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三十七話 始業式

 まあまあ充実した夏休みを過ごし、始業式の日がやってきた。

 学校全体に、怠いが楽しいし懐かしい、というような微妙な雰囲気が漂っていた。ほとんど会っていなかったであろう友人たちと話に花を咲かせ、それが楽しくて仕方ない顔をした人がクラスに沢山いる。いかにも始業式、といった感じだ。

 ちなみに、一条のメールは始業式感がまるで皆無だったが、星野のメールは始業式感丸出しのメールだった。

 それによれば、学校は楽しみらしい。大会の前日と当日は休むが、それ以外は普通に行っているようだった。音楽科なのかと思ったが、普通科のようだ。学力は平均程度だが校則の緩い方を選んだと。始業式早々テストとコンクール予選が被っていて大忙しだがそちらはどうか、という文で締めくくられていた。

 なんでこんないらない情報を知ってしまったのだろう。俺は無駄に記憶力がいいのに。

 というか、なんであいつはそんな忙しい時期に俺に長文メール送りつけてきてるんだ。意味が分からない。文字打ってる時間でもっと練習できるし勉強できるだろ。

 いやまあ、多分星野は俺ほどメールに時間を使ってないんだろうな。その場のパッションだけで文字を使っているんだろう。実に羨ましい限りだ。

 学校に早く着いた俺は、始業式まで時間があるからと、星野のメールに対する返信で悩んでいた。そんな俺の前で、黒井が友人に課題を写させてくれと懇願していた。学級委員がこんなんで大丈夫なんだろうか。まあ大丈夫なんだろうな。

 どうも相手が見つかったらしく、黒井の喜びの声が上がった。よかったけどうるせえな。

 だけど、中学の頃ほどじゃない。周りへの気遣いが自然とできる人が多いんだろうな、この学校。静かにしたい人と賑やかにしたい人とかお互いに配慮しあってストレスない環境を作り上げている。こういうのを、コミュニケーション能力がある、っていうんだろうか。あーいや、空気を読む能力か?

 とにかく、俺にはない能力だと思う。母はこういう能力を、使うかどうかは別として、使えるようにはしておきな、ということを言いたいのだろう。そして、学生というのはその能力の育成にちょうどいいぞ、貴重だぞ、と。

 ふむ。

「なあ、お前ならこういう内容のメールにどう返信する?」

 黒井が暇になったタイミングで、声をかけてみた。多分彼は、俺から話しかけたことに驚きつつ、俺の説明内容に真剣に考え始めた。

「僕なら、下校してから返信するかな。で、今日の始業式のことを書く。ついでに、最後そっちはどうだったか聞く」

 あー、なるほど。そこで質問が使えるのか。メールも直接会って話すのと同じで、質問をすればいい。

 真面目にためになったな。そうか、今度からそれを使おう。

 礼を言うと、別にこのくらいなら全然、と黒井は首を振り、あ、と声を出した。

「でも、相手が忙しそうだったら質問は避けるかな。向こうからの質問にだけ答えるかも。あとははいかいいえで答えられる軽い質問とか」

「ほお」

 そうだわ。コンクール前にメールとか来ても鬱陶しいだけだ。いや、あいつにそれを適用すべきかはわからんが。

 黒井は俺が納得したとみると、話を変えた。

「そういえば、夏休みどうだった? 僕は勉強会やったはずなのに課題が全然終わらなくて」

「課題は七月中には終わったな。あと、手持ち花火はした。お前の方は? 花火行くって言ってたよな」

「そうそう! 花火大会行ってきたんだよー。すっごい迫力あって楽しかったんだよね。えーと、鈴木君と村上と……。九人くらい? で行ってさ。すげーって言いながら見たんだ。市川君は一人で?」

「いや、一条と」

「……二人で?」

「おお。俺の母が一条にってくれたんだけど、ご両親がその日いなかったんで、二人でやった」

「へえ。仲いいんだね。……あ、ヤバ、急いで課題やらないと終わんない」

 予鈴が鳴ったのを聞いて、黒井は慌てて机に向き直った。さっき友達と話してたから、てっきり終わったと思ってたんだが。終わってなかったのかよ。

 その状況でなぜ俺に返答をくれたのかわからないが、ひとまず心の中でお礼を述べておいた。いや、その、大変な状況の中会話してくれたことに素直にお礼を言うには、若干黒井の自業自得感が強かった。

 朝のHRが終わったあと、黒井がギリギリ終わったとほっと胸をなでおろし、友人たちと会話しているのをBGMに、俺は黒井の意見を参考に返信をした。

 つまりその、俺もテストがあるっていうことと、忙しいなら別に返信いらないけど、そっちはどっちも大丈夫か、という内容で。

 無事に送ることができ安心していると、一条がすたすた歩いてきた。

「おはようございます」

「おはよう」

 なんでこんな中途半端な時間に、とも思ったが、とりあえず返す。

 ふう、と深呼吸したあと、彼女は黒井にまで挨拶をした。

 おお……、頑張ったな。

「おはよっ。あ、そうだ。一条さん書記だったよね。近々、体育祭の話し合いがあるみたいだから、仕事する心持ちでいてね」

「はい」

 お互いにそれ以上話を広げずに終わった。一条は俺に向かって親指を立ててきた。

 たかが挨拶でそれだけ喜べるのすげえな、と思いつつ、まあよかったな、とも考えた。

 一条が、本当は誰かと関わりたいのなら、そうできるに越したことはない。

 とは思うのだけども、一緒にいられる時間が減るのなら、ほんの少し、寂しい、とも思う。

 なるほど、これが人と関わるということか、と深く実感できた気がした。確かに面倒だが、悪くはない感覚だった。

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