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三十九話 コンクール

 九月五日。俺は、星野のコンクールの当日券を買った。席に座り、演奏開始を待つ。

 できれば、帰り捕まらないよう見つかりたくないが、まあ、あいつになら十中八九バレると思う。初見、なんてことない駅ビルでバレたのだ。来ると分かって外見も割れてる今、むしろバレなかった方が奇跡だ。

 ところでこのコンクール、ピアノの伴奏者が必要なのだが、星野は誰を選んだのだろう。

 とか考えていると、始まった。

 どの出演者もレベルが高い。耳が心地いい。バイオリンってやっぱいいよなあ、と脳が溶けた。ああ、来てよかった。

 俺は音楽が大好きだ。本当に。

 お、星野の番だ、とピアノの方を見やり、固まった。

 見覚えのある女子生徒だ。具体的には、同じ学校同じクラスでよく音楽室にいる月雪茜音って人にとてもよく似て見える。

 ピアノが好きそうなのになんでか音楽科行かなかった変わった奴。音楽科受験落ちは絶対ないであろう演奏技術の持ち主である。

 星野の演奏は、相変わらず気持ちいいくらいぴったりに音程を合わせてくる。バイオリンの音色という音色を引き出して演奏しているのが、すげー聞き心地良いんだよな。特に、バイオリンを新しく買ったのもあってか、生き生きしている。

 あと、月雪の演奏もいいな。音楽室外で盗み聞きしてたから分かってはいたけど、月雪なりの曲の解釈を作りこんだうえで音に感情を乗せているから、音の一粒一粒に色が滲んでいて心が揺れる。基本的な技術のレベルも相当高いから、マジでやべえ。

 よくこんな伴奏者連れてきたよな。スケジュールピアノのコンクールと丸かぶりだろ。

 被ってたのにここまで曲の完成度が高い月雪の器用さすげーな。

 二人ともレベルが高いから、耳が多幸感でやべえ。

 ああ駄目だ、脳の知能がどんどん下がって脈絡のないことしか考えらんねえ。

 来てよかった。マジでよかった。

 ポップスとかも好きだけど、俺は一番クラシックが好きだわ。繊細な音の一つ一つに演奏者や作曲者の感性と感情が込められている。俺じゃそれくらいしか言葉にできねえけど。

 音楽っていいわ、やっぱ。マジで。本当に。

 演奏が終わり、そう言う気持ちで拍手した。星野個人への感情なんかまるで忘れていた。


 すっかり忘れていたが、星野には案の定バレた。コンクール予選が終わるなりそそくさ退散する前に、話しかけられた。

 隣には伴奏者の月雪がいる。苦笑気味だ。まあ一度も話したことがないクラスメートに自分の演奏を聴かれたらそんな顔にもなるよな。

「なあなあっ! どうだった?」

「とりあえず外出ろ、お前うるせえ」

「あ、そっか、ごめんごめん」

 というわけで、ひたすら気まずそうな月雪と、星野と俺とで外に出たら、星野が、そうだ、せっかくだしカフェにでも行こうよ、月雪もまだ移動できないんだろ?と強引に話を進めるので、致し方なく三人で近くのカフェに入った。

 四人席で、星野が俺の隣に来やがったので、俺と星野、星野の前に月雪、というなんともいえない位置関係になった。

「で、どうだった?」

 期待にキラキラ輝く目に、俺は感嘆ゆえか呆れゆえか分からない息を吐いた。

「正直、めっちゃよかった。未だに脳から離れないくらいにはよかった。聴けてよかった」

「やった! 今回自信あったんだよ、先生からも褒められたし、月雪に伴奏してもらったし」

「星野君が頑張ったからだけど、私もなんか少し嬉しいな」

 静かにティーカップを置きながら月雪が言った。濡れ羽色の髪がすとんと落ちる。

「それでさ! 今度、俺の高校で文化祭があるんだけど、来ない?」

「来ない」

「ほんのちょっとだけ!」

「なんで俺がお前の文化祭行かなきゃいけねえんだよ」

 俺は総じて、人の多いところは苦手だ。耳鳴りで頭痛がしてくる。特に文化祭というのは、基本みんなテンションが上がって声が高い。それもまた俺にとっての苦手要素なのである。

「私と市川君の学校は、体育祭だよね」

 月雪が苦笑交じりに話を変えた。

「へえ! そうなんだ、いいね!」

「……星野君ってこんなテンション高かったっけ」

 月雪がぼそりと呟いた。そうなのか、今のこいつテンション高えのか。

「競技決めたよな」

「そうなんだ! え、二人なにやんのっ?!」

 ほんとうるさいな。少々顔をしかめつつ、俺は答えた。

「俺は仮装リレーで、月雪が二人三脚。だよな?」

「あ、うん。そう。よく覚えてるね」

「ピアノ上手い印象だったから、たまたま覚えてた」

「いつピアノ弾いたっけ?」

「あー……」

 言ったら引かれるか?とも思ったが、嘘を吐くのもどうかと思うので、俺は正直に白状した。

「音楽室、たまに聴こえてくるんだよ。昼休みのとき弾いてるだろ? で、ついそのまんま聴き通してた」

「ああ……。そっか。あそこ閉じないと聴こえちゃうんだね。今度から気をつけよう」

「……やっぱ聴かれたくなかったか? ごめん」

 真剣に頷く月雪に、反省しつつそう謝ると、ああ違うの、と慌てて否定された。

「あんまり楽器聴きたくない人もいると思って。別に、聴かれたくないわけじゃないよ。気にしないで」

 月雪は、そう爽やかに笑って見せた。黒井とよく関わってるだけあって、なんというか、コミュニケーション能力が高い。いやまあ、そもそも星野と一緒に演奏している時点でそんな感じはしたが。

「……私、そろそろ行くね。これ、お代。もし足りなかったらあとでご連絡ください。余ったら貰ってくれて大丈夫だから」

 そう月雪は立ち去っていった。

「なあ、弦也」

「聞きたくねえがなんだ」

「体育祭俺見に行っていい?」

「平日。無理。以上。帰る」

「えっちょっとまってっ! 今日のコンクール代俺出すから!」

「いい。じゃあな」

 月雪も帰ったし、俺も帰っていいだろ。

 そう思い、俺はさっと逃げ出した。

「本選は払うから来てくれよー!」

 背に星野の声を受け、カフェを退店した。

 お金は置いてきたし、まあいいよな。

ちなみにこの作品、僕の別作品である『僕たちが女子高生になるまで』とリンクしています。茜音がどこで星野と知り合ったのかは不明ですが、おそらく茜音の父親が星野の祖父を認知していた、とかだと思います。興味が湧いたらあっちも見に行ってみてね。以上、どうでもいい余談でございました。

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