六十話 文化祭 放課後
いつまでも舞台裏にいるわけにいかない。
気の抜けた空気を引きずったまま、俺たちはだらだらと教室へ引き揚げる。
今日のところはもう下校である。明日片付けをするらしい。
冬に近づきつつある今日この頃だ。文化祭の装飾が飾られている放課後の廊下に、濃いオレンジ色の夕焼けが照る。
俺は制服だったり衣装だったりで歩いていく団体の最後尾にいた。
嫌に幻想的というか、余韻の残るというか。
他人事で浮いた感じがしない。場違いな感覚がないんだ。周りと一緒に、なにか感じることができている、と思う。
この景色を見て、疲労感と虚無感以外のなにかを感じたというのであれば、なんだか俺は、それだけで満足な気がする。
クラス全員で打ち上げしよう、などと会話している声が聞こえた。
「ほら、体育祭のときはみんな疲れてたし、競技も分かれてたし、それぞれ好きな人と打ち上げって感じでーって終わったじゃん? 今回はクラスみんなで頑張ったし! みんなで行こうよ!」
甲高い声。
それを言うのであれば今回こそ役割分かれていなかったか。いくら各自人手の足りないところで、とはいえ、終盤になるとほとんど人は固定だった。
「なあ、それなら茜音帰ってきてからにしねえ?」
「あー! そっか、月雪ちゃんコンクールかあ!」
そういやそうだったか。そんな中でよくあれだけの完成度をたかが文化祭のために出せたな。コンクール前なんて弾いても弾いても弾き足りないぐらいだろうに。
「……はい、今予定表送ったから、みんな予定教えてよ! それで、あとで決めよ!」
さくさくと話が進む。行動力すげえな。
「もちろん一条さんと市川君も参加だからね」
黒井にそっと釘をさされ、無言のまま頷いた。一条は俺の隣で、無表情のままはいと答えた。……楽しそうだな。
廊下を歩けば歩くほど見える装飾の量に、明日の片付け面倒くさいな、などと考えた。
帰り支度を済ませ、挨拶が終わるとそそくさと教室を出たところ、校門前に絶対に会いたくない奴が立っていた。うわ、と俺が認識した瞬間、そいつも認識したらしく大きく手を振った。
明るい茶髪が風に揺れている。
密かにため息を吐きながら近づくと、星野は見るからに文化祭を満喫したらしい恰好で、
「弦也! 見てたよ演劇! 別人みたいで全然分かんなかったぜ!」
なんで俺の学校のロゴが入ったアクキーをお前が使ってるんだよ。
「よかったな」
「というか、あの最後の演奏って月雪だよな?! コンクール前にあんな演奏別でやったのか? すごいなあ!」
せめてボリューム絞ってくれねえかな。
「……なんで分かったんだよ」
「え? クラスでやってる演劇どっちも観ただけだ!」
午前の最後と午後の最後。すげースケジュール面倒じゃないかと思ったんだが。星野の家付近からぽんぽん行き来するにはちょっと遠いはずだろ。
「……月雪の演奏よかったよな」
俺は追及するのをやめ、音楽に逃げた。すると星野は声を一段階下げて、
「ああ! あれはよかったな。月雪の演奏は想像通りだとしても、音楽科併設なだけはある。音楽機材がよくて、聞き心地がよかった!」
「それは俺もびっくりしたわ。音質良かったよな」
演奏が良くても音質が悪けりゃただの演奏の無駄遣いだ。あんなにいい終わり方はできなかっただろう。
「じゃ、これからバイオリンレッスン入ってるからまたなー!」
おお、と嵐のように去っていった星野の背に、ふと笑みが浮かんだ。
そうか、異常なまでに俺を見つけられる星野が、別人みたいで全然わからなかったのか。
ますます今日は満足だ。まあ星野も星野で楽しんだようだし、悪くはない文化祭だったな。
そんなことを思いながら、俺は帰路についた。




