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十四話 母の日

「おおー。鞄がいっぱいあります」

「そりゃそういう店選んだからな」

 今の一条の、水色のブラウスに合わせるんだったら白の鞄が合っている。

 ただ、本人の性格とか雰囲気的に、もっと暗めの方も似合うと思うんだよな。

 あれこれ悩んだ結果、ひとまず黒のショルダーバックを買ってもらった。持ち手もついてる、使いやすそうなやつ。

 髪色が俺の地毛と違って混じりけのない真っ黒だから、合う。

「市川くん」

「うん」

「鞄って大事ですね。何度も肩にかけなおさなくていいです。感動しました」

 一条の感動が安すぎる。

「よかったな」

「はい。一生使います」

「重てえよ」

 やめてくれ、プロが選んだわけでもないし、いいブランド品でもないのに。

「あの、このあと時間ありますか?」

「あるけど」

 嬉しそうに、買ったばかりの鞄を斜め掛けに使っている。

「母の日のプレゼント、一緒に選んでくれませんか?」

「……そういや、明日か」

「はい」

 自分の母親を思い出す。

 毎年、父と一緒に一日家事全般代わるのが当たり前になってるな。

「……一条自身が選べよ。俺もなんか買ってくからさ」

「……私が選ぶものは、いつもセンスがないのです」

 俯いた。髪のせいで表情が見えない。

「たとえば?」

「去年はお小遣いを貯めて、花屋でお花を買いました。でも、母は忙しくて水やりなどの管理が不十分で、結局お花を枯らしてしまいました。ごめんね、と何度も謝られました」

「なんで花にしたの?」

「私の家、あまり飾り気がないので。母の日でしたし、お花が一輪でもあれば華やかになるかと思ったのです。仕事から帰ってくる母を出迎える部屋が、少しでも明るく賑やかな場所であればいいと」

 素敵じゃないか。何も贈らないよりはよほどいい。

「ふうん。お母さんは、喜んでくれたんだよな?」

「ええ。ただ、もう自分のセンスが信用できないのです」

「お母さんが喜んでくれたんなら、センスがないわけないだろ」

「え?」

「だって、そもそもの目的はお母さんに喜んでもらおう事なんだから。ごめんって謝られたってことは、それくらい喜んでくれてたってことじゃねえの? ほら、選びに行こうぜ」

 一条の背中を押す。すると一条は虚を突かれた顔をしたあと、嬉しそうに破顔した。といっても、表情変化は微々たるものだが。

「それもそうですね。ありがとうございます」

 それから俺と一条は、二人であれこれ見て回った。

 アクセサリー、ケーキ、化粧品、マッサージ器具、美容用品……。

 一条は一つ一つ、たっぷりと吟味していた。俺も母のことを思い返してみる。

 確か、結婚してからも仕事は普通に続けてたんだよな。元が頭が切れて優秀な、いわゆるバリキャリだったらしい。単に勉強したり仕事したりが好きなだけって母は言ってたけど。

 で、今も大学卒業後に入った会社で社員やってるんだったか。あれ、パートだったっけ。

 まあいいや。

 高級品にはあんまり興味ないよな。ケーキも時々ご褒美ーって自分で買って食べてるし。アクセサリーは父がよくあげてるし、自分でも買ってる。

 化粧品なんか俺が分かるわけねえし、そもそもあの人、ほしいの全部自分で買っちゃうしなあ……。

 資格勉強の本とかの方が喜びそうだな。

 あ、そういやなんか興味あるって言ってたな。

「一条、お前決まった?」

「はい。ハンドクリームにしようと思います」

 ラッピングされたプレゼントを持っている。よかった、決まったか。

「じゃ、俺本屋寄ってくわ」

「市川くんはなにを買うつもりなのですか?」

「資格勉強の本。学ぶのがすごい好きな人だから」

「……気が合いそうです」

 確かに一条と気が合うだろうな。

 本屋で本を買った。

 お互いに別れを切り出すタイミングを逃した。

 ずるずると駅のホームまで隣り合って歩く。

「……あ、そうだ。ゴールデンウィーク、なんであそこいたの? 近くに住んでんの?」

「いえ。兄の好きな人の家が近くにありまして。趣味が合うのでカフェに行ったり映画のDVDを貸したりするのです。そのついでに、母の日のプレゼントでも見ようかと立ち寄ったところでした」

「ふうん」

 さらっと兄に好きな人がいることを知ってしまった。

 全く知らない赤の他人なのに、どこかこっぱずかしくなる。

「家族への感謝って、とても大切ですよね」

「そうだな」

「……では、私はこの辺で」

「分かった」

 このあと、またどこか行くらしい一条と別れ、電車に乗った。

 電車の中で、今日のことを回想し、楽しかったな、と考えた。

 家に帰ると、おかえりーと二人分の声が聞こえた。

「あっ。なあ弦也、明日時間あるよな? 一緒に夕ご飯作ろう。今お母さんとその話してて」

 ひょっこりと父が顔を出す。

「へえ」

 鍵を閉める。

「ねえ弦也、毎年ハンバーグでいいよねー?」

 靴を脱いで揃える。

 返答しようとしたところで、父が喋り出した。

「お母さん、本当にそれでいいのか? 考えてみてくれえ、ハンバーグは俺が担当の日よく作る。つまり、ここでハンバーグ作ったら俺の料理のレパートリーが減る。いいのか? 本当にいいのか? 三日連続ハンバーグかもしれんぞ」

 手を洗い、口をすすぐ。

 俺は別に三日連続でいいし、母さんもいいだろうなあ……。

「私はいいわよ」

 ほら。

「あ、弦也。玄関にある袋持ってきてくれない?」

「ああ」

 リビングに着くと、テーブルで淡々と在宅ワークを進める母と、その隣でやけに大げさな身振り手振りを使った父がいた。

 父のこの身振り手振りは、俺と同じで目つきが悪いから警戒されないように培ってきた能力なんだろうな。尊敬はしてる。性に合わないから、真似はしたくないけど。

「母さん。これ」

「あ、ありがとー。うん、在宅ワーク用の本ね」

 袋を手渡すと、まだ説得を諦めない父の声を後ろに、自室に母へのプレゼントを持っていった。

 部屋で、腰を下ろす。

 このまんま渡してもいいだろうが、一条のハンドクリームのラッピングを見たあとだから、もうちょっと華を出してやりたい。

 まあ、あの母はそんなこと全く気にしないどころか、本人は無駄にゴミを増やすとすら思ってそうだが。

 百均で買ってきたラッピング用の紙を使い、本を包む。今時ネットで調べれば包み方なんていくらでも出てくる。

 うん。シックでいい感じじゃないか。母好みだ。……多分。

 翌日、母の日。

 朝起きた段階で家事代行は始まっている。父は寝起きが悪いんで、俺が大抵雨戸を開ける。朝食も作る。

 代わりに父は、風呂掃除やトイレ掃除をやる。

 母の好みは和食だ。昨夜の残り物と味噌汁、白米。反対に父はパン派で、バターをたっぷり塗ったトーストが好きだ。

 一人で勝手に作って勝手に食べていると、父より先に母が起きてくる。

「おはよう。あ、朝ご飯ありがとう」

「おはよ。いつもありがと」

 挨拶と同時に感謝を伝えてしまえば、あとは気が楽だ。

「こちらこそいつもありがとう」

「ん。ごちそうさまでした」

 皿をシンクにつけたあと、用意しておいたプレゼントを渡した。

「これ」

「……え、ありがとう!」

 速攻びりっと包装紙を破いた。見ていて清々しい。

「えー、嬉しい! お母さん勉強できるの?」

「……お好きに」

 一条といい、母さんといい、大げさだな。そんなに喜ばれると、どうしていいか分からなくなる。こそばゆい、というか、落ち着かないというか。

「ラッピング凄いわね。お母さんできないわ」

「まあ」

「弦也器用よね」

「そうか?」

「ええ。ありがとう」

 にっこり笑われる。

「……まあ、嬉しいなら、よかった」

「嬉しいわよ、そりゃあ」

 母はラッピングを捨てにゴミ箱に向かった。……やっぱこれ、いらなかったんじゃね。

 テーブルに並んだ料理を眺める。

 ……一条の方はどうだろうな。

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