第50話 黒船襲来あるいはエミリー製ブランドが引き起こす市場の熱狂と浄化
霞が関の無機質な会議室から解放され、俺は久しぶりに港区ミッドタウン・タワーのギルドオフィスに戻ってきていた。
ここ数週間、連日のように政府の有識者会議に呼び出され、法律だの条例だのといった堅苦しい話ばかりさせられていた俺の精神は、砂漠のように乾ききっていた。
だが今の俺の表情は、砂漠でオアシスを見つけた旅人のように潤っている。
目の前の大型モニターに映し出されているのは、退屈な議事録ではない。
煌びやかな数値の羅列。
そして、美しい曲線を描いて上昇していく落札価格のグラフだ。
「……ふふ、これだよこれ」
俺は革張りのソファに深く身を沈め、ホットコーヒーの香りを楽しんだ。
政治ごっこは終わりだ。
ここからは俺の本職――「商人」としての時間だ。
「マスター、すごいことになってますよ! サーバーが悲鳴を上げてます!」
隣のデスクでPCを操作していた乃愛が、興奮した声を上げる。
彼女の瞳もまた、モニターの光を受けてキラキラと輝いていた。
「アメリカからの『黒船』……エミリー・ミラー製の装備群。
出品開始からわずか10分でアクセス数が過去最高を更新しました!」
「当然だ。俺が直々に『お墨付き』を与えたんだからな」
俺はニヤリと笑った。
そう、ついに始まったのだ。
アメリカの天才美少女職人、エミリー・ミラーとの提携による高品質量産装備の日本市場への投入が。
◇
事の発端は、数時間前に俺がX(旧Twitter)に投稿した一つのポストだった。
俺のアカウントは今や、日本の全探索者がフォローしていると言っても過言ではない、最強のインフルエンサー・メディアだ。
『@Takumi_Yashiro
【新商品入荷のお知らせ】
最近政府の会議ばかりで退屈していたが、面白いオモチャが手に入った。
アメリカの職人(俺の友人だ)が作った「正解」の装備だ。
今まで市場に出回っていた「防御力は高いけどHPがつかない鎧」とか、
「攻撃力は上がるけど移動速度がつかない靴」とか。
あんなゴミに大金を払うのは、もう終わりにしよう。
これからは、これが「標準」になる。
本日19時より、オークションハウス「アルカディア・セレクト」にて解禁する。
震えて待て。』
添付された画像には、エミリーが作った装備のスペックシートが掲載されていた。
それを見た瞬間、ネット界隈はハチの巣をつついたような騒ぎになった。
『おい見ろ! 八代神がまた何かヤバいもん持ってきたぞ!』
『アメリカの職人って、あのエミリーちゃんか!?』
『スペック見たか? これコラ画像じゃないよな?』
『固定MOD枠が2つ……? どういうことだ!?』
そして19時。
オークションの幕が開いた瞬間、日本中の探索者たちがその「性能」を目の当たりにし、絶句した。
◇
モニターには、現在進行形で入札が殺到しているアイテムが表示されている。
【出品番号:001】
名称:堅牢なる鋼鉄の胸当て(エミリー・モデル)
ランク:C級ユニーク(相当)
基本防御力:380
[固定MOD]:最大ライフ +100
[固定MOD]:火炎耐性 +30%
[ランダムMOD]:筋力 +15
[ランダムMOD]:物理ダメージ反射 5%
シンプルな性能だ。
だが、ハクスラを理解している者が見れば、これがどれほどの「神装備」か一瞬で分かる。
『うおおおおお! ライフ+100が固定!? マジかよ!』
『今まで何回ガチャ回しても+50しか付かなかったのに!』
『しかも火耐性+30%も固定!? これ一着で火山のダンジョン余裕じゃん!』
『余計なMODが一切ない! 美しい!』
『これが……これが「正解」の装備か……!』
コメント欄が滝のように流れていく。
探索者たちは、ずっと飢えていたのだ。
運任せのドロップ品や、素人が適当に作ったクラフト品には、必ずと言っていいほど「ゴミMOD(マナ回復2とか、光源範囲拡大とか)」が混入していた。
「帯に短し襷に長し」。
それが、これまでの装備事情だった。
だが、このエミリー製装備は違う。
俺が彼女に叩き込んだ「生存最優先理論」に基づき、絶対に腐らない「最大ライフ」と「単体耐性」が、岩盤のように固定されている。
ベースが100点満点なのだ。
あとはランダム部分で何がついても、120点になるか150点になるかの違いでしかない。
「現在価格、300万円突破! まだ伸びます!」
「こっちの『氷結耐性版』も人気です! 北海道の探索者たちが競り合ってます!」
乃愛が実況する。
300万。
C級装備としては破格の値段だが、命を守るコストだと思えば安いものだ。
【出品番号:050】
名称:疾風のレザーブーツ(エミリー・モデル)
ランク:C級
回避力:120
[固定MOD]:移動スピード +20%
[固定MOD]:最大ライフ +80
[ランダムMOD]:雷耐性 +12%
これにも入札が殺到している。
特に、機動力を重視する軽戦士や盗賊職からの熱視線がすごい。
『移動速度20%確定キターーー!!』
『靴ガチャ卒業できる! ありがとう八代神!』
『逃げ足が速くなる=死なない! これ絶対欲しい!』
『借金してでも落とすぞ!』
移動速度。
それはダンジョン攻略における快適性(QoL)と、生存率を劇的に向上させるステータスだ。
今まで「移動速度がつかない靴」を履いてノロノロと歩いていた彼らにとって、これは革命だった。
【出品番号:100】
名称:剣闘士のガントレット(エミリー・モデル)
ランク:C級
防御力:150
[固定MOD]:アタックスピード +10%
[固定MOD]:最大ライフ +90
[ランダムMOD]:物理攻撃力 +10
これも大人気だ。
「手袋には攻撃速度をつけろ」という俺の教えを、エミリーは忠実に守っている。
『攻撃速度10%! これだよこれ!』
『DPSが単純計算で1割上がるってことだろ? 強すぎ!』
『もう攻撃力+5とかのゴミ手袋には戻れない!』
◇
市場は大熱狂に包まれていた。
それは単なる買い物ではない。
「今まで掴まされていた偽物」から解放され、「本物」を手にする喜びだ。
そして何より、俺の「お墨付き」が効いている。
『八代さんが「正解」って言うなら間違いない!』
『神が選んだ装備だぞ! 買わない理由がない!』
『これを装備してれば、アルカディアのメンバーに一歩近づける気がする!』
俺への信仰心が、そのまま購買意欲に変換されている。
宗教ビジネスと言われても否定できないレベルだが、俺が売っているのは「壺」ではなく、本当に命を救う「最強の盾」だ。
詐欺ではない。
むしろ、これまで粗悪品を高値で売りつけていた転売屋や、知識のない武具店こそが詐欺師だったのだ。
実際、SNSの片隅では転売屋たちの悲鳴が聞こえてくる。
『おい! 在庫の「鉄の鎧」が全く売れなくなったぞ!』
『値下げしても見向きもされない! なんでだ!』
『「ライフが付いてないゴミはいらない」って言われた……ふざけんな!』
『エミリー装備のせいで相場が崩壊した! 八代許さん!』
ざまぁみろ、である。
ライフも耐性もつかない、ただ硬いだけの鉄板を「初心者用最強装備」などと銘打って、法外な値段で売りつけていた連中の時代は終わったのだ。
これからは、エミリーの作った「最低保証付き装備」が、この世界のスタンダード(最低ライン)になる。
それ以下の性能のものは、文字通り「ゴミ」として淘汰される。
市場の浄化。
それが俺とエミリーが手を組んで成し遂げた成果だった。
◇
「……あー、癒やされる」
俺はコーヒーをおかわりしながら天井を仰いだ。
ここ数週間のストレスが、嘘のように溶けていく。
有識者会議での不毛な議論。
分からず屋の官僚への説得。
PTAのヒステリックな声。
あんな「非生産的」な場所に比べれば、このオークション会場は、なんと美しく合理的で生産的な空間だろうか。
ここでは良いものは高く評価され、悪いものは淘汰される。
シンプルで残酷だが、嘘のない世界。
俺が愛した『ダンジョン・フロンティア』の理そのものだ。
「マスター、また入金通知です! 今回の売上だけで、軽く100億を超えましたよ!」
乃愛が嬉しそうに報告してくる。
「悪くない。
この売上の半分は、アメリカのエミリーの工房へ送金してやれ。
彼女には、もっといい素材と設備が必要だからな」
「はい!
エミリーさんからもメッセージが来てますよ。
『師匠! 日本の人たち、みんな喜んでくれてる!? もっと作っていい!?』だそうです」
「ハハッ、可愛い奴だ。
『どんどん作れ、全部俺が売りさばいてやる』と返しておけ」
俺は笑った。
エミリーは作る喜びを知り、日本の探索者は強くなる喜びを知り、俺は儲かる喜びを知る。
完璧な「三方よし」だ。
それに、この装備が普及すれば探索者たちの平均生存率は劇的に向上する。
死にやすい「魔封じ」のようなイベントが来ても、基礎ステータスが高ければ生き残れる可能性が増える。
それは将来の「スタンピード」に対抗するための、人類全体の底上げにも繋がる。
(……政治家ごっこも大事だが、やっぱり俺にはこっちが合ってるな)
俺はモニターの中で跳ね上がる数字を見つめた。
俺が世界を救うとしたら、それは法案を通すことではなく、こうして「最強の装備」をばら撒くことによってだろう。
「さて……」
俺はカップを置いた。
市場は十分に温まった。
エミリーの装備が行き渡れば、中級探索者たちのレベルも上がり、より深い階層へ挑む者が増えるだろう。
そうなれば、より希少な素材が市場に流れてくる。
俺のクラフト材料も潤うというわけだ。
経済という巨大な歯車が、俺の手の中で力強く回り始めた音を聞きながら、俺は久しぶりに心地よい疲労感に包まれていた。
やっぱり商売はいい。
数字は嘘をつかないからな。
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