?」
「さあ?」
不名誉な事柄なので追求はしなかったが、一昨年の秋といえば台風の直撃があったからそれ関係かとは思う。
「験担ぎは分かるが、それなら去年の内に言って欲しかったってのが正直なところだな。自分はそんな報告は受けていないが……義教、どうだったんだ?」
「最終回には文昭もいたろ? そんな話は無かった」
まあ、俺も気になってハテさん突いたら、米ゲットに夢中になってて忘れてたという事らしいが、嘘というか言い訳というか何か引っ掛かるものがあった。
「そのムィウェカパとかいう毛遊びみたいなのってどんなお約束があるの? ムィっていうからには山とか丘とかでやるの?」
ほう、奈緒美は毛遊びときたか。
俺は最初に聞いたときは歌垣と思った。
「作法についてはこれからになりますが、滝野開催については前向きに検討としたいと思っていますがどう思われます?」
「メリット、デメリットが分からん以上、何も答えられん。情報不足で回答不能」
「東雲さんは?」
「……滝野で開催が不可能という理由が無いなら滝野でやるべきだと思う。どういう思惑があるかは分からんが、断ると双方に色々と不都合がでそうな気がする」
「さっちゃんは?」
「これぐらいならできるというのを示し、それで構わないか確認する。例えば一山裸にしろレベルが最低限だったら受けられない」
ここで決めるような話ではないというか決められない話なので、ここでの話の要旨を認めた手紙を美浦に送って美浦で決めてもらう。
メッセンジャーは奈緒美と文昭。小桜改で往復してもらう。
「文昭、ベーコンとキャベツとアジの開き人数分持って来てくれ」
「食糧番が許可すりゃな。まあ大丈夫だろうが……何すんだ?」
「ヤソくんへのご褒美。ちゅう訳で頼むわ」
ベーコンとキャベツの炒め物とアジの開きはヤソくんの好物なんだ。




