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文明の濫觴  作者: 烏木
第7章 三年目
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第19話 今期最後の滝野市場

元気一杯にスタートしたけれど、三周目あたりからちょっとバラけてきて四週目は明らかに縦長の隊列を形成している。


スタートから三十分経たない時点で先頭集団が折り返し地点の六週目に突入し、悪くないペースで進行してはいるが、後方集団はやっと四周を終えたばかりで周回遅れになった。


へばってここまで差がでているからここで周回遅れの後方集団を強制終了。

周回遅れの七名の内で一俵半を背負っていたのは五名。

さすがに体重の二倍超えは訓練しないと無理だってば。


それとこの頃にもう一名も強制終了。

壕に落ちて動けなくなったところを救護班に救助・搬送される。

転んだ際に怪我をしていたので応急処置を行った。奈菜さん(看護師)の見立てだと打撲と擦り傷で数日で自然治癒するだろうとの事。


先住者の先頭集団が七周を終え八周に入った直後に文昭と伊達くんは十周達成。

えっと……四キロメートルちょいを四十分内外だから……ウォーキング並みの時速六キロメートルぐらいのペースかな?

運動する格好でならたいていの人ができるだろうけど二俵や四俵背負ってんだから……伊達くんが段々人外に近付いているのが怖い。

えっ? まだ行くの? 一時間で何周できるかの耐久レースじゃないんだけど……



結局、一時間以内にゴールしたのは一俵半背負ったのが五名――完歩率二割五分――と、一俵背負ったのが十名――同五割――の十五名。

周回遅れは都度失格にしたけど、先住者の先頭が十周目に突入した時まで周回遅れにされず十周できたのはそれプラス一俵半が一名、一俵が四名。

終了後の健康状態も悪くないので一時間以内は無理だったけどオマケで合格にした。

合格者は一俵半は六名で一俵は十四名の合計二十名。合格率五割は正直驚いている。


ちなみに伊達くんと文昭は十四周した。“後一周できたかも”とか言ってるけどそんだけの大荷物背負って平均時速五.六キロメートル以上とかお前らおかしい。

俺は一俵ならともかく二俵はチャレンジする気すら起きない。


『時間までに十周した方の俵には松の枝を挿しています。おめでとうございます』

『よっしゃー!』

『十周できた方の俵には竹の枝を挿しています。こちらも差し上げます』

『おおー!』

『駄目だった方は……休憩した後に四半俵(一斗:一五キログラム)か半俵(三〇キログラム)で挑戦しますか?』


村の力自慢として出てきたんだろうからチャレンジ失敗で手ぶらというのもアレなので泣きの一回で半俵を上限に獲得のチャンスを提供する。


四半俵は体重の四割には届かないので大丈夫じゃなかろうかと用意したオプション。

上限を半俵としたのは他の人がチャレンジして獲得したのと同じ物が得られては最初のチャレンジの意義が薄れるから。


テレビ番組とかで、それまでの経緯と努力を全て無にするように最終問題で全員にトップの可能性がある配点にするのってあるじゃろ? アレってかなりシチュエーションを選ぶし、現実でやられたらアホらしい事この上ない。


ただ、四半俵のオプションを用意したけど怪我をした一名以外は半俵を選んだ。

日和れないって事だとは思うが、本当にそれでいいんだね?

泣きの一回は認めるけど二度目は無いよ。


■■■


「お疲れ様でした。お陰様で大きな事故もなく終えられました」

「お疲れ様でしたー」

「皆さんお手元はよろしいですか?……では乾杯!」

「かんぱーい!」


三々五々帰っていく先住者達を見送って、本年の滝野交換市は全て終了。

なので、美浦・オリノコの参加者で納会を催した。


「ノリ兄さん、アームズキーパーは」

「俺がやっから伊達(もっ)くんは飲んでいいよ」

「あざーっす」


拉致当時十七歳だった八人(初期六人と秋川家の双子)は今年度の誕生日で満二十歳になる。時の流れは速いなぁ……

伊達くんは誕生日はまだなので今のところ十九歳なのだが美浦の飲酒制限は『原則として満二十歳以上とするが満十八歳からハレの日に限り認める』としている。彼らも労働力などで大人勘定しているので大人扱いするという事。


現代日本は『お酒は二十歳になってから』だが、世界的に見れば国や地域によって異なっている。満十八~二十一歳以上にしているところが大勢を占めていて、印象としては満十八歳以上が多数派って感じ。


しかし色々な国や地域があって、アルコール度数によって最低年齢を区別していたり十六歳やもっと若年から認められているところもある。『お酒は十八歳からだがビールは十六歳から(独国)』とか『ビールは水でお酒じゃないから規制対象外(昔の露国)』とか歴史的・文化的・風土的な背景があるのだろう。


アルコールは脳の成長や第二次性徴に悪影響を及ぼすというのが年少者の飲酒が禁止されている理由の一つだが、それは第二次性徴が終われば悪影響が比較的少なくなるという事でもある。これが十八歳で解禁というところが多い所以だと思う。

そうは言っても飲酒習慣を始めた年齢が低いほどアルコール依存症になる確率が上がるのと発症までの期間が短くなる傾向があるので部分解禁という事にしている。


それとアームズキーパーは、文字通り武装を(アームズ)保持する者(キーパー)で、飲酒せず素面ですごす役割を指す。いわばハンドルキーパーみたいな物。


いえね、周りは野生の王国な訳じゃない。

人間に害をなせる動物に素手の人間が勝てる訳無いじゃない。

そんでもって酔っ払いに武器持たすのも怖いじゃない。

なので念の為にそういう役を設けている。


今日の料理は山海ならぬ山川の幸。

川の幸は落ち鮎の塩焼きとツガニ汁。

ツガニ汁は味付けに醤油が加わりパワーアップしている。


今秋に仕上がった醤油は、醸造した奈緒美は“色味が薄くて風味も足りず大甘評価で一五点”と言っていたが、それは比較対象が現代日本の醤油だからだとは思う。

醤油か醤油じゃないかと問われたら俺は醤油と答える。


最初っから“やった事ないし難しいから失敗する確率が高い”と言っていたし、奈緒美がオリノコに駐在していたから夏場の手入れが行き届かなかったという悪条件もある。初めてにしては上出来だと思う。

ちなみに、静江さんが仕込んた米味噌は納得の出来だった。“奈緒美さんの麹が良かったから”とは静江さんの言。


そして山の幸は果実類と茸類が主な物なのだが、本日の目玉は三キログラムを超える超大物の舞茸。

ヤソくんの父のナセさんが滝野からほど近い小山(丘?)のブナ林で見つけた物だが、あまりにも大きかったのでナセさんに舞茸を持たせてその周りでみんなで舞い踊った。あとたぶん来年もそこに生るから場所を覚えおくよう言っておいた。


食事の締めは新蕎麦。

醤油と味醂ができたので“かえし”が作れるようになったのは嬉しい。

出汁は鯖節と干し椎茸から取り、舞茸の天麩羅を添えていただく。



食事が終わったら本格的な飲み会に移行するので適当につまみになる物を出したら同じくアームズキーパーの奈菜さんとパトロールに出かける。飲兵衛が鯨飲している中に素面でいるって結構くる物があるんだよ。


「転倒してたのってあの辺りでしたっけ」

「そうそう、あそこの壕がちょっと抉れてるとこ」


滝野を囲っている土塁の(ひらみ)(頂上の平らな部分)から奈菜さんに昨日の事故現場の確認をした。足を踏み外して薬研壕に落ち、背負子が壕に引っかかり荷物が外せず身動きも取れず二進も三進もいかなくなっていたと聞いている。

確認したのは壕や土塁の補修が必要かどうかってところだが……あれぐらいなら補修は要らないな。


「そういやノリちゃん先生はどうして背負って四キロ歩かせたの?」

「持って帰れないなら勿体無いし、予行演習的に経験してもらおうって事です。ぶっつけで人里離れたところで事故とかも怖いから」

「いやいや、何で四キロってとこ」

「特に深い意味は無いです。四キロ運んでそこそこの消耗なら一日限定なら何とかなるんじゃないかって」

「一日で着けるんだっけ?」

「一番遠いミヌエでもここからなら四〇キロ無いです。だから着こうと思えば着けるんじゃないかと」

「そんなに近いんだ」

「加古川河口と由良川河口を繋ぐ氷上(ひかみ)回廊はだいたい一〇〇キロぐらいで、中央分水界の水別れ(みわかれ)はほぼ真ん中なので両方の河口から五〇キロぐらい。それに水別れの標高は一〇〇メートル以下ですから然して高低差も無いですし」

「それなら一日で行進はできそうだね」

「行進?」

「いや、ほら、後期教育隊でフル装備で四〇キロ行進とかある隊にはあるからちっと鍛えれば行ける距離だなって……ああ、着いたらへばって良いならそんなに鍛えなくても大丈夫か」

「……」

「あのね、行進の要点は着いた時点で作戦行動が可能な状態って事なんだよ? “作戦領域に到着したけど疲れ果てて作戦行動が取れません”何て洒落になんないから」

「いや、あの……行軍の言い替えに戸惑っただけで、後半は敷島の親父(おやっ)さんから聞いてますから分かります」

「そ? まあ、集落までの距離から考えて“一時間行進を維持できるなら帰り着ける可能性が高い”っていうのがノリちゃん先生の見立てなんだよね? だから時間切れもOKにしたんだ」

「二十四時間以上かかっても“感動のゴール! 完走おめでとう!”ってあるじゃないですか」

「ああ、アレね。歩きで良ければってのと夏じゃなけりゃ二十四時間一〇〇キロは“楽に”とは言わないけど誰でもできっから醒めた眼て見てた」

「そうなんですか」

「時速五キロで五十分歩いて十分休憩を二十四セットやれば一〇〇キロだし、実は一〇〇キロウォークは全国各地にあるんだよ? それに小学生でも高学年以上なら四〇キロを十時間とか」

「いやそっちじゃなくて、醒めた眼での方」

「何か感動の押し売りって苦手なんだよ……ところで滝野を先占したけど、いつから開墾すんの?」

「まだ測量が終わってないんで決まってません。まあ家庭菜園レベルはありかもしれませんが」

「こないだやってなかった?」

「測量した範囲だと水が引けないんですよ。それに基本図無しの開発なんて怖くてできませんって。美浦でもオリノコでも応急処置が終わったら広範囲に測量してたっしょ? 行き当たりばったりで開発すると碌な事になんないですって」

「そういう物なの?」

「そういう物です。宣幸くん(のぶ兄ちゃん)和広くん(かずくん)が苦労しないようにしっかり段取りをとっておかないと」

「そう言われると母親としては“よろしくお願いします”としか言えないわ……あっ! あそこ、何か動いてない?」

「確かに何かいますね……あっ、立った。ありゃ(いたち)ですね。この距離ですし放置ですかね?」

「襟巻き……」

「またの機会に」


■■■


後片付けして戸締りしたら来春までさようなら……とはならない。


人が住まない家はあっという間に朽ちるとか聞いた事ないかな?

生活していると自然に換気がなされるし虫や獣が寄ってくる率も低くなるし、破損箇所も早期に発見・対処ができる。

空気も水も澱めば腐るから換気と通水は空き家管理の基本だったりする。

建屋の換気と防虫処置に加えて数次に及んで行われた植樹のメンテも兼ねて月に一回ぐらいは訪れる予定。


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