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六十五話 告白

 俺は多分、静乃のことが好き、なんだと思う。

 一緒にいて楽しいし、身体的な接触も嫌じゃない。

 だから、そうか。

 友達、じゃねえんだ。好きな人なんだ。

 一人考え事をしながらホームに向かう。

 俺は好きな人に下の名前を呼んでもらった。

 でも静乃は俺のことを友達だと思ってるわけだから、静乃にとってはただ友達を下の名前で呼んだだけ。

 ……なんか嫌じゃね?

 改札口を通過する。

 急いでいるらしきローファーの足音、塾帰りらしき複数人の笑い声。人の足音、話し声が嫌でも耳に入ってきた。

 思考はそれを無視して、とめどなく巡る。

 俺と静乃の認識の差が気持ち悪りい。

 静乃は俺に下心で見られているなんて微塵も思ってないわけで。俺だってそのつもりではあるけど、好きってことは多分、そうだろ?

 いや、下心があるかないかを恋愛感情の有無と定義するのなら、俺は静乃のことが好きじゃねえのか?

 そう想定してみるも、じゃあ手を繋いだりするときに照れることねえよな、と反証が出てきた。

 照れてるってことは異性として認識してるってことだから、やっぱり俺は静乃のことが好きってことだろ?

 とするとやっぱり友達だと認識してるやつから恋愛感情向けられてるの、嫌じゃね?

 つかそもそも、こんなこと考えてること自体気持ち悪くね?

 判断するのは俺じゃなくて静乃だよな。

 告白するか。迷惑じゃねえかな。

 駅のホームでスマホを取り出した。辺りは電車を待つ人々でいっぱいである。

 ……あ、こういうのって直接会っての方がいいのか?

 一人スマホを睨む。

 でも俺、別に付き合いたいわけじゃねえしな。文字通り告白するだけだ。

 いや、一対一の人間関係の上じゃ重要か? しかも、心理的な負担で言えば告白を受ける側のが大きいよな。

 明日学校だし、直接会って言うか。

 あの独特な音を出しながら電車が着いたので、俺はスマホをしまって乗り込んだ。

 にしても、今日は楽しかった。もし行けるんなら、次はどこ行こうか。それより先に舞台の観劇か? 楽しみだな。

 そんなことをぼんやりと考えたのだった。






 翌日の学校の昼休み。

 いつも通り屋上前の階段に座って食べていた。最近はめっきり冷え込むようになったので、そろそろ他にいい場所ねえかなとか話す。

 昨日のことについては、昨日メールで一応語りつくした。あんなにすらすら進むメールは初めてだった。

 くだらない雑談をだらだらと続けながら昼ご飯を食べる。

 沈黙もざらだ。

 俺は弁当の白米を箸でつまみ、咀嚼して飲み込んだあと、平常を意識した声音で言った。

「俺、静乃のこと恋愛感情で好き」

「はい。……はい?」

 静乃の顔を見て、俺は目を見開いた。

 あの静乃が唖然とした顔をしている。はっきりと。

 丸眼鏡と黒髪の奥の、綺麗な黒目が見たことがないほど見開かれている。こんな驚かれると思ってなかった。

「あー、だから、俺は静乃のことを、多分性的に見てる」

「それはその、変人ですね」

 動揺が滲みつつも嫌悪感のない声に、俺はひそかに安堵した。

 驚きのせいかいつものへまか、静乃は箸で掴んでいた白米をぼとりと弁当箱に落とした。あ、なんて言ってちらりとそちらを見やる。

「まあ、それだけ」

「……それだけ、ですか。ええと、その」

 言い淀みに言い淀んだあと、ようやく静乃は告げた。

「ありがとうございます。素直に嬉しいです。そういえば、金曜公開の映画知ってます?」

 その話題転換を俺は許容と受け取った。

「多分あれだろ。アニメーション映画の評価高い監督の」

「それです。放課後一緒に観に行きませんか?」

「ああ、いいけど」

 ……うん。

 まるで距離感が変わらない。これがいいな。

「あの、弦也くん」

「なに」

「つまり私は、弦也くんに対し遠慮なく近づいてもよいということでしょうか」

 人一人分空いた空間を指さす。

「まあ、静乃がいいなら」

 近づかれることに不快感は全くない。それは確実だ。

「では失礼します」

 足が思い切りくっつく距離にまでズレてきた。

 足、といっても太ももだけではなく、上履きからすねまでがっつり。前選んでやった黒タイツと俺のズボンが擦れてる……。

 スカートの感覚も薄っすら感じる。

 肩と肩はちょっと邪魔なくらいべったりしている。

 いくらなんでも近すぎだろ。

「なんでそんなくっついてくるんだよ」

「人と話すときはできるだけ近づきませんと」

「んなことねえわ。こんなちけえとご飯食べるのに邪魔だろ」

「いいと言ったのは弦也くんの方じゃないですか」

「それはそうだけど。なんでそんなくっつきたいんだよ」

「寒いじゃないですか」

 なんでむきになってるんだよこいつ。

 裏切られた、みたいな顔されても困る。俺がこれ悪いのか?

「だったらいい加減別んとこ行こうぜ。ここ寒いだろ」

「そうですね」

 ……まあ、不快感ねえんだよな。いいか。

「なあ、俺以外にその距離感で行くなよ? マジで」

 心配で仕方ないんだが。俺が言えたことじゃないが。

「言われずともそうします。せっかくお話しできた皆さんに引かれたくありません」

「引かれるより気にすべきことがあるだろうけど、まあいい。早く食べ終わらないと昼休み終わる」

「え? ほんとだ、時間ありませんね」

 食べるのを再開した静乃を横目に、俺は空になった弁当箱を片付けた。

 ……いつも通り、の距離感でいられるのか? これ。

 そんな不安を抱える俺をよそに、予鈴が鳴った。

 で、案の定的中した。

 別にそんなべったりくっついてくるわけじゃないんだ。四六時中一緒ってわけでもない。

 ただひたすら、物理的な距離の詰めかたが酷い。

 話すときは唾飛ぶだろってくらい近寄ってくるし、ご飯食べるときは不便なくらいこっち寄ってくるんだよ。だんだん慣れてきたけど。

 そう。俺は慣れるからいい。別にこのままでも俺は困らないんだ。

 でも俺はもう静乃のことが分からねえ。

 二週間その状態が続き、俺の中にある疑念が浮かんだ。

 静乃って俺のこともう好きなんじゃねえの、と。

 よく考えてもみろ。いくら静乃が自分に対し無関心や嫌悪を持っていたとしても、いくら静乃が人間大好きだとしても、あの距離感はどう考えても狂ってるだろ。

 かつ彼女は、自分のこととなるととことん理解度が低い。

 たとえ誰かを好きになったとしても、恋愛感情に無自覚だろう。

 というか、あれが好きじゃない男に対する態度なら、静乃は本当に脳の大事な回路がどこかしら焼き切れてると思う。

 というようなことをごく冷静に、客観的に分析した結果として黒井にぶちまけた。

『ねえ、市川君。今更だよそれ』

 放課後、課題を進めながら電話していると、黒井からそう言われた。

「やっぱそう思うか? あいつは元々ああいうやつだったよな」

 頭のネジ数本は取れてると思う。

 そういや結局藤井奈々となに話したんだろうか。やけに嬉しそうだったが。

 まあそれはどうでもいいや。俺関係ねえし。静乃が楽しそうだったらそれでいい。

『そっちじゃなくて。一条さんが君のこと好きだって話の方だよ』

「は? なんで? なにが?」

 純粋な驚愕だけで声が上擦った。

 なんで俺より静乃のこと分かるんだ……?

 いやまあ分かるか。俺と黒井とじゃ対人関係の経験値ちげえもんな。

 何言ってんだろ俺。

『あー、好きとまでは言えないかな。ただ、一番気を許しているのは見てて分かるよ。雰囲気がふわふわしてるんだ』

「全然わかんねえ」

 黒井すげえな。

『で、それがどうしたって?』

「ああ、つまり。静乃が俺のこと好きだって言うんなら、付き合いたいんだよ、俺」

『へえ……。そういう欲求あったんだ』

「そりゃそうだろ。もし仮に静乃に恋人ができたら今の関係じゃいられなくなるし」

『消極的だなあ! 一条さんに恋人できなかったら別に今のままでいいってこと?』

「ああ、そうだな。うん。別に無理して付き合おうとは思わねえ」

 あー。俺は、静乃の中の恋人って席を他の誰かで埋めたくねえのかな。自分が座りたいわけじゃなくて、空席のままでもその席が壊れてもいい。ただ、誰かに座ってほしくないだけ。

 で、空席のままである確証も、その席が壊れている根拠もねえから、妥協案として自分がそこに座りたい、つーか。

 でもそれは、静乃が俺に気を許してくれているから、友達って関係のままでもごく普通に触れることができるからな気もする。友達って席と、恋人って席とに大した違いがない、というか。

 わけわかんなくなってきた。

『……そんなもやつくなら一回付き合ってみれば?』

 俺は一瞬沈黙した。沈黙して、天才的発想ではないかと感心した。目から鱗が落ちた。

「ああ! そうしてみりゃいいのか! ありがとう」

 ガチャリ、と電話を切った。

 そうだ一回試してみりゃいいんだ。

 俺は明日持ちかけてみようと心に決め、ペンを軽やかに走らせた。

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