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文明の濫觴  作者: 烏木
第7章 三年目
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第4話 物騒な話

茅葺き屋根の土壁漆喰仕上げの真壁造りの一軒家。

柱も漆喰もピカピカの新品だから年季の風合いが足りないが、もしこれが現代にあったら古民家カフェか民俗博物館の中の建物の一つとでも思っただろう。


玄関脇に一つの石碑が鎮座していてこう刻まれている。


豊葦原瑞穂国 滝野市場

定礎 三年一月吉日

落成 三年四月吉日

オリノコ有志一同

美浦有志一同


言うまでも無く竣工記念碑である。なぜこんな物を作ったかと言うと、もちろん後世の歴史家への嫌がら……もとい、ヒントの為である。


落成したからといって全部できている訳ではないが、とりあえず商品交換の場としての機能は果たせる筈。もっとも居住したり宿泊したりするには水の確保とか調理場とかが要るし、物品を保管するには保管庫(土蔵)も欲しい。


外観を優先したのは交換市の開催が迫っていたという事情がある。

交換市は概ね月に二回、新月から五日間と満月から五日間の間に開く事でホムハルとは合意している。連絡手段が貧弱なので月齢を利用し、五日間あれば遠いところからでも間に合うだろうという事でそうした。


第一回の交換市の開場を明後日に控えた滝野は静かな時間が流れている。

現地語がある程度分かる、他集落と顔を合わせたことがある、美浦の需給状況と物品の価値判断ができるという諸条件から白羽の矢が突き立ったのは言わずもがな。

もちろん俺一人で全て対応するなんてできないのでオリノコからも美浦からも(授業に影響が無いように配慮しながら)人員を選抜している。


他集落の者が滝野に来た時に誰も居ないのは拙いから前乗りしているだけでやらなければならない事は全て終わってしまっているので特にやることはない。個人的には偶にはこんな時間も良い物だと思っていたが、そう思っていない者もいる。


「あーーーーたいくつ…………」

「…………」

「たい、くつ、たい、くつ」


声に合わせて背中をポンポン叩いてくる奴がいる。

“鉱物があったら鑑定する必要がある。私も偶には遠出したい”とか言って来たは良いが、あまりに暇でご機嫌斜めになっている黒の魔女であった。


「分かった分かった。分かったから叩くなって……川で砂金でも採るか? たぶん採れるぞ」


黄金の国ジパングは根も葉もない話ではなく、日本列島の河川の多くで砂金が採れるぐらいには金が存在している。もっとも採算に合うかどうかは……上流に有望な金鉱脈があるなどの極々例外を除けば砂金採りと同じ時間働いて得たお金で金を買ったほうが多くの金を入手できるらしいけど。


「道具を持ってきてないし水が冷たいからやだ」

「そんじゃあ……」


色々挙げたが設備・材料・道具が無いという事で、結局は周辺探索という名目で散歩に出かける事になった。


そうは言っても滝野近辺は基本的には草原が広がっていて遠くまで見通せるので特に何がどうという物はないのは変わらない。変わりはしないが佐智恵の機嫌が持ち直したので良しとしよう。


「ホント木が少ない」

「だろ? 奈緒美に植林計画立ててもらってるけど」

「山にはあるのに」

「そうなんだよね。川が氾濫するとかかな?」

「生物の分布は」

「報告によれば確認できたのは鹿と兎だそうだ。鳥は何種類も居るがそれが何かはよく分からんのだと」

「……熊は」

「未確認。毛皮持ってきたとこがあるから居るのは間違いないけどここらに居るかは……けど何で?」

「大手を振って実包作れるのに……」

「せめて爆竹か花火にしとけ。妥協できて信号弾。第一、実包はまだあるだろう」


帰った後に射撃研修会に参加予定だったから実包のストックは十分あって、まだ残弾数を数えながらという状態じゃない。


「腐ってからじゃ遅い。賞味期限がある」


発射薬の無煙火薬は不安定な物質で経年劣化するから何れ使えなくなる。他の成分や環境次第では急速に劣化して発火したり爆発する事があり、軍隊でも銃砲弾を保管や輸送する際には箱を水や空気を透さないフィルムで包装していたりする。


米国でそのフィルムを作っていた会社は第二次大戦が終わるとフィルムがだぶついてしまい他の用途に使えないかを模索していた。あるとき技師が近所の人とピクニックに行った際にだぶついていたフィルムでラップしたレタスを持っていったところ大変好評で、食品の鮮度を保つ事にも使え家庭用として売れる見込みがある事が分かり製品化する事とした。商品名はラッピング・レタスを持ってきた二人の技師の妻であるサラとアンからサランラップとしたという話がある。


「五年や十年は持つだろう?」


無煙火薬が作られだした初期には不純物が多く保管中に爆発する事故が多発したが、製造技術や劣化防止対策が進んでいるので下手な事をしなければ十年ぐらいは平気で持つようになっている。


「十年持ったとしても二十年は? 五十年は? 私達は良いとしても子供たち以降の世代は? 銃は実包に合わせないと使えない。実包作って銃を作るのにどれだけかかるか」

「そこらは皆と相談だろうな。ってか散歩中の話題じゃねえし」


佐智恵が言わんとする事も分かるがとりあえず物騒な話題は打ち切って滝野の土塁が見える範囲をうろつく事にした。

他愛の無い話をしながら小一時間ぐらい経ったあたりで佐智恵が思案顔になった。


「ところで、滝野の入り口ってどう案内してるの」

「へ?」

「ここからだとどうやって入れば良いか分からない」


言われてみて気付いたが、土塁で囲んでいて出入口は南方にしか開いてないから北方(ここ)からだと幅百メートルの土手と土手越しに建物が見えているだけになっている。


「……お説ご尤も。案内板でも用意した方がいいかな?」

「じゃあ戻る?」

「……まあ後でいいだろう」

「直ぐにやらないの?」

「それよかこの時間の方が重要だから」

「間抜け面晒して座ってるより?」

「お前との時間の方だ」

「……愛してる」

「いつも言ってるけど、俺の人生の半分はお前のものだ」

「……落ち着いて聞いて欲しい。これからは半分じゃなくて三割でいい。そしてもう三割をみいちゃんに上げて欲しい」


みいちゃん……美結さんの事か。何か話が見えん。


「どゆこと?」

「食糧事情も何とかなったから私とみいちゃんの二人を(めと)れと言っている」

「何だよそれ……俺は佐智恵だけが良い」

「それはありがたいし嬉しいけど割り切りも必要。心に棚を作れ」

「いやいや、そういう話じゃないだろう」

「そういう話。んー……義教はオリノコの女性に欲情できる?」

「訳分からん。第一そんな目で見たことは無い」

「思考実験的に」

「……小学生ぐらいにしか見えんから難しい」

「ん。ペドならともかくそうじゃなければそうなる。それは女だって似たようなもの。そこから導き出されるのは美浦は美浦内で相手を見つけざるを得ない。キャンプ場という手もあるけど一旦は除外する」

「続けて」

「美浦の男女比はだいたい一対二。一人頭二、三人娶ってもらわないと半数の女性が繁殖機会を得れない」

「望まない女性もいるだろ」

「当然その希望は尊重される。ところで緊急時に女子供から避難させる理由は?」

「ん? そりゃ例えば男一人に女五人だと最大五人が子供を産めるけど男五人と女一人だと産めるのは一人だけだから人口回復には前者の方が有利ってのもあるだろう」

「そう。その例で前者の男が“一夫一妻が良いです”とかいってると後者と変わらない結果になって避難優先順位をつけた意味を成さない。男はそんな事を言わず五人の相手をするのが合理的というもの」

「それは思考実験上はそうかもしれないけど、安易に現実に当てはめるな」

「一夫一妻は人類誕生から綿々と続いてきた正義でも何でもない。ここは現代日本の倫理観は棚上げして合理的行動を採るべき。女も心に棚を作ってリソースをシェアする。これは美浦女性陣の総意と思ってもらって結構」

「……俄かには信じられん。荒唐無稽過ぎて眉唾なんだが……」

「ナッシュ均衡(きんこう)ではなく合理性に基づくパレート効率性を採った。義教については女子会で私の先占及び分配についての裁量が承認されている。当然ながらみいちゃんの希望も酌んでいる」

「俺の意思は?」

一切皆苦(いっさいかいく)


全ては思うようにはならないですか……

これ、男性陣は競りに掛けられてるって事?

どこまでが対象なんだ?

というかこんなことが許されるのか?

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