表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/125

第20話 魔素という名の毒、そして投資家としての慈悲

 ダンジョンゲートが世界に出現してから三ヶ月。

 季節は冬を迎えようとしていた。


 世間は相変わらず「ダンジョンブーム」に沸いている。

 俺が仕掛けた「ステータスアップによる自己投資」という甘い蜜に群がり、週末になればF級ダンジョンの入り口には長蛇の列ができる。

 アメ横の闇市は活況を呈し、C級ダンジョンを攻略した俺たち「アルカディア」の名声は天井知らずだ。


 だが。

 光が強ければ、影もまた濃くなる。


 俺、八代匠は港区のオフィスの窓から、寒空の下を行き交う人々を見下ろしていた。

 彼らは知らない。

 この世界に、ダンジョンと共に「目に見えない災厄」がばら撒かれていることを。


『環境魔素不適合症』。


 それが、その病の名前だ。

 ダンジョンゲートが開いたあの日から、地球の大気中には「魔素マナ」と呼ばれる未知のエネルギー粒子が微量に混入した。

 99.9%の人間にとって、それは何の影響もない、ただの空気の成分だ。

 むしろ適正のある者にとっては、活力を与えてくれる恩恵ですらある。


 だが、ごく稀に。

 数万人に一人、あるいは数十万人に一人という確率で、この魔素に対して過剰な拒絶反応を示す体質の人間が存在する。


 彼らの免疫系は、吸い込んだ魔素を「致死性のウイルス」と誤認して暴走する。

 高熱、全身の激痛、臓器の機能不全。

 そして最終的には、体内の魔力回路が焼き切れ、内側から崩壊して死に至る。


 発症すれば余命は半年。

 長くても一年。

 現代医学の薬は効かない。

 抗生物質もステロイドも意味をなさない。

 なぜなら原因はウイルスでも細菌でもなく、「世界そのものの変化」だからだ。


『ダンジョン・フロンティア(ダンフロ)』のシナリオにおいて、これは避けられない「負のイベント」として描かれていた。

 10年後の未来においてさえ、年間100人以上の死者を出し続ける不治の病。

 これを治療、あるいは延命するためには、魔導工学と現代医療を融合させた特殊な透析装置による「魔素除去治療」を続けなければならない。


 その費用は、政府の支援があったとしても月額1000万円。

 年間1億2000万円。

 それを一生続けなければならない。


 一般家庭に払える額ではない。

 家を売り、借金をし、それでも足りずに愛する家族が衰弱していくのを、ただ見守るしかない……。

 そんな地獄が、これから日本中で静かに幕を開ける。


「……嫌なイベントだ。スキップしたいが、現実は非情だな」


 俺はデスクに置かれた一枚の資料を手に取った。

 政府から非公式に共有された「原因不明の多臓器不全患者」に関するレポートだ。

 まだ病名すらついていない。

 だが、その症状の記述は、俺の知る『環境魔素不適合症』そのものだった。


「どうしますか、リーダー?」


 背後から沈痛な面持ちで、乃愛ウィズが声をかけてきた。

 彼女もまた、高いINTによる情報収集能力で、この奇病の噂を耳にしていたようだ。


「……どうするも、こうも、放っておけば死ぬだけだ」


 俺は淡々と答えた。


「見捨てるんですか?」


「俺は医者じゃない。神様でもない。

 それに、まだ治療法も確立されていないこの段階で、俺たちができることなんて限られている」


 俺は言葉を切った。

 乃愛の表情が曇る。

 彼女は優しい。

 だからこそ、この理不尽な現実が許せないのだろう。


 だが、俺が見ているのは「かわいそうだから助けたい」という感情論ではない。

 もっと先にある、冷徹なまでの「損得勘定」だ。


 この病には、ある一つの「裏設定」がある。

 それはゲーマーの間では常識だが、この世界の人々は誰も知らない真実だ。


『環境魔素不適合症』の生存者は、100%の確率でSSS級ユニークスキルに目覚める。


 理由は単純だ。

 魔素という猛毒に侵され、それに抵抗し続け、死の淵から生還した肉体は、結果として「魔素に対して異常なまでの適応進化」を遂げるからだ。

 毒を薬に変えるほどの変異。

 それは凡人がどれだけ努力しても手に入れられない、「選ばれし者」だけの才能となる。


 彼らが手にするスキルは、通称「ティア0(ゼロ)」と呼ばれるバランスブレイカー級のものばかりだ。

 例えば:

『確定クリティカル(乱数固定)』:確率に関係なく、常に最大ダメージを叩き出す。

『魔力無限炉心』:MPが減らない。枯渇しない。

『因果逆転』:結果を先に決定してから行動する。


 10年後のシナリオにおいて、世界を救うSSS級探索者はわずか20人。

 そのうちの何人かは、この病を乗り越えたサバイバーだ。

 つまりこの病気は「死の宣告」であると同時に、「英雄への招待状」でもあるのだ。


「……見捨てるなんて言ってないぞ、乃愛」


 俺は資料をデスクに放り投げた。


「俺は投資家だ。

 将来、莫大な利益を生む可能性がある『原石』が、みすみす死んでいくのを指をくわえて見ているほど馬鹿じゃない」


「え?」


「行くぞ。霞が関だ。

 政府の連中に、俺の金の使い道を教えてやる」


 ◇


 内閣府特別応接室。

 部屋の空気は重かった。

 佐伯は、いつも以上に疲れた顔でソファに座っていた。


「……まさか、君の方からこの件に触れてくるとはな」


 佐伯が手元のファイルを指差した。

 そこには都内の病院で確認された数名の重篤患者のデータがある。

 まだ子供ばかりだ。

 魔素の影響は、体の小さい子供に顕著に出る。


「『原因不明の奇病』。政府はそう発表するつもりですか?」


 俺は聞いた。


「パニックを避けるためには、それしかない。

 専門家の意見では、大気中の未知の粒子……君たちの言う『魔素』が原因である可能性が高いそうだ。

 だが治療法がない。

 既存の透析装置ではフィルターが目詰まりを起こす。

 魔石を触媒にした新型の装置が必要だが……開発には数千億円規模の予算と、数年の時間がかかる」


 佐伯は苦渋の表情で首を振った。


「予算が降りないんだ。

 たかが数人数十人の『珍しい病気』のために、国家予算を傾けるわけにはいかない。

 財務省が首を縦に振らんよ」


 これが現実だ。

 政治とは数の論理だ。

 1000万人のインフルエンザ対策には金が出るが、10人の難病には出ない。

 その10人が将来世界を救う英雄になる可能性があったとしても、今の彼らにとっては「ただの死にかけの子供」でしかない。


「金がないなら、出しましょう」


 俺は言った。


「……は?」


 佐伯が顔を上げた。


「金ならある。

 魔石取引などで得た利益や、これから入る予定の装備売上の余剰金。

 ざっと100億円。

 これを寄付します」


「100億……!?

 君、正気か? 桁を間違えていないか?」


 佐伯の声が裏返った。

 無理もない。

 一介の民間人がぽんと出す金額ではない。


「正気ですよ。

 ただし条件があります。

 この金を『魔素不適合症対策・特別医療ファンド』として運用すること。

 そして政府主導で早急に『魔石式・魔素除去透析装置』の開発と、専門病棟の設立を行うこと。

 私の出した100億を呼び水にして、国としても同額以上の予算をつけてください」


 俺は佐伯の目を真っ直ぐに見据えた。


「これは『医療ルート』の早期解禁フラグです、佐伯さん。

 今、この病気を見捨てれば、日本は将来、取り返しのつかない損失を被ることになる。

 逆に今ここで手を打てば、日本は世界最先端の『魔導医療国家』になれる」


「損失とは……人材のことか?」


「ええ。

 この病にかかる人間は、魔素に対する感受性が極めて高い。

 生き延びれば、間違いなく強力な探索者(戦力)になります。

 彼らを死なせるのは、国益に反する」


 俺は、もっともらしい嘘(いや半分は真実だが)を並べ立てた。

「人命尊重」なんてお題目よりも、「国益」「戦力」と言ったほうが政治家は動きやすい。


 佐伯は長い沈黙の後、深く息を吐いた。


「……君という男は、どこまで見えているんだ」


「少し先の未来が見えているだけですよ」


「分かった。

 君がそこまで腹を括るなら、私も政治生命を賭けよう。

 財務省と厚労省をねじ伏せて、特別プロジェクトを発足させる。

 100億の寄付金、確かに預かった」


「感謝します。

 ああ、それと……寄付者の名前は匿名でお願いします。

 『売名行為だ』とか騒がれるのは面倒ですから」


「……君は本当に……」


 佐伯の目には、俺が「無私の英雄」のように映っているのかもしれない。

 だが、その評価は大きな間違いだ。


 俺は心の中で舌を出していた。

 100億? 安いものだ。

 もしこれでSSS級探索者を一人でも囲い込めるなら、バーゲンセールもいいところだ。


 通常、SSS級を仲間にするためには、どんなイベントをクリアし、どんなレアアイテムを捧げなければならないか。

 それを考えれば、金で解決できるなら喜んで払う。

 これは寄付ではない。

 10年後の最強パーティーを編成するための「先行投資(ガチャ代)」だ。


 それに匿名にしたのは謙遜ではない。

 将来、彼らが回復した時に「あの時助けてくれた足長おじさん」として恩を売り、独占契約を結ぶための布石だ。

 公表してしまえば、他の企業やギルドにハイエナされる可能性があるからな。


「……フフッ」


 俺は自然とこみ上げる笑いを堪えた。

 傍から見れば、慈愛に満ちた微笑みに見えただろうか。

 それとも、悪だくみをする商人の顔だっただろうか。


 ◇


 オフィスへの帰り道。

 ハイヤーの中で乃愛が潤んだ瞳で俺を見ていた。


「リーダー……私、誤解していました」


「ん?」


「リーダーがお金にうるさいのは、自分のためじゃなかったんですね。

 こうして苦しんでいる人たちを助けるために必死で稼いで……。

 しかも100億円もポンと出して、名前も明かさないなんて……!」


「……」


「私、感動しました!

 リーダーは本当のヒーローです!」


 乃愛が手を握りしめてくる。

 その純粋な尊敬の眼差しが少し痛い。

 いや、痛くはないが、くすぐったい。


「……買い被りだ、乃愛。

 俺はただ将来の人材確保のために動いただけだ。

 あれは必要経費だ」


「もう、またそうやって照れ隠しを!

 そういう不器用なところも、リーダーらしいですけど!」


 完全に「いい人フィルター」がかかってしまっている。

 何を言っても「照れ隠し」と解釈されるモードだ。


「まあ、いいか」


 俺は窓の外を眺めた。

 これで医療ルートのフラグは立った。

 数ヶ月後には最初の専門病棟が完成し、子供たちへの延命治療が始まるだろう。


 その中には必ずいるはずだ。

 未来の「剣聖」や「大魔導師」の幼体が。

 彼らが治療を終え、その才能を開花させた時――一番最初に手を差し伸べるのは俺だ。


「……待ってろよ、SSS級たち。

 お前らの命は、俺が買った」


 俺の呟きは、ハイヤーのエンジン音に消えた。

 隣で乃愛がスマホで「八代匠 かっこいい」とか検索しているのが視界に入ったが、見なかったことにした。


 世間は俺を冷徹なギルドマスターだと思うだろう。

 あるいは、今回の一件を知る者は聖人君子だと思うだろう。

 どちらも正解で、どちらも間違いだ。


 俺はただの「プレイヤー」だ。

 このクソッタレな世界ゲームを完全攻略するために、使える手札は全て使う。

 金も、政治も、そして人の命さえも。


「さて、人助け(投資)も終わったことだし。

 次は自分の強化だ」


 俺は気持ちを切り替えた。

 C級ダンジョンでの素材集め。

 理論値装備の作成。

 やるべきことは山積みだ。


 魔素という毒が世界を蝕んでも、俺たちの歩みは止まらない。

 むしろ、その毒すらも喰らって糧にしてやる。

 それが『ダンジョン・フロンティア』というゲームの、唯一の攻略法なのだから。

最後までお付き合いいただき感謝します。




もし「続きが読みたい」「ざまぁが見たい」と思われた方は、ページ下部よりブックマークと評価をお願いします。




アメ横の闇市よりも、政府の買取よりも、なろう読者の皆さまの「いいね」こそが、最も信頼できる通貨です。




↓↓↓ 応援、ここでお待ちしています ↓↓↓

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
 私は他の転生者についてはどちらでもいいかなぁ、KAMIなら他の並行世界にばら撒きそうだから記憶処理して一つの世界に一つみたいにしていそう、2人以上いる場合は魔王と勇者がいる世界でなぜか兄弟だったり一…
他のゲーム転生者が出てきたら、「今更!?」って、ツッコミますよ(笑)   もし出てきたとして、ダンジョン発生から3ヶ月も経ってるのに『八代匠は、オレが考えたダンジョン攻略を盗んだ犯罪者だ!』とか、脳…
マイナーなゲームかもしれませんが、他にもプレーしていた人がいるはずです。そんな人たちからの干渉をどうするのですか?自分でギルドを立ち上げて、主人公に立ちはだかるのか、または日和って主人公に近づくのか。…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ