表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
仮面夫婦の7日間戦争  作者: 三羽高明
5日目

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

12/18

仮面夫婦、標的を見つける(1/3)

「きゃあ! 痛い!」


 中央棟の食堂で、ミアはわざと派手に転んだ。スープを皿に盛りつけていたヴィクターが、何事かと目を丸くする。


 一日休みを取ったことで、ヴィクターはすっかり元気になったようだ。自由に動き回る夫を見て、ミアは心からの安堵を覚えていた。


「……何をしているんだ?」

「ああ、痛い、痛いわ! 自力で立てない!」


 ミアは大げさに嘆いてみせ、足をこする。


「こんな時、抱きかかえて優しく椅子に座らせてくれる夫がいたらいいのに!」


 ミアはヴィクターにチラチラと視線をやる。ようやく、彼は何が起きているのか察したようだ。


「分かったよ」


 ヴィクターがミアのほうに手を差し伸べた。ミアは彼に横抱きにされるのだろうと思う。


 だが、予想に反してヴィクターはミアを肩に担ぎ上げてしまった。


「ちょっと、ヴィクターさん! 私は魚じゃないのよ! こんな持ち方ってないじゃない!」


 ミアはヴィクターの肩の上でジタバタと暴れる。ヴィクターは「大物だけあって活きがいいな」と呑気なことを言っていた。


(くっ……失敗だわ!)


 椅子に丁重に乗せられたミアは腕組みした。


 昨日ヴィクターが「心中」という恐ろしいセリフを口走ったせいで、ミアは生き残りたいという気持ちをますます強くしていたのだ。そのためには、何が何でもヴィクターの気を惹かなければならない。


 こんなやり方は利己的だと批難されても、ミアにはほかに取れる手段など思いつかなかったのである。


(それに、ヴィクターさんだって人のこと言えないわよね?)


 ミアを椅子の上に降ろしたヴィクターは彼女の頭をよしよしと撫でた。そして耳元で「残念でした」と囁く。どう考えても誘惑しているとしか思えない声色だ。


 ミアは「くすぐったいわ」と言って、ヴィクターの顔の近くで手を振る。ミアから離れたヴィクターの顔には、「手強いな」とはっきりと書いてあった。


 微笑み合いながらも、二人は次の一手を考えるように黙り込む。ミアの右手の数字は『3』となっていたが、まだこの愛の全面戦争に決着がつくことはなさそうだった。


「あら、これは……?」


 ふと、ミアはテーブルの上に乗っているものに気を取られた。


 三段重ねのケーキだ。全体にピンク色のクリームが塗られており、所々それがバラの形に成形されている。各段の上には真っ赤なベリーがお行儀よく並べられていた。


「看病してくれたお礼だよ。僕が作った。朝食のあとに二人で食べよう?」

「い、いいの……!?」


 ミアはその場で飛び跳ねそうになった。こんなご馳走にありつけるなんて、と歓喜する。


 けれど、すぐに申し訳なさがその感動に取って代わった。


「ヴィクターさんが倒れたのは私のせいなのに……」


「そういえば、看病してくれている時もそんなことを言っていたな。でも、それは間違っているよ」


 ヴィクターが優しく笑った。


「あれは僕が悪いんだ。ミアさんには何の責任もない」

「だけど……」


 ミアは、ヴィクターが寝込んだのは自分が使った毒のせいだと分かっていた。それなのに、ミアに責任がないなどということはあり得ない。


 けれど、そのことを洗いざらい話して謝るわけにはいかなかった。「どうしてそんな毒を持っているんだ?」などと聞かれたら困る。ミアが暗殺者だということは絶対の秘密なのだ。


 そういった事情があったから、曖昧な謝罪しかできないのがもどかしい。ミアは視線を泳がせる。


 すると、しょうがないな、とでもいいたげな口調でヴィクターが「ほら、口を開けて」と言った。


 ヴィクターの手にはスプーンが握られており、その先端にはピンク色のクリームがふんだんに塗られたスポンジが乗っている。テーブルの上の三段重ねのケーキの最上段が、いつの間にか欠けていた。


 言われるままにミアは口を開ける。ヴィクターに差し出されたケーキを食べた。


 上品な甘みが口いっぱいに広がっていく。その奥に隠されているのは爽やかな酸味だ。ミアは頬を緩める。人を和ませる味わいだ。


「美味しいかい?」


 ヴィクターが感想を聞いてくる。ミアはそんな分かりきった質問には答えず、「ヴィクターさんって、ケーキはスプーンで食べる派なの?」と尋ねた。


「時と場合によるかな。でも、今はあえてフォークじゃなくてスプーンにした。先が尖ったものを人に向けたら危ないだろう?」


「それもそうね」


 暗殺者であるミアは、「先が尖ったもの」の危険性について誰よりも理解があった。


「このケーキ、本当は朝食後に食べてもらいたかったんだけど、一口くらいなら構わないよね? ……さて、これでもう僕が寝込んでいた時の話はなしだ。お互いにこれからはこのことを話題にしない。たとえ、あなたが何を思っていようとね。……そういうことでいいだろう?」


「……分かったわ」


 正直に話せない以上は、ヴィクターの提案に乗るのが一番だろうとミアは思った。罪悪感はあるものの、それに囚われ続けても仕方がないと気持ちを切り替える。


「じゃあ、朝食にしようか」

「そうね。私、お腹ペコペコよ。このご飯もヴィクターさんが作ったの?」

「もちろん。ちなみに今日のメニューは……」


 二人は和気あいあいとしたムードで食事を始める。デザートのケーキも綺麗に平らげた。


 その後、二人はお互いに人と会う約束をしていたため、別々に屋敷を出る。


 今回も命がけの勝負に勝敗はつかなかったけれど、不思議とミアはいい気分だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
仮面夫婦
あき伽耶様が作成してくださいました!
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ