第41話 残酷なる格付けと数値の暴力、あるいは無能な経営者たちの断頭台
ダンジョンゲートが世界に出現してから、六ヶ月と半月が経過した。
季節は夏真っ盛り。
日本の気温は連日35度を超え、アスファルトからは陽炎が立ち上っている。
だが、今の日本列島を覆っている熱気は、そんな気象条件によるものだけではない。
港区ミッドタウン・タワー。
ギルド「アルカディア」のマスターオフィスにて、俺、八代匠は、デスク上のモニターではなく、窓の外の空――そこに浮かび上がった半透明の巨大な「システムウィンドウ」を見上げていた。
「……来たか」
俺は淹れたてのアイスコーヒーを一口啜り、深く息を吐いた。
それは全ての探索者の視界に、強制的に表示される世界規模のシステムアップデート通知だった。
【世界ランキングシステム(ワールド・リーダーボード)実装開始】
その文字列を見た瞬間、俺の脳裏には『ダンジョン・フロンティア(ダンフロ)』の記憶が鮮明に蘇っていた。
これはゲーム開始から半年経過後に必ず発生する「固定イベント」だ。
そして同時に、俺が最も嫌い、かつ最も利用価値のある「社会変革イベント」の一つでもある。
「うわぁ……。
なんか空に文字が出てますよ、マスター!
ランキング? リーダーボード? なんですか、これ?」
リンが窓にへばりついて騒いでいる。
田中も、雫も、乃愛も、それぞれが虚空に表示された自分の「順位」を確認し、驚きの声を上げている。
「落ち着け。
これはダンジョンシステムの一部が、拡張されただけだ。
全世界の探索者のデータを集計し、その『強さ』を数値化して順位付けする機能だ」
俺は冷静に解説する。
だが内心では、開発者(運営)に対して中指を立てていた。
(……このクソイベントが。
相変わらず、性格の悪いタイミングで実装しやがる)
このランキングシステム。
一見すると、自分の立ち位置が分かってモチベーションが上がる、良い機能に見える。
だが、その中身は腐っている。
最大の問題点は、その「評価基準」にある。
このランキングにおける「スコア」は、主に以下の要素で算出される。
1.レベル
2.装備のアイテムレベルと品質
3.攻撃力(物理・魔法)
4.最大ダメージ記録
5.討伐数
見ての通りだ。
「攻撃的な数値」が、あまりにも重く評価される仕様になっているのだ。
DPS(秒間火力)こそが正義。
一撃の威力が高い奴が偉い。
そんな「脳筋至上主義」が、システムによって正当化される。
逆に言えば「防御力」や、「支援能力」、「生産能力」、「運搬能力」といったパラメータは、スコアにほとんど反映されない。
どんなに優秀なヒーラーでも、どんなに硬いタンクでも、攻撃力が低ければランキングは下がる。
これはダンジョン攻略の本質――「役割分担による相乗効果」を無視した、欠陥だらけの物差しだ。
「……まあ、まずは結果を見てみるか」
俺は手元のタブレットを操作し、リーダーボードの詳細データを表示させた。
まずは一番目立つ【ギルドランキング】からだ。
世界中のギルドの所属メンバーの合計スコアや、平均スコアを競う、組織の格付け。
その頂点に輝いていたのは――当然ながら、俺たちだった。
【第1位:アルカディア(JPN)】
スコア:5,890,000,000 pts
【第2位:リバティ・フロント(USA)】
スコア:1,120,000,000 pts
【第3位:スター・ストライプス(USA)】
スコア:980,000,000 pts
「……5倍か。
まあ、こんなもんだろ」
俺は鼻で笑った。
2位のアメリカ最大手ギルドに対し、ダブルスコアどころか、5倍の差をつけての圧勝だ。
驚くことじゃない。
昔、ゲーム内で「スコアアタック特化プレイ」をした時は、2位に20倍の差をつけたこともある。
それに比べれば、5倍なんて手加減している方だ。
「す、すごい……!
ぶっちぎりの1位ですよ、マスター!
アメリカのギルドも寄せ付けないなんて!」
リンが歓喜の声を上げる。
田中も誇らしげに胸を張っている。
「当然です。
私たちの装備は『理論値』で構成されていますから。
システム上の評価点がカンストに近い装備を全身に纏っていれば、レベル差など誤差の範囲で埋め尽くせます」
雫が冷静に分析する。
その通りだ。
俺が彼らに与えた装備はすべて、俺の【万象の創造】によってMODを厳選し、数値を最大化した特注品だ。
一般の探索者が「攻撃力+50」で喜んでいる横で、彼らは「攻撃力+500、かつ倍率+100%」の装備を使っている。
スコアが跳ね上がらないわけがない。
「さて、次は【個人ランキング】だ」
俺は画面をスクロールした。
ここもまた、異様な光景が広がっていた。
【第1位:Kanzaki Rin】
【第2位:Kisaragi Shizuku】
【第3位:Tanaka Kenji】
・
・
【第15位:Sato Hanako】
【第16位:John Smith(USA/リバティ・フロント)】
「……上位15位まで、ウチのメンバーで独占か。
壮観だな」
1位はリンだ。
彼女のSS級スキル【重なる凶星】はクリティカル判定を2回行い、ダメージを跳ね上げる。
この「最大ダメージ」が評価されるランキングにおいて、彼女の右に出る者はいない。
2位の雫も、INT特化による超火力魔法が高く評価されている。
防御特化の田中が3位に入っているのは意外かもしれないが、彼が持っている「反射ダメージ」や「カウンター攻撃力」が計算式に含まれているのだろう。
そして16位からようやく、アメリカのトッププレイヤーたちが顔を出す。
『覚醒の聖杯』を使ってドーピングした、米軍の精鋭たちだ。
彼らもまた通常の探索者とは一線を画す化け物だが、俺たちが与えた「理不尽な装備」の壁は越えられなかったようだ。
「30位くらいから、ようやくウチ以外の日本人が混ざってくるな。
自衛隊のエースや、企業ギルドの看板プレイヤーたちか」
正直、アルカディアの連中は「例外」扱いされているだろう。
SNSの反応を見ても、それは明らかだった。
『ランキング見たか? アルカディア、バグってね?』
『1位から15位まで全員アルカディアって、何だよwww チートだろ』
『アメリカの廃課金勢すら勝てないのか……』
『もはや神々の遊びだな。俺たちとは違うゲームやってる』
世間は俺たちを「別枠」として認識し始めている。
それはそれで心地よい。
絶対的な強者としてのブランドが確立された証拠だ。
◇
だが。
俺が懸念しているのは、俺たちの順位ではない。
もっと下――中堅層や下位層で起きている、地獄のような「格付け」の影響だ。
俺は【職業別ランキング】のタブを開いた。
戦士部門、盗賊部門、魔法使い部門……。
それぞれの職種ごとに順位が表示されている。
そして最も注目すべきは、「支援職(ヒーラー/バッファー)」のランキングだ。
案の定、悲惨なことになっていた。
『第1位:聖女 スコア:10,000,000』
『第2位:一般ヒーラーA スコア:500,000』
桁が違う。
いや、それ以前に、他の戦闘職のスコアと比べて、全体的に数値が低すぎるのだ。
戦士の100位くらいの奴がスコア5000万を出しているのに対し、ヒーラーのトップ層ですら数百万。
これはヒーラーが弱いわけではない。
「回復量」や「支援効果」が、ランキングのスコア計算において冷遇されているからだ。
「……やっぱりな。
修正されてないか、この仕様」
俺は舌打ちした。
ゲーム時代、プレイヤーたちが散々運営に文句を言った部分だ。
「サポート職の貢献度がスコアに反映されない!」
「これじゃ支援職やるやつがいなくなるぞ!」と。
だが運営は頑なに修正しなかった。
なぜなら、この「不公平感」こそがプレイヤー間の競争と、新たなガチャへの課金を煽るための装置だったからだ。
そして今、その悪意ある仕様が、現実世界に牙を剥く。
俺はSNSのトレンドワードを確認した。
そこには俺が予想していた通りの、いや予想以上に醜悪な言葉が並んでいた。
『#ギルドランキング』
『#寄生虫』
『#お荷物』
『#クビ』
……始まった。
【大追放時代】の幕開けだ。
企業ギルドの公式アカウントや、大手クランのリーダーたちがこぞって声明を出している。
『我がギルド「〇〇」は、ギルドランキング50位以内を目指すため、メンバーの再編を行います。スコア100万以下のメンバーは今月末をもって契約解除とさせていただきます』
『ランキング外の雑魚は要らない。精鋭のみ募集』
『ヒーラー募集(ただし攻撃魔法も使えること。スコア〇〇以上必須)』
企業ギルドにとって、このランキングは死活問題だ。
「ギルドランキング」は、そのまま企業の「ブランド力」であり、「株価」に直結する。
ランキング上位のギルドにはスポンサーが付き、優秀な人材が集まり、株価が上がる。
逆に下位のギルドは「弱小」「三流」の烙印を押され、資金繰りが悪化し、株価が暴落する。
だから彼らは必死になる。
ギルドの「平均スコア」を上げるために、何をするか?
簡単な算数だ。
「分子(強いメンバー)」を増やすか、「分母(弱いメンバー)」を減らすか。
手っ取り早いのは後者だ。
スコアの低い「お荷物」を切り捨てれば、平均値は劇的に向上する。
その「お荷物」としてターゲットにされるのが誰か?
そう。
システムに愛されなかった支援職や生産職、そして荷物持ち(ポーター)たちだ。
「お前のせいで、ギルドのランクが下がるんだよ!」
「寄生虫め! 攻撃力も無いくせに、報酬だけ一丁前に貰いやがって!」
「クビだ! 出ていけ!」
そんな罵倒が、今この瞬間も日本中のギルドハウスや酒場で響き渡っているはずだ。
彼らは知らないのだ。
その「寄生虫」と呼ばれた支援職が、実はパーティー全体のDPSを10倍、20倍に引き上げている縁の下の力持ちであることを。
あるいは、その「荷物持ち」がいるおかげで、長時間ダンジョンに潜り続けられていることを。
数値しか見えない馬鹿な経営者たちが、自らの手で「勝利の女神」を追い出している。
滑稽な喜劇だ。
「マスター。
ネットの雰囲気が最悪です……。
支援職の人たちが引退を示唆したり、絶望したりしています」
乃愛が悲痛な面持ちでタブレットを見つめる。
彼女自身も魔法使いだが、どちらかといえば支援や搦め手を得意とするタイプだ。
もしアルカディアにいなければ、彼女もまた「火力が足りない」と罵られていたかもしれない。
「放っておけ。
これは『選別』だ。
馬鹿なリーダーについていったツケを払っているだけだ」
俺は冷たく言い放った。
だが、その言葉とは裏腹に、俺の脳内では高速で計算が回っていた。
(……チャンスだな)
俺は内心でほくそ笑んだ。
市場には今、大量の「優秀な失業者」が溢れ出している。
彼らは能力があるのに、システムと無理解な上司のせいで評価されていない「割安株(バリュー株)」だ。
彼らを拾う。
二束三文で、いや、むしろ「拾ってください」と懇願される形で、最高の人材を手に入れる。
アルカディアには、彼らを活かせる環境(装備と俺の知識)がある。
彼らがウチに来れば、その能力は正しく開花し、以前のギルドなど足元にも及ばない戦力になるだろう。
「……だが、俺が直接動くのは芸がないな」
俺は少し考え、Xの投稿画面を開いた。
俺ができるのは、この狂った流れに一石を投じつつ、同時にアルカディアの「格」を見せつけることだ。
『@Takumi_Yashiro
ランキングが公開されたようだな。
アルカディアが1位なのは当然として……。
タイムラインを見ていると、随分と短絡的な「リストラ」が流行っているようじゃないか。
一つだけ忠告しておく。
このランキングのスコア計算式は「攻撃偏重」だ。
支援職や生産職の価値は、この数字には1ミリも反映されていない。
スコアが低いからといってヒーラーをクビにするリーダーは、
「エンジンの馬力だけ見て、タイヤとハンドルを捨てる」ようなものだ。
そんな車がまともに走れると思うか?
次のカーブ(高難易度ボス)で事故るのがオチだぞ。
まあ俺には関係ない話だがな。
ウチのギルドは「数値」じゃなく「実利」で評価する。
だからこそ最強なんだよ。』
送信。
これでいい。
俺の言葉は、追放された者たちにとっては救いとなり、追放した馬鹿どもにとっては耳の痛い警告となる。
そして「アルカディアなら正当に評価してくれる」という希望を植え付ける。
直後、リプライが殺到した。
『さすが八代さん! 分かってくれてる!』
『ウチのリーダーに読ませたいわ』
『でも現実は数字が全てなんだよなぁ……』
『アルカディアに入りたい……。支援職でも雇ってくれますか?』
「……フン。
入れ食い状態だな」
俺は満足げに頷いた。
これで下準備は完了だ。
「田中、リン、雫。
人事部の採用枠を拡大しておけ。
これから『宝の山』が、ウチの門を叩くことになるぞ」
「了解です!
いやぁ、また忙しくなりますね!」
田中の明るい声が、オフィスに響く。
俺は窓の外――ランキングのホログラムが浮かぶ空を見上げた。
その無機質な数字の羅列が、俺には「人材募集広告」にしか見えなかった。
済まないな、世界中のサポート職たちよ。
お前たちの不遇な時代は、俺が全て「利益」に変えさせてもらう。
それがこの残酷な世界での、唯一の救済なのだから。
最後までお付き合いいただき感謝します。
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