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文明の濫觴  作者: 烏木
第6章 幕間
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幕間 第11話 かの地では

★ホムハルの困惑★


梅雨が明けたある日の事であった。

年嵩の男女と若い女の三人がホムハルという集落近くの川沿いの小道を歩いている。ホムハルに住むハテとキマの夫婦とその娘のキナで、手に持っている皮袋には食べ頃のヤマモモの実が一杯に詰められている。


「あの場所は覚えたね?」

「はい。あんなところにあったなんて」

「あれはハテ(おっとう)が見つけたんだ。あれもキナにあげる」

「次はガクと行くといい」

「婿をもらったのだからちゃんとするんだよ」

「まだまだあるからな。大事にするんだよ」


夫婦は娘に自分達が見つけたり代々受け継いできた場所を全て伝授するつもりである。まだまだ引退するには早過ぎる感もあるがこの時代の寿命はさして長くない。子に伝える前に亡くなり失伝したものも多く、夫婦は娘に伝授ができることの喜びと寂しさを感じている。


ホムハルのある丘の入り口に差し掛かったとき、川の向こう岸に二つの人影があるのを見つけた。来訪者自体はここホムハルでは特に珍しいものではない。しかし川向こうからとなるとあまりない。それは、ホムハルを訪れる集落はこちら側にはたくさんあるが川向こうにはハテの故郷のオリノコと隣家の婿の故郷のヒサイリの二つの集落しかないからである。


川向こうの二人は夫婦と同年代ぐらいの男女であったが、二人を見たハテは血相を変えて川向こうの女に呼びかける。


「ラク! ラクなのか!」

「ん? おお、ハテじゃないか! そうだラクだラク 元気そうじゃの」

「どうした! 何があった! 他の者はどうした!」

「落ち着け、みんな無事だ」


彼らの文化では女が他の集落に行く事は滅多に無い。女が家というか財産――狩場や有用植物の生える場所など――の主張権を握っているので、姉妹が多くて財産に与れなかった若い女が集落を出る事があるぐらいで、年嵩の女が集落を出るなどそれこそ集落が壊滅したなどの重大事でもなければ考えにくい。

だからハテの故郷(オリノコ)に重大な何かがあったのは間違いなく、ハテが血相を変えるのも無理からぬ事である。


「カケも一緒か。何があった」

「キマにハテ、オリノコの皆は無事なんでそれは安心してくれ。ただ大変な事が起きているからホムハルのムラサキに会いたい」


広場に集まったホムハルの民は何事かと落ち着きがなかった。しかし、一人の老婆が歩み出し杖を地面に打ちつけるとざわざわしていた雰囲気が霧散する。


「オリノコのラクです。こちらは夫のカケです」

「うむ。ホムハルのムラサキをしているテウじゃ。ラク殿とはお初じゃな。カケが迷惑を掛けてはおらぬかや」

「良き夫です」

「うむ。それは良い事じゃ。カケよ久しいな。元気そうでなによりじゃ」

「オババ様も元気そうでなにより。しかしそろそろテミにムラサキを譲ったらどうだ」

「あいも変わらず口の減らん奴や。まあええ……オリノコに何があった」


老婆は柔和な笑顔を引っ込め眼光鋭く二人に問うた。


「まずはこれをお納めください」


カケが背負っていた皮袋(ナップザック)を下ろして口をあけ、壷を取り出すと広場は再びざわつきだす。


「静かに! ……何じゃ……それは何じゃ」

「塩です」


壷を縛っていた紐を解いて蓋を取り外してカケが答える。


「そうではない。いや、中身は塩……塩!? それ程までに……いや、話が進まぬから置いておこう。それよりその入れ物は何じゃ、そしてその皮袋は何じゃ」

「この入れ物は塩を入れる壷。これは“食べる”という意味で、これは“塩”という意味。合わせて食べる塩“食塩”と描いてある。この皮袋はナップザックという物で、持ち運びしやすいようにエパカヌサキミコが教えてくれました。便利です」

教える(エパカヌ)導く(サキ)尊い男(ミコ)とは何者じゃ」

「アメケレミメのお慈悲で使わされたとても大きな人です」

「……天空の(アメ)太陽の(ケレ)尊い女(ミメ)というのは」

「ホムハルに来たのはそれを話すためです」


山火事で栗林などが焼けてから今日までの事を順を追って話すが、聞いているホムハルの者は“にわかには信じられないが、そうすると目の前の物品の説明が付かない”と困惑は晴れるどころかますます深くなっていく。


「……という事で、エパカヌサキミコとムラオサの指示で私たちが来たのです」

「………………」

「オババ様?」

「そのジャガイモというのは美味いのか」

「美味しかったです」

「持ってきてはくれんかね。何か欲しい物があったら言っておくれ」

「……正しい使い方を知らないと毒になりお腹を壊したり死んだりするとエパカヌサキミコが言っています」

「……それは残念じゃ。ではそのナップザックというのは我らでも作れるのか」

「はい。これは私が作りました。それとこのナップザックも差し上げます。また作れますので大丈夫です」

「何と……」

「ムラサ改めムラオサはハツが就きます事をご承知おきいただきたく」

「あい分かった。皆もそれで良いな」

「はい」

「ところでじゃ……」


その日のホムハルは長い夜になった。焚き火の灯りを使っても惜しくない程の出来事であった。


オリノコからきた二人を使者を泊める家に案内した後、テウはホムハルの男衆を集めて言った。


「ハテはオリノコに同行してくれ。よいな」

「分かりました」

「無いとは思うが巨人を怒らせたらどうなるか分からんからな。軽率な真似はするな」

「分かっています」

「……分かっておるなら良いが……他の皆だが、これはホムハル(ここ)だけで決めて良い話ではない。ナップザックを作ってそれに贈答品を入れて各集落を訪ねる事にしよう。皆もそれぞれ集落への連絡を頼む。できればどうするかを相談できる者を呼んでもらいたい」

「分かりました。オババ様」


連絡といっても電話もメールも無く移動も未整備の道を徒歩でとなると相当な時間を要する。


後日の事。


「ミヌエのムラサキがいつ行かせればよいかと言っています」

「ヒサイリが無くなっていました。朽ちた空き家だけで誰も居ませんでした」

「コロワケがオリノコの産品を一度見てから決めたいと」


話が纏まるまで月の満ち欠けが三巡する時間が掛かったのであった。


■■■

★ご飯への道★


渓口から扇状に石礫が広がる山裾を秋風がなでる。

この地は一年半ほど前に天変地異いや超常現象に見舞われた。

その証しは今も残っており石礫の扇の中に土でできた大地が埋め込まれている。

その大地は上空から見れば正確に直径一キロメートルの真円を描いていて自然にできたものでも人工的に造られたものでもないことは明白だった。


その超常の地の中にある幅四十メートル長さ百メートルほどの田んぼでは(まば)らな稲穂が秋風に揺れている。一年前に造り始め、春に田植をした田んぼの初収穫を迎る。


「それでは稲刈りを始めましょう」


揃いの格好をした集団のリーダーがそういって草刈鎌を片手に田んぼに入る。

稲を刈る様子はお世辞にも手馴れていると言えず、切るというより引き千切るといった方がしっくりくる。彼が一束目を刈り取ったところで残りの者も三々五々に稲刈りを始める。


「結構難しいな。全然切れん」

「テレビだとアイドルがサクサク刈ってたけどあれって年季の技なんだな」


年季の差もあるが道具の差もある。

滑らかな刃の()()鎌より、鋸状のギザギザの刃がついている鋸鎌(のこぎりがま)の方が稲刈りに向いている。


「ちょっと(ノコ)持ってくる」


早々に草刈鎌での作業に見切りをつけて鋸を持ち出す者がでた。“鶏を割くに(いずく)んぞ牛刀を用いん”とも思えるが、結果から言えば彼が一番多くの稲を刈り取ったのだった。


「とりあえず稲刈りは終わりました。お疲れ様でした」

「お疲れ様でした」


八日掛かりで稲を刈り終え一息ついている。

刈り取られた稲束が井桁に積み上げられた山がいくつもあり、男達がそれを満足気に眺めている。田植えと並ぶ重労働とされる稲刈りを曲がりなりにも終えられた事を非常に喜ばしく感じている。


「米作りってやっぱり大変なんだな」

「天日干しってどれぐらいやるんだっけ」

「二週間から一ヶ月ぐらいって書いてある」

「じゃあ、初日のは後一週間か二週間ってとこか。干した後は脱穀だっけ。千歯扱ぎの出番だな」


農業書を見ながら話しているが、油圧ショベルの点検・整備の際に宣伝を兼ねてメーカーの代理店が置いていった物なので、子供向けとまでは言わないが専門書や実用書という訳ではない。それとここには存在しない農機を使ったりライスセンターが利用できる前提で書かれている部分も多い。


「これでどれぐらい食べられるんだろう」

「今年はどうだろうな。来年はもうちょっと期待したいけど」


彼らの水田が現代日本の標準的な収穫量であったならば二トン以上の玄米が収穫できる計算になる。これは米離れが進んだ現代日本の消費量である一人年間六十キログラムしか消費しないのであれば来年の種籾を確保した上で十分に賄える量になる。残酷な現実を突きつけるならば収穫量は三分の一にも達しておらず、満足な量のご飯が食べられるかは疑問が残る。


「脱穀は何とかなったけど、籾殻ってどうやって取るんだ?」

「玄米を精米するのは、一升瓶に玄米入れて棒を突っ込んでグニグニしてるのを漫画か何かで読んだ覚えがあるけど……」

「玄米にする以前の話なんだが……」

「どっかに載ってない?」

「ええっと……ライスセンター、籾から精米できるコイン精米機、籾摺り機……おっ、こっちに昔の農具って載ってる。木摺臼(きずりうす)土臼(どうす)唐臼(からうす)……あっ! これ何かどうだ?」


彼が指差したページには添水(そうず)唐臼(からうす)などと呼ばれる鹿威(ししおど)しのような装置で杵を上下させて搗く装置であった。


「よし、これなら作れそうだな。幸い湧き水には不自由してないし」


美味しいご飯にありつけるのはもう少し先になりそうである。


三人称的な書き方をしてみましたが難しいです。

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