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五十五話 人間

 文化祭週間も半ば。一条は今のところ、他の人と問題なく会話できているようだった。一安心だ。

 放課後、一緒に駅に向かいながら、俺は一条の横顔を見た。

 夕焼けに見惚れるようにぼーっとしている。濡れ羽色の髪がオレンジ色に染まっていた。

「なあ。一条」

「はい」

 一条はいつものように、カツンカツンとローファーを鳴らして歩いた。ふわりと前髪が揺れ、やや目にかかる。視線は変わらず前に向いている。

「一条も、お前の好きなクラスの奴らと同じだよ。お前が言うところの綺麗で、魅力的な、ごく普通の高校生だ」

「……え」

 息を詰まらせたようにこちらを向いた。ゆらりと三つ編みが揺れる。レンズ越しに、驚愕を透かした目と目が合った。

「あー、ごめん。突然。なんとなく、そう伝えたくなった」

 それに気まずさを覚える。

 一条は口を閉じて黙り込んだあと、目を細めた。

「そう、ですかね」

「ああ」

「……私はそうは思えません。市川くんがそう言ってくれても、私は、どうしても……」

 声が、ほんの少し。一瞬だけ、震えた。

 目に前髪の影がかかる。

 それを見て俺は、ほとんど反射的に声を発していた。

「なら、そう思わなくてもいい。俺にとっては普通だけど、お前にとっては自分は変なんだろう。なら変でいい。そんな一条が、俺は好きだ」

 ぼーっと俺の目をまじまじと見ていた一条は、嬉し泣き笑い、とでも形容できるような笑みを浮かべた。

「ありがとうございます」

 これは、告白じゃない。恋をしてるとか愛してるとかそういう話じゃなくって、ただ単純に、純粋に。人として好きって話。

「……生まれてきてからずっと、友達に言われたいと望んでいた言葉を、くれて」

 若干鼻声で、一条が笑っている。

 それにどこかほっとするような気持ちを覚えたまま、そうだ、と平常通りのトーンを意識して話しかけた。

「文化祭、一緒に回んね?」

「構いません。むしろ私がお願いしようと思っていました」

 同じ気持ちで嬉しいです、とほんの少しだけ微笑を乗せた顔で一条が言う。

「……あと。演劇って、面白いな」

「でしょう? 役者によって役の解釈が変わりますから演技も変わります。なので、同じ脚本でも全く印象が変わります。それだけでも、役者の組み合わせなどによっていくらでも公演が変わるわけです。そこに音響や照明の違いなんかも含まれると、同じ公演を繰り返すということは不可能なんです。だから、熱心な演劇好きは全公演を全て見に行くのです。全く同じクオリティが担保されている映画との大きな違いの一つだと思います」

 ぐいっと近づいてきた。

「へえ。今度一条おすすめの舞台でも一緒に行かね? 話聞いてたら気になってきたわ」

 すると一条はやや悲しそうに俯いた。

「すみません。十二月中は無理だとお考え下さい。おすすめの公演はもうチケットが売り切れています。二月に公演があるチケットならまだ取れると思いますが」

「ああ、それで全然いい。確か、席によって金額変わるんだよな? 一番いい席が……」

「一万二千円ほどですね。私がお支払いします。市川くんがコンサート代を支払ってくれるのですから、その代わりです」

 まあ、コンサートと大体同じくらいの金額か。……高けえなあ。

「分かった。日付決まったら教えてくれ」

「はい」

 ここはありがたくタダで見させてもらおう。

 大分先の予定だけど、楽しみだな。

 そんなことを考えながら、だらだらと歩いていった。

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