二十八.五話 八月上旬
暑さが本格化し、外に出るのがどんどん億劫になってくる、八月上旬。
俺は、一条の家の前に立っていた。
連絡先を交換してから、毎日規則正しく挨拶に挨拶を返している。
おはようからおやすみまで逐一送信されて正直面倒だったが、まあ挨拶は大事だよなと納得してしまったので、俺もきちんと返信することにしているのだ。
さらに一条は、空が綺麗ですよとか、今日はこんなご飯食べましたとか、どうでもいいことを送ってくる。
一条の日記を読まされている気分だ。
何を返せばわからないので、俺は、勝手に流れをぶった切る。この曲いいとか、これまたどうでもいいことを送って。
改めて読み返すと中々な無法地帯になっているが、まあお互い楽しめているのでいいだろう。多分。
で、そんな中におそうめん食べませんか、という文面があった。お土産のお礼とか会計のお礼とかを直接言いたいと思っていた俺は、すぐ了承した。
だから俺は、この暑い時期にわざわざ外に出たわけだ。
そうめんをごちそうになる代わりに、菓子折りも用意した。冷たくておいしいから、水羊羹。
数日前、練り切りを食べましたと写真が来たから、和菓子も嫌いじゃないはずだ。
インターホンを鳴らすと、一条が扉を開けてくれた。
菓子折りにありがとうございますとお礼をいい、一条は台所へ持っていった。ちなみに今日は中学の頃の体操服を着ている。
一条が茹でてくれるので、俺は椅子に座ってそれをぼんやり眺める。
「そういやさあ」
「はい」
水が沸騰してごとごとと音が鳴る。うわあ、暑そう。
「お前、中学の制服もとってんの?」
「いえ。リサイクルショップで売りに出しました。要らないので」
「なんで要らないと思ったんだ?」
「どういう意味ですか?」
「ジャージはとってあるだろ?」
「ジャージは毎日着ますが、制服はほとんど使いませんし、冠婚葬祭などのときは高校の制服がありますから」
「へえ」
数分でそうめんを茹で終えた一条は、大きな皿に全部乗せ、テーブルの中心に置いた。それからめんつゆを二人分持ってくる。
「好きなだけ食べてください。私、あまり食べられないので」
そう一言添えると、いただきます、と手を合わせた。
「いただきます」
俺も合わせ、箸を手に取った。
「流しそうめんって、したことありますか?」
「ねえな。一条は?」
「私もありません。いつか竹に乗せて流したそうめんを食べてみたいものです」
「でも、流しそうめんって食べ物で遊んでね?」
「冷水でそうめんを冷やしているだけでは?」
「あー、なるほどな」
「それに、外観を悪くしたり、食べられなくするわけではありませんから、私は遊びに入れない派です。ほら、お菓子を指にはめて食べるのと同じ感じです」
「え? なんだそれ」
「しませんか? 家族もしていたので、てっきり普通かと」
「さあ。そもそも俺、あんまお菓子好きじゃねえんだよな。ガムとかなら美味しいんだけど、スナック菓子とか味が濃いやつはちょっとで満足しちゃって、賞味期限切れになって母によく怒られる」
「そうなんですか」
そうめんを吸う音。
めんつゆに麵を浸し、口に運ぶ。
「美味しいな」
「はい」
しばらく、会話が途切れた。そうめんが美味しかった。
「市川くん」
「なに」
「流しそうめん、いつかしましょうね」
「まあ、機会があればな」
また、俺はそうめんをめんつゆに浸した。




