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文明の濫觴  作者: 烏木
第7章 三年目
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第14話 ボイラー

「結索よし! 匠、ケツが長いし、重いから気をつけろ」

「おう。じゃあ出すぞ」

「榊原くん!……退避完了。発進よろし」

「出発進行!」


荷台にところ狭しと丸太が積まれ、更に丸太の束を引き摺ったモグちゃん号がゆっくりと動き出す。


今日は岩崎で伐採した木を美浦まで搬出する。伐り出して麓まで運ぶのはちまちまやっていたのだが、数がまとまったのでここから美浦まではモグちゃん号(トラック)で一気に運ぶ。


岩崎近辺は杉が多いのだが南側には(ツガ)(モミ)が優占している場所をちょくちょく見かける。杉も栂も樅も使い道が色々あるので道路作りの一環で伐り出して利用する。


「そろそろ行きましょうか」


モグちゃん号に引き摺られた丸太が巻き上げた土煙がある程度おさまったところで榊原くんと帰路につく。


「岩崎の伐り出しはこれで仕舞いですか」

「当面はね。運び出す労力に合わないし。今回は道路の早期開通のついでだからアレだけど単独だと元が取れるかは……」


バイオ()ディーゼル()燃料()を作るメタノールは木酢液や竹酢液から精製しているけど、岩崎(ここ)で伐り出した分でここまでの往復で使用するBDFを再生産できる量のメタノールを得られるかというと疑問がある。

燃料収支からみると割に合わないだろう。


十の燃料を得る為に二十の燃料を使う。

何か第二次大戦中の日本でこんな事をやってたな。松根油を作る施設に松を運び入れるトラックはその施設が作る何倍ものガソリンを使っていたって奴。


「労力に合いませんか……」

「正直疑問なのよね。無駄働きはさせたくないし」

「そう考えると遠く中東から運んでくる石油とかオーストラリアから輸入してる石炭と言った化石燃料って偉大なんですね」

「そうだよな……石炭は高炉で使うコークスの原料って側面もあるけど。まあ石油は精製があれだからともかくとして、無煙炭とか贅沢はいわないにしても泥炭であってもあればありがたいんだが」

「泥炭ってピートですよね? あったら奈緒美姉さんがうきうきとウィスキー造りそうです」

「はは、違いねえ」


泥炭って植物遺骸の供給が分解されるより多くないとできないから、分解速度が落ちる亜寒帯や寒帯とか供給が多い熱帯とかでよく採れる。

ただ、温帯の本州で泥炭が無い訳じゃない。確か和歌山県に泥炭でできた島があったような覚えがある。

(後で将司と佐智恵に確認したところ“浮島の森は縄文海進中は海だったから()()()()できる場所じゃないか?”と言われた)


「岩崎はそうとして留山はどうなんですか? 炭焼きする木が足りなくなってきてるんです。今年の恵森の分は取り尽してまして」

「そんなに足りない?」

「生活用の分は確保できてますよ。それに手をつけるほど馬鹿じゃないです。ただ佐智恵姉さんからの圧力が……」

「それはすまん。申し訳ない。佐智恵にはおはなししとく」

「いやいや、佐智恵姉さんも苦慮してるのは分かってますから。それで何とか原料をって事で……伐採範囲を広げられないかと」

「そういや留山の事、何か聞いている?」

「材木用の山に改造したいとか聞いてます」

「そこで大量に伐採する筈なんだよね。それと植えるのは材木用と言っても建築資材というより(カヤ)とか黄楊(ツゲ)とか桐といった木工品の材料って聞いてる」

「そうなんですか?」

「詳しくは知らんけどそうらしいよ。炭焼き用の樹木をリクエストしておいたら?」

「そうですね。でもクヌギとかコナラは留山じゃなくて近くの恵森の方が良いと思うんですけど、どう思います?」

「恵森の伐採区は何れそういった薪炭林に近付くと思う」

「それじゃ留山は大量の赤松をリクエストしようかな? 松茸松茸」


産業用の燃料は考えんといかんか。


■■■


焼玉エンジンの失敗は店晒し状態が続いている機帆船の仮称春風にも影響が及んでいる。搭載予定だった焼玉エンジンの耐久試験の結果が結果なので当然の話ではある。焼玉エンジンに替えて蒸気機関を搭載するとなるとエンジンマウントをはじめ結構な改修が必要になる。

まあ、搭載予定だったエンジンが積めなくなったので別のエンジンを無理矢理積むなんてよくある話。三式戦闘機(飛燕)に搭載する水冷エンジンの供給が間に合わなくなり工場内にエンジンのない(首なし)飛燕が大量に発生した。だからその機体に空冷エンジンをぶっこんだ通称五式戦闘機なんて例もある。


その焼玉エンジン代替の蒸気機関だが、色々と検討していた文昭から今日の委員会で水管ボイラーで行きたいと提案があった。


「煙管ボイラの方が操作も構造もメンテも楽なんだが、重いのと立ち上がりと仕舞いが遅い。河川艇(小桜)の使用状況から考えたら水管ボイラの方が良いように思う。機帆船(春風)も平時は帆走して必要な時だけ動力を使うという性格上、立ち上がりが早いに越したことはない」


この様に水管ボイラーを選んだ理由を述べた。


蒸気機関の肝である蒸気発生器たるボイラーには幾つか種類があって、物凄く乱暴に分類すると水管ボイラーと煙管ボイラーに二分できる。

熱を効率よく水に伝えるために伝熱部を(チューブ)にして接触面積を増やすのだが、チューブの中が水でチューブの外が熱源というのが水管ボイラーで、逆にチューブの中が熱源で外が水なのを煙管ボイラーと言う。


過去には色々な形状のボイラーがあったのだが効率などから淘汰されていき、現代だと煙管ボイラーと水管ボイラー、それと水管ボイラーの一種だが特性などが異なるので別種に分類される事もある貫流ボイラーの三種が多くの部分を占める。


もっともボイラー自体が火力発電所や大工場、大型船舶などの大型で大出力のボイラー以外は活躍の場を失いつつある。

動力としてなら内燃機関やガスタービンの方が圧倒的に使いやすいし、蒸気や温水を得るとしても中小規模ならヒートポンプなどのボイラーより安価で安全で効率的な手段があるのでそれらにリプレースされていたりしている。

家庭用の給湯器や風呂釜など広義のボイラー(無圧ボイラー)はまだ健在だけど。


煙管ボイラーは容積が大きい方が水なので大量の水を温めないと必要な蒸気の圧力が得られず起動に時間と燃料を喰う。これは機関停止時もそうで火を止めても大量の熱水が冷えるまでにかなりの時間が掛かる。反面、熱容量が大きいので機関出力の変動に対しての懐が深いなどの利点もある。

水管ボイラーは逆に熱容量が小さいから立ち上がりは速いがその分ピーキーになるので出力変動に対応するには細やかな運転操作が必要になる。


「機能面での優位は分かった。デメリットに上げた操作、構造、メンテナンスについてもう少し詳しく頼む」

「うむ。操作についてだが、煙管ボイラは水が大量にあるから温まりにくく冷めにくい。だから一度起動したら状態を維持しやすい。対して水管ボイラは熱しやすく冷めやすい。だから出力が要る時はガンガン焚いて圧力を維持しないといけないし、蒸気をあまり使わない時は火力を抑えないと圧が上がりすぎる。要は微妙な火加減が要求されるって事だ。もちろん煙管ボイラも火力調整は必要だが、水管ボイラほどシビアじゃない」

「場合によってはボイラーの調整だけの人員配置が必要になる?」

「それが機関士って奴だ」

「なるほど。煙管ボイラーなら無くせる?」

「いや、難易度は比較の問題に過ぎないので頭数としては大して変わらんだろう」

「操作のデメリットは機関士の技量への要求が高いという理解でいいか?」

「それでいい」


将司の問いに文昭が答える。


「次は構造」

「煙管ボイラはドラム……水や蒸気が入っている缶だと思ってくれ。そのドラムが一つでも何とかなるが、水管ボイラだと水ドラムと汽水ドラムの二つのドラムが必要になる。それから……」


ボイラーは高圧になる。特に出力を取り出す蒸気機関や蒸気タービンの圧力は一〇気圧を軽く超えるのでボイラーの水や蒸気を密閉する部分は高温高圧に耐えられるように丸っこい形になりやすい。

具体的には円筒形が多く、ボイラーを“汽缶”とか“缶”と呼ぶことがあるのは基本形が円筒形だから。蒸気機関車(SL)も基本の形は円筒状の煙管ボイラーを水平に据えている。


煙管ボイラーなら(ドラム)が一つで済むし、ドラムの開口部も給水口と蒸気口の二つで済む。

水管ボイラーは火室の下に水を蓄えた水ドラム、上に熱水と蒸気が満ちた汽水ドラム(蒸気ドラム)の二つのドラムが必要になり、ドラム間に火室を通る伝熱チューブを幾本も通し、蒸気ドラムのオーバーフローを水ドラムに戻す経路も必要になる。


「構造がより複雑だからメンテナンスも大変という事か」

「それもあるが、本質はちょっと違う。ボイラのメンテはスケールとスラッジの除去なんだ」


スケールというのはカルシウムやマグネシウムの炭酸塩などが(うろこ)のようにこびりついた物。身近なところで言えば台所の流し(シンク)や電気ポットに着くことがある水垢。

カルシウムやマグネシウムの炭酸塩は水に難溶なので水が沸騰や蒸発する場所に析出しやすい。


そしてスケールが付着すると熱伝導率ががた落ちになるし流路を閉塞する事もあるから色々と対策が必要になる。

例えば、カルシウムやマグネシウムをイオン交換樹脂でナトリウムと交換する軟水化処理。ナトリウム塩は基本的には水によく溶けるので析出しにくくスケールができ難い。それとできてしまったスケールをクエン酸などで水に溶けやすい塩にして洗い流すなど。


それとボイラーでは蒸気の形で水が出て行くので、完全な純水を使っていない限りドラムの中の水(缶水)は徐々に不揮発性の不純物の濃度が上がっていく。

潤滑油などの油分やボイラー内の錆なども入り込むのでそれらが合わさってどろどろの沈殿物を形成する。これがスラッジ。


スケールやスラッジは熱伝導を妨げ水の沸点を上げるし詰りの原因にもなる。だからこれらは定期的に除去する必要がある。


スケールやスラッジの成因からこれらは水の側で起きるのは分かると思う。

つまり水管ボイラーは伝熱チューブの内側に、煙管ボイラーは伝熱チューブの外側にできる。

チューブの内側と外側のどちらが点検・整備しやすいかと言えばチューブの外側の方が圧倒的にやりやすい。


「聞けば聞くほど煙管だっけ? そっちのボイラーの方が良いように聞こえるのだが……」

「これが長距離を蒸気機関の動力だけで航行する外洋船とかなら煙管ボイラもありだろう。煙管ボイラは起動時のロスが固定的なんで短時間運転だと燃料のロスが無視できない」

「つまりだ、連続運転時間が長ければ煙管ボイラーで短ければ水管ボイラーという住み分けなのか」

「ちょっと違う。煙管ボイラは熱源とボイラー水(缶水)への要求が水管ボイラより低い。その分という訳ではないが水管ボイラの方が蒸気の質が良くて使いやすい。だから煙管ボイラは水管ボイラに向かない燃料の場合とも言える」

「燃料の質……そうか、火加減を調整しないといけないから固体燃料は不向きって事か」

「どっちかというと焼却炉とかで火力が安定しない場合だな。固体燃料でも石炭だったら問題ない。蒸気機関はそもそもダウンサイジングには不向きなんだが煙管ボイラはその傾向が特に強い。焼玉エンジン用に燃料油はあるから熱源の質も大丈夫だ。水質については不安はあるが水管ボイラの方が良いと考えた」


レビュアーを見渡すと納得顔が半分、残り半分は……ついていけてない感が。欲を言えば理解して評価して欲しいのだが仕方が無い。


「水管ボイラーは分かったけど、燃料については一考して欲しい」


ただ、燃料担当の佐智恵は懸念を表明した。


小規模の蒸気機関はただでさえ効率が悪いから全部をBDFとか木酢液の重油分・軽油分(揮発油成分)のような燃料油にするとさすがに足りなくなると……

なるほど、焼玉エンジンの使用量より多く使う事になるから足りなくなる懸念があるという指摘は尤もだ。火力調整の調整部分はともかく予熱とかベース火力は別の燃料を検討すべしという意見は傾聴に値する。


外燃機関だからサラダ油コンロとかで油をそのままで使えば良いのでは? という意見も、油脂とBDFとの違いはエステル交換処理をするかしないかだけで結局は油脂の生産量の問題だから油脂を直接使用しても解決にはならないという反論に沈黙した。


「……という訳で、榊原くん、トレファクションに挑戦しない?」


佐智恵から突然振られてキョトンとしている榊原くん。


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