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十二話 映画

 ゴールデンウィーク明け、一条は昼食を食べ終えると、俺にスマホを見せてきた。

「今週末、予定ありますか?」

「……ねえけど」

「一緒に行きませんか?」

 スマホに表示されているのは、映画のスケジュール表。

 同時に、一条はぐいと体も俺の方に近づけてくる。

 俺はもはや、一条の距離感に慣れて動じなくなってきた。多分、登校中突然背後から話しかけられても驚かない

「……買い物もそうだけど。なんで俺を誘うんだよ」

 彼女は、瞬きしてるのか疑わしくなるほど目を合わせてくる。

「市川くんのことを知りたいからです」

「……別に、もう関わらなくたっていいんだって」

 半目で返す。

 話せるようになったら、一条の質問にはゼロからしっかり答えてやるつもりだ。

「そうだとしても、関わりたいのです」

 思いがけず、彼女がそう断言した。

「私はもっと貴方を知りたい」

 俺は、目を見張った。

 俺に対する興味を失えば、もう一条が俺に関わることはないと思っていた。でも、案外そうでもなくなってきてるのか?

 それは、素直に嬉しい。

「……別に行ってもいいけど」

 俺は、どうだろう。

 昼休み、今みたいに二人で昼食を食べる。そのことに抵抗はないし、ストレスもない。だがそれは、お互いにあまり口を開かず、まるで一人のようだから、だと思う。

 一条といることを楽しんでいるか、と聞かれたら答えに詰まる。

「あ、映画代は私が出すので、私が見たい映画でも構いませんか?」

「おお」

 まあどっちでもいいか。

 俺はそう結論付け、白米を口に運んだ。

 一条は話が終わると、几帳面に拳一個分を計り、俺と適切な距離感になおった。

 スマホをフリック操作で絶えず動かしている。

 なんとなく興味が沸いた。

「それ、なにやってんの?」

 四月の初めは冷たかった階段も、少しずつ暖かくなっていく。夏にはむしろ熱いくらいかな。それとも、ちょうど冷たくて涼しく思う温度を保ってくれるだろうか。

「脚本を書いています」

「脚本?」

「はい」

 一条と目が合う。

「私、映画と舞台が好きで。自分もなにかやってみたいなと思っていたとき、本好きの兄の影響でしょうか、お話を考えてみようと思い立ったのです」

「へえ。あれ、お前兄いるの?」

「ええ、まあ。言ってませんでしたか?」

「多分」

 一条が珍しく歯切れが悪い。

「まあいいや。脚本って、どんなの書いてんの?」

「色々書いています。今は……ファンタジー、ですね」

 心なしか安心したように見えた。兄となんかあるのかな。

「ふうん。賞とかに応募したりしないの?」

「……考えたことない、と言えば嘘になりますが、その予定はありませんし、恐らく今後もしないと思います」

「そう」

 会話が終わった。

 静かだ。時折廊下に吹く暖かい風以外の音がない。

 それに気分をよくして、俺は空の弁当箱をしまった。

 この静寂を楽しみたい気分だったので、スマホには手を触れず、小説を取り出した。





 約束の週末、待ち合わせ場所に着いた。着いたところで初めて、一条に何を観るのか聞き忘れていたことに気がついた。

 一条はもういた。

 目印の噴水の前に立っている。

「……見てください、市川くん。前に買ってもらった服ですよ」

「……そうだな」

 自慢げに胸を張っているが、靴はスニーカーだし、鞄は学生鞄だ。そっか、そこまで買ってやらなきゃダメだったか……。ここまでくると、逆に結ばれた髪が異質に思えてくる。一つ結びとか二つ結びとかじゃなくて、よく三つ編みなんて一条が毎日やるな。

「ありがとうございます」

「うん……あ、そういや昼食代ありがとな。お釣り返すわ」

 忘れるところだったと財布を出そうとするのをそっと静止された。

「いえ、貰ってください」

「……わかった」

 スニーカーはともかく、鞄はなにかしら買った方がいいな。

 ここらへんに鞄売ってるところあったかなと思い出しつつ、映画館に向かう一条についていくのだった。

 男女二人で見るやつじゃなかった。

 事前に席を予約しておいたらしい一条に発券されたチケットを渡され、そこに印字されたタイトルでなにやら嫌な予感がした。教室で学級委員のくせして漫画アニメ大好きな黒井が熱弁してきて、聞き覚えのあるタイトルだったから。

 でも流石にないだろうと現実逃避した。映画久しぶりだなーなんて爆音を聞きつつ、それなりに中身を期待した。

 あの一条が選ぶものなんだ、間違っても大ヒットアニメの恋愛映画ではなかろうと。

 ごりっごりの恋愛映画だった。滅茶苦茶甘ったるい砂糖しかないお菓子レベルの恋愛映画だった。

 異性の同級生と見るのにこれほど気まずい映画もないだろ。どういう気持ちでこいつは俺と見る映画にこれを選んだんだよ。

 まあそれでも一条が楽しいならと、隣に座っている一条の顔を見たら、到底楽しそうには見えない無表情だったときの俺の心情を考えろ。

 無駄すぎるだろ。金と時間が。

 こっちは気まずい思いしてんだから、せめて楽しんでくれよ!

 傍から見たらカップルに見えるんだろうなとか思って落ち着かない俺のことも考えろよ。というかそれ以前に周りが甘い雰囲気を醸し出してるんの勘弁してくれよ。

 一条は微塵も気にしていなさそうなのが尚更ムカつくんだよ。俺が無駄に意識してるみたいだろうがよ。

 まっすぐ映画を鑑賞する一条をずっと見ているのも憚られて、俺は映画に目線を戻した。

 ……俺の分のひじ掛け占領すんのやめてくんねえかなあ。

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