十一話 ショッピング
服屋に着いた。
今更ながら自分の場違い感に気づく。
店内にはほとんど女性しかいない。あるいは、カップルらしき男女とか。
ちらりと隣を見るが、案の定こいつはなんも気にしていない顔だ。
俺が意識してるみたいでムカつく。
彼女は堂々と足を踏み込んでいった。いいよと言ってしまった以上、俺は約束を果たすまで帰れない。ひとまず一条についていった。
「……まず、一条はどんな服が好きなんだよ」
「好き嫌いありませんね。TPOを守ってさえいれば、どんな服でも着ます」
といいつつも、一条は興味深そうに色々見て回った。好き嫌いないってことは、どれも好きってことなんだろうな。
ここには割と多様なジャンルの服が置いてある。甘めの服も、ボーイッシュなやつも。もし好みのジャンルがあればと思ったんだが……。
服を見つめる一条の表情を観察してみる。まるで変化がない。好き嫌いがないというのは本当らしい。
俺自身そこまで自分のファッションセンスに自信があるわけではないし、女性物に関しては全くの無知だ。せめて指針が欲しかった。
……まあ、シンプルなものを選べば外れはないだろ。
白いTシャツとズボンに水色のブラウスを手に取った。
「これとか」
「……買ってきます」
「……いや、せめて試着してこい」
レジへ直行しようとする一条を押しとどめる。
「えっ。わわわ」
試着室に押し込んだ。よし。
一条が試着している隙に、店員におすすめを聞いておく。試着してる間、俺も暇になって気まずくならないし、完璧だ。
店員に話しかけようと動くと、俺が口を開くより先に店員が俺に声をかけてきた。
「彼女さんとお買い物ですか?」
「いえ単なるクラスメートです」
速攻で否定した。
「そうでしたか。失礼いたしました」
しかし、まあそうか。そりゃそう見られる。高校生にもなって異性のただの同級生に服選びを頼む人なんていないだろうし。
……いや、恥ず。
「あの、おすすめとか、ありますか?」
気分を誤魔化すために聞いた。店員はにっこりと笑った。
「はい。今のシーズンですと、たとえばこちらの商品ですとか、あとはあちらにございますフレアスカートなどがおすすめでございます。カラー展開も豊富で、なんといっても生地の厚さが絶妙で、快適な休日をお過ごしいただけます。ほかには……」
示された方に視線を移し、生き生きとした説明を一つ一つ頭に記憶した。
「……ですので、合わせるとなると、こちらの商品と……」
教えてくれた服のコーナーを眺め、なんとなく一条に似合いそうなものを選んだ。
とかやっているうちに、一条は着替え終わったようで、選び終わったら真後ろに立っていた。思わず後ずさった。
滅茶苦茶ビビった。
「市川くん。これ、二枚着る意味って……」
が、そんな気持ちはすぐ吹き飛んだ。
「……一条」
「はい」
「その、水色のブラウスは、そうやって着るためのもんじゃねえの」
一条はズボンの中にしっかりとブラウスを入れ込み、第一ボタンを首元まで閉めていた。しかもなんでこいつは制服のリボンを勝手につけてるんだ。そんなに制服好きか? いや違うか、ブラウスにはリボンってしみついてんのか。
「そうなのですか?」
「ブラウス引っ張って」
そうしたら一条は、本当にブラウス全部を外に出した。
「……少しこう、緩くするイメージだったんだけどな」
「……あー……?」
完全にピンと来てない声だ。
「……ここのボタンまでズボンの中入れて」
指をさす。
「はい」
素直なんだよな。言葉を直球に受け止めるだけで。
「したら、リボン取って、ズボンの上のとこ、全部ボタン開けて」
「え。開けるのですか?」
「おお。……中にTシャツ着てるだろ?」
「はい」
プログラム組んでる気分になってきた。
「で、袖口のボタン外して、まくって」
「はい」
「ほら。なんかお洒落に見えるだろ。これだけで」
「わあ」
全然わあって顔してねえけどな。
一条はその場で自分を見下ろしている。なんとなく雰囲気が楽しそうだ。
まあ、よかった。
……周りに伝わるくらいイラついた雰囲気出して、一条を巻き込んだ。おまけにご機嫌取りまでさせてしまった。
これで少しでもお詫びになればいいが。
ひとしきり喜び終えたらしいタイミングで、ハンガーにかかった服を突き出した。
「……こっちは店員さんに選んでもらったやつ」
「分かりました。試着してきます」
「おお」
試着室の横の壁に寄りかかる。ふと不安になって、スマホに入ってる電子マネーの残高を確認した。……足りるな。前に入れたばっかだし、そこまで金遣い荒い方でもないから、当然なんだけど。
俺はほっとしてイヤホンを挿した。
ちょうど一曲終わったタイミングで、がらっと音がした。試着室のカーテンが開いた。
「服装って大切ですね。私は今感動しています」
「……そりゃあ、よかったな」
「はい。ありがとうございます」
「……そうか」
その服に関しては、一条が店員に聞けば済む話だが。
一条は制服に着替えたあと、カゴに買う服を全部突っ込んで、会計に向かった。相変わらず迷いがない。見ていて清々しい。
あっ。
やべ、会計俺がするつもりだったのにっ。
「お会計、4500円になります」
「……電子決済で!」
千円札五枚が握られた一条の両手の前に、俺の左手を割り込み、右手でスマホを見せた。
「かしこまりました」
あー、間に合った。現金なんて千円くらいしか持ってないから、あとからお金返せないとこだった。
ふうと息をついた。
一条は困惑した様子で、じっと両手の前に出された俺の手を見ていた。俺が手をそっと戻すと、それを目で追いきって、遅れてはっと五千円札を財布にしまった。
服が畳まれ、紙袋に入れられるのと俺とを交互に眺めている。
「…………あの」
「どうぞ」
「……あ、はい」
店員に紙袋を手渡され、一条は頭を下げてありがとうございましたと言った。俺も軽く頭を下げる。
一条は両手でぎゅっと紙袋を握って、しばらく歩いた。まだぼんやりしてる。
こいつどこに向かう気なんだろうなと思いつつ、黙って隣り合った。
そろそろどこかで何か食べたいな。
周囲には服屋やら靴屋やらアクセサリーショップやらが集まっている。フードコートはもっと向こうだったっけ。
あ、あの店に流れてる曲いいな。
「……いいのですか?」
「え?」
一瞬音楽に気を取られ、一条がなんのことを言ってるのか分からなかった。
「……ああ、服?」
「はい」
「別にいいよ」
「……なぜ?」
「……あー。今日のお詫びと、お礼と、……自分で選んだのに、買わないのはなんか嫌だったから」
すると一条は紙袋を持ち上げて、じーっとデザインを眺めたかと思うと、手首を回してくるくるしだした。
「……なにやってんの?」
「……嬉しくて。……ありがとうございます。市川くん」
ぎゅっと紙袋を抱きしめた。意外と表情豊かだな。
「……よかったな」
「はい。毎日着ます」
「や、それは無理だろ」
「いえ、部屋着にすればいいです」
「普通に休日に着てくれよ。なんで無理して毎日着ようとするんだ」
「嬉しいからです」
「……そう」
虚を突かれた。
こんなに喜んでくれるなんて思わなかった。
……夏になったら、また選んでやるか。流石にちょっと、女性ファッションについて勉強しとこう。
「市川くん。お礼に、今日の昼食を奢らせてください」
そういって一条は、俺に二千円を押し付けると、颯爽と去っていった。
……マジか。普通そこ、一緒に食わねえ?
まあいいや。なに食べようかな。
今日外出てよかった。
楽しかったし、自分の悪い部分を再確認できた。
俺は軽い足取りで、フードコートへ向かった。




