十四.五話 五月中旬
「とても喜んでいました」
母の日の翌日、月曜日。
その答えに俺は心底安心した。
「……そういえば、市川くん」
「おお」
「五月って、旧暦では梅雨の時期だったそうですよ」
「へえ」
知らなかった。購買で買ってきたらしいプリンをぱくつきながら、一条は続けた。
「そのため、ハエが好むじめじめとした気候だったようです。ハエって、羽音がうるさいでしょう? 五月蠅いの語源だそうです。ほら、うるさいって、五月に蠅と書いて五月蠅いとも言いますよね。その当て字の由来です」
「初めて知ったわ」
そういう知識って、どうやって増やせるんだろうな。父も母も、人と話すときのネタにできる知識の幅が広い。
一条は話してると面白いな。
「ちなみに、明治時代の小説には頻出しているそうですよ」
「ふうん。明治っていうと、どんな人がいたっけ」
「教科書に出てきたものでは二葉亭四迷、森鴎外先生、あと読んだことがあるのは夏目漱石先生あたりでしょうか」
「あー、聞いたことあるわ」
「教科書といえば、そろそろテストですね」
「一学期中間テストか」
学習の大切さは分かっちゃいるが、めんどくせえ。
ぐっと伸びをした。
「お前は自信ある?」
「正直全くありません」
意外だな。勉強大好きな感じがあるから、余裕だと思っていた。
「なんで?」
「ここ、推薦入試で受けたものですから。一般入試合格者がいる中なので、学年順位は相当低い気がします」
「へえ」
「市川くんは?」
「俺か」
中学の頃を思い出す。小学校の初めの頃は塾に通っていたが、授業に集中できなくなって辞めたんだよな。
高校入試のときは流石に通ったが。
毎日予習復習してれば、案外知識って定着してるんだよな。
「まあ、そこそこ行けるんじゃねえかな」
「市川くんは、勉強法が効率的な気がします」
「一緒に勉強したことねえのになんで分かんの?」
素朴な疑問だった。
「授業中、ずっと一緒に勉強していますよ、市川くん」
「それだけで分かるのか」
「ええ」
「お前は逆に、ノート汚いよな」
「興味深い先生方のお話とか、書きたいことがいっぱいあって、うまくまとめられないのです。よくないと分かっているのですが」
「ふうん」
一条が知識を豊富に持っているのは、そうやって聞いたことを覚えているからなのかもな。
俺も今度から真似してみようかな。
……あ、そうだ。この前古本屋行ったとき、趣味を聞こうとか思ってたんだっけ。
「なあ、一条って趣味あんの?」
「……趣味。映画鑑賞、舞台鑑賞、脚本制作、ゲーム、辺りが適当でしょうか」
「へえ。ゲーム好きなの?」
「はい。ノベルゲーム、と言えばわかりますか? ストーリー重視のゲームが好きで」
「ふうん」
いつも通りの昼下がりだった。




