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文明の濫觴  作者: 烏木
第8章 紡ぎ織る
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第2話 滝野の水源探し

小桜改に揺られて滝野に到着。

昨秋の十一月からだから五箇月ぶりの滝野市場が目前に迫っているので滝野市場の掃除やら商品補充やらをする。


滝野市場の勝手口を開錠して中に入る。開錠といっても単にフックを引っ掛けているだけで、基本的には鳥獣が開けられないようにしているだけ。もっとも山羊(ヤギ)さんはこれぐらいの錠は開けちゃうけど。

厨房の土間を通り玄関の心張り棒(しんばりぼう)――引き戸にあてがって開かないようにする棒:つっぱり棒・用心棒――を外して玄関を開け放つ。


「それでは始めてください」

「はーい」


雨戸を開ける者、掃除をする者、水を汲んでくる者、荷物を整頓する者、竪穴住居の点検に向かう者などなど銘々が作業に取り掛かる。


滝野市場の準備以外に動くのはまずは奈緒美と文昭のペア。

平山北斜面で採取した苗木を滝野の近辺に移植するために結構な量の苗木を持ってきている。たぶん文昭があちこち穴掘りさせられるのだろう。


土地利用計画はまだ策定できていないが林にしていい場所は話し合って決めているし去年から色々移植はしているからそれらの状況確認も兼ねての巡回もしてもらう。


それともう一組が俺と佐智恵と美結さん、そして有栖ちゃん。

今回の滝野市場は再開一回目なので雪月花が出張る事になったのだが、そうすると佐智恵の世話ができなくなるので自動的に佐智恵も同行する事になる。

母親的存在の二人が留守にするのを感じ取った有栖ちゃんが雪月花に泣きながら縋り付いて離れなかったから仕方が無く連れて来たんだと。


今は俺の背中で干し蛸を咥えてご満悦。

スルメとかエイヒレとかの噛めば噛むほど味が出る食べ物が()()マイブームのようで、ふやけるまで口に入れて楽しんでいる。もっとも、ふやけきって味の無くなった物をそこらにポイするのが目下の保護者たちの頭痛の種。


それで、この組がやるのが農業用水の水源捜索。

大川改め加古川を滝野から上流方向に辿って加古川()()から取水できる場所がないか探している。


加古川河口から中央分水界の水別れ(みわかれ)までの流路長はだいたい七〇キロメートルだが水別れの標高は約九五.五メートルと百メートルに満たない。

つまり水別れより下流の加古川は、河床勾配の平均が〇.一五パーセントに満たないすごく平らな川だという事。


水勾配といって駐車場や屋上などで水溜りができないよう僅かに傾けて施工しているのだが、この水勾配はだいたい二パーセントぐらいの物が多いと言えば〇.一五パーセントという河床勾配がいかに平らかが分かってもらえると思う。


玉川上水は四三キロメートルぐらいの流路長で標高差が九〇メートルぐらいだから平均勾配は〇.二パーセントぐらい。高い土木技術と都市計画が必要な難工事だった玉川上水より緩いことを思えば加古川本流から直接取水するのはかなりの面倒が予想される。


同じ加古川から取水している美浦の大川疎水は六キロメートル以上上流から揚水水車を利用して水と高低差を確保しているので絶対に無理というわけでは無いがかなり難しい。


それよりも支流の方から取水するか点在する丘の麓に溜池を造る方が滝野での現実的な水の確保方法と考えている。


もっとも支流から取水するのは無理筋と思っている。

滝野からホムハル方向に三キロメートル程度進むとホムハルがテリトリーにしている山の麓にたどり着いてしまう。他所の縄張りに施設を作るというのは喧嘩を売る事と同義だから取水施設を作るのは現実的ではない。


だから溜池が有力候補にはなるが、溜池を造るとなると結構な土木工事になるので僅かな可能性に賭けての調査。


■■■


「やはり無理がある。早めに溜池案に移行すべき」

「途中の川を遡って谷を確認した方が……」


昼食の合間に佐智恵と美結さんから支流からの取水は断念した方が良いとの意見をいただく。

支流自体は無いわけではないのだが水量や高低差などの条件が良い物が中々見つからない。可能性は低いと思ってはいたが同行の二人からそう言われると心が折れる。


「昼食後に三百メートルだけ進ませてくれ」

「それで何が変わるの?」

「俺が諦めるための儀式」

「……そう。私はそれで良い。みいちゃんは?」

「それで気が済むのでしたら」


我が事ながら諦めが悪いなと思っていたら有栖ちゃんに膝をポンポンと叩かれた。


「何?」

「しー」

「はい。さっちゃん」

「了解」


衝立で囲う佐智恵と御襁褓(おむつ)を外す俺。

一応は御襁褓をしているがトイトレも順調で御襁褓を汚す事はほぼ無くなってきているからそろそろ御襁褓を卒業させようと思っている。



すっきりした有栖ちゃんを放流。

とはいっても子育て四訓(教育四訓)の『幼児は肌を離せ手を離すな』の亜流で幼児用ハーネス(迷子紐)付きだけど。

有栖ちゃんも走れるようになったので走り出すと保護者も小走りを強要されるが今はまだまだ余裕。


手を繋ぐという方法もあるけれど、身長差で双方の負担があるし振り払ったり嫌がる事も多い。特に反抗期(イヤイヤ期)だと、“おてて繋ご”“や”となるのが目に見えている。

それに手を繋ぐ方式だと制止したときに子供の腕を痛める事もあるので美浦では迷子紐を推奨している。

反対意見がでるかとも思ったのだが特に反対意見は無く、静江さんにいたっては積極的賛成で繊維工房(つむぎ)で試作を始めるぐらいだった。


有栖ちゃんはあちらこちら歩き回って気になる物を見つけると駈けて行きしゃがみ込んで“ノーちゃ、さっちゃ”と呼ぶ。美結さん(みいちゃん)が呼ばれないのはほとんど会ったことが無いのでしかたがない。

まあ、俺は呼ばれるまでも無くアンザイレン状態で傍にいるけどね。


この対応であっているかは神のみぞ知るだが……

何か聞かれたら答える。

感想を言ったら同意する。

呼ばれないときはそのまま見守る。

もっとも呼ばれなかったから見守っていたら電池切れで寝落ちしているという事も偶にある。


って寝落ちしてる。

お昼御飯を食べて動き回って今はお昼寝の時間という事で。

始めての場所でいろいろアップデートが必要なんだろう。


「さっちゃん、寝落ちした」

「私がおぶろうか?」

「重いから俺が背負う(しょう)


意識が覚醒しているときは見えない天使の羽で揚力を生み出しているんじゃないかと錯覚するぐらい寝た子って重い。

佐智恵の助けを借りながらおんぶ紐で有栖ちゃんを固定する。


「有栖ちゃん、可愛いですね」

「今はまだね。反抗期に入ったら可愛いなんて言ってられるか自信ないけど」

「そんなの十年以上先じゃないですか」

「……それ、思春期の頃の第二反抗期じゃ? 第二って事はそれ以前に第一があるって事だよ」

「……それはそうですね」

「第一反抗期は早い子だと一歳半とかだよ?」

「あっ、イヤイヤ期の事?」

「そう。“魔の二歳児、悪魔の三歳児”とか聞いた事ない?」

「ありますあります」

「そゆこと。じゃ、後片付けしようか」

「はーい」


■■■


「ノリさん、この辺り草の生え方が変なんですが」


先頭で草刈りしながら道を造ってくれている美結さんから声がかかる。


「どの辺が変?」

「曲がってる方向が一定じゃないんです」


氾濫原とか川原とか浸水しやすい場所の草木は下流方向に曲がっていることがある。

水流で倒伏したり上流側に土砂が堆積したりして折れ曲がり、草木の先端がまた鉛直方向に伸びようとして曲がるという感じ。

曲がるのは斜めに植えて根元のほうが曲がっている曲がり葱と原理的には同じかな?


それで、そういった場所は水流が一定方向を向く事が多いので草木も同じ方向に曲がっている例が多いがここはそうではないとの事。


「どれどれ……ちょっと掘ってみるか。さっちゃん、エンピ」

「有栖ちゃんが起きるから私が」

「さっちゃ、何?」

「あれ、もう起きたの?」

「ノーちゃ、ノーちゃ、いい」


おんぶから降りたいとの事なので、しゃがんでおんぶ紐を解いて降ろす。そしたら有栖ちゃんは美結さんに歩み寄っていく。


「んと、んと……有栖」

「っ! 有栖ちゃん、お姉ちゃんは美結っていいます」

「みゆちゃ?」

「うん」

「みゆちゃ、だっこー」


有栖ちゃんは初顔合わせに近い美結さんを(ノーちゃ)佐智恵(さっちゃ)がどう扱うのか見ていて、俺らが身内扱いしているので身内(味方)だと思ったのだろう。それで、確認のため抱っこをねだったんだと思う。



地面を掘ってみると、全体に砂地ではあるが僅かに(れき)(石より小さく砂より大きい粒)が多い部分とシルト(砂より小さくて粘土より大きい粒)が多い部分がある。


「さっちゃん、どう思う?」

「供給源が違う。礫は支流でシルトは本流と考えるのが自然」

「問題はその支流がどれかってあたりか」


そんな事を話していると“ホー! ホー!”という声が聞こえてきた。

現代日本語だと“おーい! おーい!”かな?


声がした方を見ると百メートルぐらい離れたところに人影が二つ。確信は持てないが一人はホムハルのハテさんと思われる。

ホムハルの縄張りまではまだ距離はあると思っていたが踏み込んでしまったか?


“なあに?”と言葉とジェスチャーを送ると、そちらに行って良いかとの問い。

もちろんOKする。

なぜか、有栖ちゃんが私を出せと主張してきた。

自分でもよく分からないです。

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