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第55話 黄昏の社交場、あるいは地球最前線組の宴

 すべての始まりは、やはり俺の何気ない投稿からだった。

 レベル46に到達したその日、俺はSNSアプリ『X』を起動し、全世界の探索者に向けて一つの情報を投下した。


『@Takumi_Yashiro

 レベル46おめでとう、俺。

 あ、そうそう。46から落ちる「盗賊の証」を使うと、「アジール」って街に行けるぞ。

 そこのクエスト(強盗)をクリアすれば、1回で1000万円分の魔石が手に入る。

 計画書を拾ったら、売るか使うか迷うだろうが、1日1回分は消費したほうがいい。これ豆な』


 添付したのは、山積みの戦利品と、黄昏に染まる港町の写真。

 「1000万円」という具体的な数字と、「アジール」という未知の響き。

 この投稿は瞬く間に拡散され、世界中のトップランナーたちを熱狂の渦に叩き込んだ。


 それから10日後。


          ◇


 黄昏の港町アジール。

 永遠に沈まない夕日が、錆びついた鉄骨と石造りの町並みを茜色に染め上げている。

 その一角にあるオープンテラスの酒場は、かつてない活気に包まれていた。


「……ここが噂のアジールか」


 深い溜息とともに呟いたのは、日本の陸上自衛隊・特殊作戦群の隊員たちだ。

 彼らは国を背負う公的機関として、制服と最新鋭の魔導装備に身を包み、整然と席に着いている。

 その体躯からは、隠しようのない疲労の色が滲んでいた。

 彼らはこの十日間、ダンジョンに籠もり、泥臭く、しかし確実に経験値を積み上げて、この領域に到達したのだ。


 その向かいには、星条旗のワッペンをつけた陽気な集団――アメリカのトップ探索者チームも陣取っていた。

 彼らもまた、世界最強の軍事大国の威信を背負い、真正面からダンジョンを攻略してきた猛者たちだ。

 装備の端々に激戦の痕跡が刻まれている。


 だが、この場にいるのは彼らだけではない。

 酒場の隅や柱の影。

 そこに深くフードを被った集団が静かに陣取っていた。

 彼らは軍属ではない。

 その装備は統一されておらず、個性的かつ高性能な一点物ばかり。

 おそらく各地に点在する「隠しプライベートダンジョン」を発見し、誰にも知られることなく高速でレベルを上げ続けてきた、野良の日本人探索者たちだ。

 彼らは正体を明かすことを良しとせず、しかしその実力は、ここに到達したという事実だけで証明されている。


 そんな一触即発の空気が漂う「地球最前線組」の中心に、我らがアルカディアの面子がいた。


「よう、来たな後発組。歓迎するぞ」


 俺、八代匠は特等席でグラスを掲げた。

 俺たちはここでは「先輩」であり、この街のルールを知り尽くしたガイド役でもある。


「あそこのカウンターで料理が頼める。全部タダだ。アジールは金を取らない主義なんでな。

 あと、そっちのフードの連中も警戒しなくていい。ここは中立地帯セーフゾーンだ。

 PKも強奪も禁止。破れば街のシステムに消されるぞ」


 俺が説明すると、フードの集団から安堵の吐息が漏れた。

 彼らもまた、必死の思いでレベル46の壁を超えてきたのだ。


「八代様……! 本当に貴方の情報通りでした」


 自衛隊の木島が、疲労と興奮の入り混じった顔で駆け寄ってくる。


「翻訳機能、1000万円の報酬、そしてこの異様な光景。

 全てが報告書にあった通りです。

 ……それにしても、ここは一体何なのですか?

 地球のダンジョンの深層とは、あまりに空気が違いすぎます」


「気づいたか」


 俺はグラスを回し、通りを行き交う異形の旅人たちを指差した。


「ここは『ハブ(接続点)』だ。

 地球にあるダンジョンだけじゃない。

 無数にある異世界のダンジョン、その全ての深層が、この港町に繋がっている」


「なっ……!?」


 木島たちは絶句した。

 通りを歩く獣人やドワーフたち。

 彼らはダンジョンのモンスターではなく、別の世界からアクセスしてきた「向こう側の探索者」だというのか。


「見てみろ。あそこのテーブルで飲んでるデカイの。あれは『巨人の国』から来た探索者だ。

 隣にいるのは『竜人の国』の商人だな」


 八代が指差す先には、3メートルはある巨人がジョッキを煽っていた。


「彼らは先輩だ。

 俺たち地球人は、ようやくこの『世界的コミュニティ』に参加する権利(レベル46)を得た新入りに過ぎない」


 衝撃の事実に、自衛隊員たちは顔を見合わせる。

 日本国内での覇権争いだとか、ダンジョン法改正だとか、そんなものがちっぽけに見えるほどのスケール感。


「だが、地球組の中では俺たちが最速だ。

 アルカディアが道を切り開き、お前らが続いた。

 とりあえず、ここの酒場の利用権は確保した。あとは存分に稼げ」


 俺が笑うと、今度はアメリカチームがどよめいた。

 リーダー格の大柄な男が俺の顔を二度見し、目を見開く。


「オーマイガー! ミスター・ヤシロ!? 本物か!?」


 男はテーブルを乗り越えんばかりの勢いで突進してきた。


「イエス! 俺はジョージ、チーム・リバティのリーダーだ!

 貴方のXを見て、俺たちは地獄のレベリングを完走したんだ!

 貴方は俺たちのヒーローだ!」


「よう、ジョージ。随分と早かったな」


「握手してくれ! あと写真も!

 大統領も『ヤシロは最高のビジネスパートナーだ』と言っていたぞ!」


 ジョージは俺の手をガシッと握りしめ、スマホを取り出してツーショットをねだってきた。

 俺は苦笑しながらピースサインで応じる。

 周りのアメリカの探索者たちも「すげえ、本物の八代だ」「サインくれ!」と群がってくる。

 フードの連中も遠巻きながら興味深そうにこちらを見ている。

 やはり日本人なのだろう、有名人を見る目が混じっていた。


 俺は手を叩いて場を鎮めた。


「よし、挨拶はそこまでだ。

 ここにいる全員が、地球人として初めてこの『アジール』に到達したトップランナーだ。

 所属や国籍は違えど、レベル46の壁を超えた戦友みたいなもんだろ」


 俺はジョッキを持ち上げた。


「地球組の活躍と、これからの稼ぎに。乾杯!」


「「「チアーズ(乾杯)!!!」」」


 国境も所属も、正規か非正規かも関係ない。

 黄昏の空の下、奇妙な連帯感が生まれた瞬間だった。


          ◇


 酒が回り始めると、自然と話題は「この場にいない連中」のことになった。

 アルカディアのメンバーが異世界人向けのメニュー表を解説している横で、俺たちは密談を交わす。


「……で、他の国の連中は? まだ来ないのか?」


 ジョージがフライドポテト(竜の芋を使った逸品だ)を頬張りながら尋ねた。

 俺は端末のデータをチラリと確認して答える。


「まだだろうな。

 中国とロシアのトップチームは、ようやくレベル30を越えたあたりだ」


「レベル30……。ハッ、遅いな! あと1ヶ月はかかるぜ」


 ジョージが鼻で笑う。

 だが、俺と木島は笑わなかった。


「笑い事じゃないぞ、ジョージ。

 あいつらは数は少ないが、ガッツリと政府のバックアップを受けた精鋭中の精鋭だ。

 個の戦闘力なら、お前たちと互角か、それ以上かもしれない」


 俺は指でテーブルを叩いた。


「中国もロシアも、自国内のダンジョンは政府の方針で封鎖、あるいは独占管理されていて一般開放されていない。

 だからレベル上げの効率が悪いんだ」


「ああ、だからか」


 木島が苦々しげに頷いた。


「だから彼らは、探索者の受け入れを表明している我々の国――日本やアメリカのダンジョンへ『出稼ぎ』に来ているわけですね」


 そう。

 現在、日本とアメリカは一定の条件下で海外からの探索者を受け入れる、オープンな姿勢をとっている。

 表向きは国際協力だが、実際はダンジョン資源の活性化と外貨獲得が狙いだ。

 その制度を利用して、中露の特殊部隊が「民間探索者」を装い、日米のダンジョンで虎視眈々と力を蓄えているのだ。


「アメリカ大統領ボスは気楽なもんだぜ」


 ジョージがうんざりした顔でエールを呷る。


「『働きアリなら歓迎する。彼らが稼いだ魔石も市場に流れるなら、結果的にアメリカの利益だ』なんて言ってるがな。

 現場の俺たちからすりゃ、自国のダンジョンでいつ寝首をかいてくるか分からない連中とすれ違うんだ。

 たまったもんじゃない」


「上は現場を知らないからな」


 自衛隊の木島が深々とため息をついた。

 彼はジョージのグラスに酒を注ぎ足しながら、愚痴をこぼす。


「ええ、日本政府も似たようなものです。

 『治安を乱さない限り歓迎』と言いますが……彼らは明確な『敵分子』です。

 自国のダンジョンを育成場として使われるだけでも業腹なのに、こうして現場で顔を合わせる可能性がある。

 同じ店にいるだけで、胃に穴が開きそうです」


「全くだ。ここで会ったら、笑顔で乾杯できる自信がねえよ」


 ジョージが肩をすくめ、二人は奇妙な友情で結ばれたように頷き合った。

 政治的な思惑で開かれた国境。

 その最前線でリスクを背負うのは、いつだって現場の人間なのだ。

 地球組の宴の裏で、日米の兵士たちは苦い酒を飲み干した。





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― 新着の感想 ―
こっちだとKAMIという共通の雇い主が居ないし日米と中露の溝は深いか というか賢者の石の方だと色んな国がダンジョンを渇望しているのにこっちの方は基本封鎖なのは贅沢だなって思った 日米が出すダンジョン産…
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