四十五.五話 十月上旬
「カノン。聴きました。いい曲ですね。昨日、聴きながらぼーっとしてしまいました」
いつも通りの昼下がり。暑い日と寒い日が交互に来るような十月上旬。
「よかったな」
なんかすげー嬉しい。
「そうだ。あの、コンサートっていつ行けますか?」
どことなくわくわくが滲んでいた。
罪悪感に襲われ、俺は箸を置いた。
「あー、十一月頭くらいに気になってるコンサートがあるんだよ。一か月後になるんだけど、そこでいいか?」
「はい。もちろんです」
若干はにかみ笑いを浮かべ、一条は弁当を口に運んだ。彼女は味わいつつ、足元に目を落とした。つい引っ張られて俺もそっちを見てしまう。
きゅっとくっつけられた足に目が行く。見本のような長さのスカートに、艶やかに整えられた上履き。
なんつーか、全部が綺麗だな。
「……寒いのですよね」
言ったそばからうすら寒い風が吹いた。
「なんかねえの? 下に着れるようなやつ」
防寒グッズ的なの。
「ああ、なるほど。下に履けば寒くない……」
スマホでなにやら検索し、一条はじーっと見つめると、困惑がちに俺の方にスマホを見せてきた。
「……あの、違い、分かります?」
知らねえよ。タイツの種類なんて。一条は俺を何だと思ってるんだ。
とりあえず俺は、よくわからん単語を自分のスマホで調べた。
「……デニールってのは単位なのか。つまり、寒さ対策ならできるだけ分厚い方がいいわけだから……黒に近ければ近いほどいいんじゃねえの?」
いや待て、黒以外のタイツもあんの? 意味わかんねえ。
「……ああ、なるほど。ここの数値を見ればいいわけですね。……市川くんはどの色が好きですか?」
「なんで俺に聞くんだよ……」
俺はファッションの専門家とかじゃねえし。一般的なごく普通の男子高生だ。
「いや、まあ、買うなら黒じゃねえの?」
無難だし。制服に合うし。知らねえけど。知らんけど。
「じゃあこれにします」
そんなやり取りがあった翌日。広々とした廊下に着くなり一条は言った。
「見てください市川くん。黒タイツです。あったかいです」
「よかったな」
スカートの裾を軽くつまんで、見せびらかすように足を伸ばした。
反応に困るんだよ。
「そういえば、市川くんって好きな色、あるんですか?」
何事もなかったようにすとんと階段に座る。
俺は聞いたことあったけど、明確に聞かれたことはそういやなかったかもな。
「前言ったようにこだわりねえけど。強いて言えばモノトーンがいい」
一条に会わせるように座り、弁当箱を広げた。
いつもの昼休みだった。




