二十三.五話 七月上旬
定期テストが終われば、夏休みはもうすぐだ。
梅雨も過ぎ、湿気がなくなるかわりに暑さが本格的にしんどくなってくる時期でもある。
そんな、七月上旬のある日のことだ。
俺と一条は毎回必ず昼休み一緒に過ごすわけではない。先に食べ終わった一条がふらりとどこかに消えることもあれば、俺がその場を離れることもある。
その日は、俺が移動しようとしていた。
立ち上がった瞬間、一条に呼び止められた。
「いつも気になっていたのですが、どちらに向かうのですか? 私がついていっても?」
「……まあ、いいけど」
場所については答えずに、俺は一条が弁当を食べ終えるのを待った。
わくわくした様子で一条が後をついてくるので、なんとなく向かいづらい。
俺は数分かけ、お目当ての場所で立ち止まった。
「……ここは」
音楽科の特別棟に通じる渡り廊下だ。
俺たちが通う高校には、音楽科が設置されている。お互いに出入り自由なので、音楽科の生徒が昼休みにこちらの音楽室で練習したり、普通科の生徒が音楽科の教室に行って先生と話したりは意外と珍しくない。
それはともかく。
「……」
一条は目を閉じた。微かに微笑みが浮かんでいる。
音楽科の人の練習している音が、こちらまで流れ込んでくるのだ。
ぼやけている曖昧な音色。
そのときどきによって、聞こえてくる音色は違う。
人の声か楽器の音か、女声か男声か、楽器の種類は何か、もそうだし、人によって全く違う音色を持っているからだ。人によっては苦しそうだし、人によってはのびのびとしている。
……うん。
俺はやっぱり音楽が好きだ。それは、これからもずっと変わらない。
昼休みが終わる直前まで、そうして音楽を聴いていた。
教室に向かう道すがら、俺はぽつりと一条に零した。
「……音楽室の方も、いいんだ」
音楽科の生徒が来たり、普通科の生徒でも、音楽が好きな人が来たり。音楽科落ちて普通科くる生徒も多いんだ。
「そうなのですか。教えてくださりありがとうございます」
よかった。一条が満足いく体験を提供できたみたいだ。
「音って、いいですよね」
「そうだな」
「今みたいな足音とか、さっき聴いた音楽とか」
「ああ」
一条に、俺の好きなものをいいと言ってもらえたことが、なぜかすごく嬉しい。
「……ああ、そうだ。伝えそびれてたけど。一条が勧めてくれた映画、面白かった。両親も気に入ったみたいだ」
「……それは、よかったです」
嬉しそうだ。ついさっき感じた感情を思い出し、今後はいいと思ったことを積極的に伝えよう、と決めた。
「そうだ、夏休み、いつ遊べる?」
「ああ、この前の話ですよね。バイトのシフト次第ではありますが、基本月曜と火曜は空けておくつもりです」
「分かった。あー、俺、七月中に課題全部終わらせたいから、八月でいい?」
「はい。あ、でしたら三日はどうでしょう?」
「ああ、いいよ。てか、場所決めてねえよな」
「私、調べておきます。市川くんの住所、覚えているので」
……ああ、二人とも行きやすい距離で、ってことか。学校挟んで真反対だからな、俺と一条の家。
「ありがと。……あれ、お前夏用の服持ってる?」
「…………あ」
俺が買ったのは、あくまで春とか初夏とかくらいの気温を想定したものである。あの服で行ったら暑すぎる。
「……終業式までで、いつ空いてる?」
「……あとで確認しておきます。ありがとうございます」
「おお」
よし、当日までに買う物考えとこ。




