第29話 水面下の諜報戦争、あるいは安価な労働力への招待状
【黄金週間】の熱狂が過ぎ去り、東京の街は「治安論争」という新たな熱病に浮かされていた。
だが、表層的な喧騒の裏側でもっとドロドロとした、しかし静謐な「水面下の戦争」が始まっていることに気づいている人間は少ない。
港区ミッドタウン・タワー。
俺、八代匠はいつものようにマスターオフィスの窓から、足元に広がる交差点を無感情に見下ろしていた。
行き交う人々は豆粒のようだ。
だが俺の【鑑定】スキルは、その豆粒一つ一つに付与された「属性」を残酷なまでに鮮明に暴き立てる。
交差点の信号待ちをしている観光客風の男女。
――『所属:亜州連盟・国家安全部(MSS)』。
カフェのテラス席で英字新聞を読んでいるビジネスマン。
――『所属:欧州対外行動局(EEAS)・情報分析官』。
ビルの清掃員に扮して搬入口付近をうろついている男。
――『所属:某国軍事偵察局・工作員』。
「……湧いてきたな」
俺は淹れたてのコーヒーを一口啜り、溜息交じりに独りごちた。
まるで腐った肉に群がるハエだ。
先日までの「黄金ゴブリン」騒動で、日本のダンジョンが持つ資源的価値が確定した。
さらに俺たち「アルカディア」が見せた異常な武力と装備。
これらが、指をくわえて見ていただけの諸外国の欲望に火をつけたのだ。
これは『ダンジョン・フロンティア』の歴史における、序盤の定番イベントだ。
【黎明期の諜報活動】。
日米同盟が先行して独占しているダンジョン利権に対し、蚊帳の外に置かれた国々が、なりふり構わず介入を始めるフェーズ。
まだ世界的なルールも定まっていないこの時期だからこそ、各国は無法な工作を仕掛けてくる。
机上のタブレット端末が振動する。
表示されたのはアメリカの「協力者(CIA極東支局)」からの暗号化されたレポートだ。
内容は予想通り。
『各国の諜報機関が東京に拠点を移動中。目的は日本のダンジョン技術の奪取、および有力探索者の引き抜き、または排除』。
同時に日本政府の内閣情報調査室からも、内密な接触があった。
『八代様、身辺にはくれぐれもご注意を。護衛を増やしますか?』という焦りに満ちた提案だ。
俺は鼻で笑った。
「護衛? 不要だ」
俺には「視えて」いる。
彼らがどこの誰で、今日どこに泊まり、どんな指令を受けているのか。
鑑定スキルという名の神の目は、スパイたちが命がけで隠蔽している身分を、哀れなほど無力化してしまう。
俺にとっては彼らは脅威ですらない。
単なる「歩く情報源」だ。
俺はタブレットを操作し、今朝見つけたばかりの工作員たちのリスト(顔写真と現在地付き)を政府の担当者に適当に転送した。
メッセージは一言だけ。
『掃除はお任せします』。
これでいい。
俺が手を汚すまでもない。
俺がすべきことは、この「諜報活動」の裏で進行している、もっと大きな、そして俺の財布に直結する「本命のイベント」に対処することだ。
◇
数日後。
俺は永田町の議員会館にある大会議室にいた。
「ダンジョン政策に関する有識者会議」。
仰々しい名前がついているが、要するに政府が何かを決める際、責任を分散させるために開くガス抜きのような場だ。
円卓を囲むのは警察庁、防衛省、経産省の官僚たち。
そして財界の重鎮や学者の先生方。
俺は「現場の最高権威」として、上座に近い席に座らされていた。
今日の議題は一つ。
【外国人に対するダンジョン探索権の開放】についてだ。
「断固反対だ! 時期尚早にも程がある!」
警察庁出身の委員が顔を真っ赤にして机を叩いた。
「ただでさえ国内の探索者の管理で手一杯なんだぞ!
そこに外国人を入れろだと?
どこの馬の骨とも知れん連中に武器を持たせて、東京の地下を歩かせるつもりか!
スパイやテロリストが紛れ込んだら、どう責任を取るんだ!」
正論だ。
治安維持の観点からすれば、鎖国こそが正義だ。
だが、その正論に対し経済界の代表が冷ややかに反論する。
「ではエネルギー問題はどうするのですか?
魔石の国内需要は右肩上がりだ。だが供給が全く追いついていない。
日本人の探索者は慎重すぎる。危険なダンジョンには潜りたがらないし、3K労働のような魔石採掘を嫌がる若者も多い。
このままでは資源国でありながら、エネルギー危機に陥るぞ!」
これもまた正論だ。
そして、この「開国圧力」の背後には、スパイたちを使った各国の工作活動がある。
『日本はダンジョンを独占するな』『人類共通の財産を開放せよ』という国際世論(外圧)を作り出し、無理やりこじ開けようとしているのだ。
ゲームなら、ここは分岐点だ。
プレイヤーが介入して「鎖国」を貫くこともできるし、逆にスパイと結託して「開国」を早めることもできる。
どちらを選んでもストーリーは進む。
だが「経営者(八代匠)」としての視点で見た時、答えは明白だった。
(……どっちでもいいが、止める理由がないな)
俺は腕を組み、退屈そうに天井を見上げた。
遅かれ早かれダンジョンは開放される。
インターネットが国境を越えたように、ダンジョンという巨大なリソースを一つの国だけで抱え込むことは不可能だ。
何より今の日本には、決定的に足りないものがある。
「労働力」だ。
俺たち「アルカディア」のようなトップ層は、深層でレアアイテムや高純度の魔石を狙う。
だが産業の裾野を支えるのは、F級やE級といった浅い階層で産出される大量の低品質魔石だ。
これがないと魔導家電も動かないし、インフラも維持できない。
しかし平和ボケした日本人は、わざわざ命を懸けてまで安い魔石を拾いに行こうとはしない。
リスクとリターンが釣り合わないからだ。
結果、浅い階層の資源が放置され、機会損失を生んでいる。
そこにハングリー精神旺盛な外国人労働者を投入したら、どうなるか?
彼らは母国の家族に仕送りをするため、あるいはジャパニーズ・ドリームを掴むため、喜んでゴブリンを狩り、魔石を掘るだろう。
安価でタフで大量の労働力。
それが手に入るなら、スパイが数匹紛れ込むリスクなど、必要経費の範囲内だ。
「……八代さん。八代さんはどうお考えですか?」
議論が膠着し、議長が助けを求めるように俺に話を振ってきた。
室内の視線が一斉に俺に集まる。
この国のダンジョン政策の行方が、俺の一言に委ねられた瞬間だ。
俺はゆっくりとマイクを引き寄せ、気怠げに口を開いた。
「専門家として言わせてもらえば……結論はシンプルです。
『管理できるなら、入れればいいんじゃないですか?』」
会場がどよめいた。
反対派の委員が目を剥く。
「なっ……! 八代君、君は現場の人間だろう!
外国人が増えればトラブルが増える。君たちのギルドにとっても迷惑なはずだ!」
「迷惑? いいえ。
むしろ『人手不足』の方が迷惑です」
俺は淡々と切り返した。
「現在、浅層の魔石回収率は50%を切っています。
宝の山を放置して腐らせているのが現状だ。
日本人がやらないなら、やりたい人間にやらせる。
それが経済の理屈でしょう」
「しかし治安が……反乱分子が入ってきたら……」
「それは政府の仕事だ。
入国審査を厳格化し、GPSで行動管理をし、違反者は即刻強制送還する。
日本もアメリカもガチガチの管理国家じゃないでしょう。
人の流れを堰き止めるより、濁流ごと飲み込んで、そのエネルギーを自国の発電機に回した方が得だ」
俺は周囲を見渡した。
「それにスパイを恐れて鎖国したところで、彼らはどうせ入ってきますよ。
裏口からコソコソ入られるくらいなら、正面玄関を開けて、堂々と入場料と税金を搾り取った方が健全だ。
……違いますか?」
経済界の委員たちが、我が意を得たりとばかりに深く頷く。
反対派も、現場のカリスマである俺に「管理すればいい」と言われては、反論の言葉を失った。
流れは決まった。
日本は「開国」する。
だがこれはゴールではない。
これから世界中の有象無象がなだれ込み、日本のダンジョンはさらに混沌とした「無法地帯」へと近づいていくだろう。
会議終了後。
俺は議員会館を出て、迎えの車に乗り込んだ。
シートに深く身を沈め、ネクタイを緩める。
「……マスター。お疲れ様でした。
どうなりました?」
運転席のリンが、バックミラー越しに聞いてくる。
「開国だ。
早ければ来月には、外国人向けの臨時ライセンスが発行されるだろうな」
「うわぁ……。ダンジョン、混みそうですね」
「混むさ。だが客が増えるのは悪いことじゃない」
俺はスマホを取り出し、ギルドの資産管理アプリを開いた。
労働者が増えれば魔石の流通量が増える。
魔石が増えれば素材価格が下がり、俺のクラフト事業の利益率は跳ね上がる。
さらに金を持った外国人探索者が増えれば、俺が作った型落ちの装備が高値で売れる。
スパイ? 工作員?
好きにすればいい。
彼らがどれだけ情報を盗もうと、俺の頭の中にある「未来の知識」と「鑑定スキル」だけは盗めない。
むしろ彼らが必死に日本のダンジョンを開拓してくれるなら、俺はその成果(マップや資源)を後から悠々と回収するだけだ。
「正直、どうでもいいんだよな。誰が入ってこようが」
俺が最強であるという事実は揺らがない。
これから始まるのは、黎明期特有の爆発的な拡大と混乱だ。
俺は窓の外を流れる東京の夜景を見つめた。
無数の光の一つ一つが、これから俺のために働く「労働力」に見えて、俺は微かに口元を歪めた。
最後までお付き合いいただき感謝します。
もし「続きが読みたい」「ざまぁが見たい」と思われた方は、ページ下部よりブックマークと評価をお願いします。
アメ横の闇市よりも、政府の買取よりも、なろう読者の皆さまの「いいね」こそが、最も信頼できる通貨です。
↓↓↓ 応援、ここでお待ちしています ↓↓↓




