第16話 美食家の誤算と霜降りの晩餐
港区ミッドタウン・タワー。
ギルド「アルカディア」のオフィスには、今日も今日とて、香ばしいコーヒーの香りが漂っている……はずだった。
だが今、この空間を支配しているのは、もっと野性的で脂っこい、肉の焼ける匂いと、メンバーたちの喧騒だった。
「うおおお! リーダー! これマジですか!? オークの肉って食えるんですか!?」
「いや動画でやってましたよ! 『配信者ゴローのダンジョン飯』! 食ったら筋力が上がったって!」
「私も見ました。なんか生で齧り付いてましたけど……うげぇ」
リビングエリアの大型モニターには、一人の屈強な男が、緑色の皮膚をしたオークの腕肉を豪快に焼いて食らう動画が流されている。
再生数は数百万回。
コメント欄は、『美味そう!』『これで俺も強くなれる!』『いや衛生的にどうなの?』という賛否両論の嵐で埋め尽くされていた。
俺、八代匠はデスクで頬杖をつきながら、その様子を冷めた目で見つめていた。
「……平和だな、お前ら」
「平和じゃないですよ、リーダー! これ革命ですよ!」
リンが詰め寄ってくる。
「モンスターを食えばステータスが上がる! これ本当なら、魔石買うよりコスパいいじゃないですか!
アメ横でも、オークの串焼きが飛ぶように売れてるって聞きましたよ!」
「あー、はいはい。ステータスね」
俺は嘆息した。
ダンフロ黎明期あるあるイベント、その3――『ゲテモノ食いブーム』の到来だ。
発端はこの動画の配信者「ゴロー」だ。
彼は動画の中でオーク肉を完食した後、ステータス画面を見せて、「筋力が1上がった!」と歓喜してみせた。
数字は嘘をつかない。
視聴者は信じた。
「モンスターの肉には魔力が宿っている。食えば強くなる」と。
結果どうなったか。
今、日本中の食卓や屋台に、得体の知れないモンスター肉が並び始めている。
政府や厚労省は「食品衛生法上の『食肉』に該当しない!」「寄生虫のリスクが!」と叫んでいるが、強くなりたい探索者たちの食欲は止められない。
「結論から言うぞ。……食ってもステータスは上がらん」
俺は断言した。
「えっ? でも動画では……」
「あれは『肉』の効果じゃない。あいつ自身の『スキル』の効果だ」
俺はリモコンを操作し、動画を一時停止させた。
ゴローの顔を拡大する。
「こいつのユニークスキルは【暴食】。
『対象を捕食することで、その能力の一部を取り込む』というレアユニークスキルを持ってるんだよ。
だからこいつは、オークだろうがスライムだろうが、食えば強くなる。
だが、スキルを持っていない凡人が同じことをしても、ただ腹が膨れるだけだ」
「な、なんだぁ……詐欺じゃないですか」
田中ががっくりと肩を落とす。
「詐欺ではないな。
本人は『食ったら上がった』事実を言ってるだけだし、スキルに無自覚なだけだろう。
まあ視聴者が勝手に勘違いして、勝手に腹を壊す分には自己責任だ」
「じゃあ食べる意味ないんですね。……はぁ、オークのステーキ、ちょっと楽しみにしてたのに」
リンが残念そうに唇を尖らせる。
俺はニヤリと笑った。
「誰が『食べる意味がない』と言った?」
「え?」
「ステータスは上がらない。
だがな、リン。
『毒』じゃないんだよ」
俺は立ち上がり、ホワイトボードに書き込んだ。
「ダンジョンのモンスターは、死亡すると魔素に分解されて消えるのが基本だ。
だが一部の強力な個体や、特定の部位は『素材』として残る。
この肉塊は魔力によって構成されているため、地上の生物のような病原菌や寄生虫は(基本的には)存在しない。
つまり衛生的に見れば、アメ横の怪しい焼き鳥よりもよほどクリーンだ」
「へぇ、そうなんですか。じゃあ食べてもお腹壊さない?」
ウィズこと乃愛が眼鏡を押し上げて尋ねる。
「ああ。オーク肉も食える。
だがオークは筋肉質すぎて硬いし、獣臭い。
食えなくはないが、美味くはない。
あんなゴムみたいな肉を、ありがたがって食ってる連中は、味覚がどうかしてる」
俺はバツ印をつけた。
そして、その横に花丸を描く。
「だがな、ダンジョンには『例外』がいる。
魔力をたっぷりと蓄え、極上の脂身を持ち、地上のどんな高級食材をも凌駕する――『美食モンスター』がな」
俺の言葉に、リンの目が輝きを取り戻した。
田中の喉が、ゴクリと鳴る。
「り、リーダー。それはどこに……?」
「C級ダンジョンだ」
俺は宣言した。
「ちょうど攻略を始めようと思っていたところだ。
レベル25の壁を突破し、次のステージへ進む。
そのついでに、今夜の晩飯を狩りに行くぞ。
本当の『ダンジョン飯』ってやつを教えてやる」
◇
場所は変わり、東京都八王子市、高尾山エリア。
ここに発生したゲートは、都内でも数少ない「C級ダンジョン」の一つだ。
内部は、鬱蒼とした原生林が広がる「森林フィールド」。
F級やD級の洞窟タイプとは違い、ここは空があり、川が流れている。
もちろん偽物の空であり、作られた川だが、その空気感は本物の大自然そのものだ。
「うわぁ……マイナスイオンすごいです」
乃愛が深呼吸をする。
「油断するなよ。ここはC級だ。敵の強さが跳ね上がる」
俺は二本の剣を抜き放ち、周囲を警戒した。
C級ダンジョン「迷わずの森」。
推奨レベル30~。
俺たちのレベル25では適正以下だが、装備の質でカバーできる。
「ギャオオオン!」
茂みから飛び出してきたのは、体長三メートルはある巨大な狼「ダイアウルフ」の群れだ。
牙からは涎を垂らし、鋭い爪が地面を抉る。
「敵襲! 数は6!」
「任せてください!」
リンが影のように疾走した。
『清純の光輪』のオーラが彼女を守り、狼の吐く氷のブレスを無効化する。
そして懐に入り込み、『混沌の血脈』を装備したダガーを一閃。
ズバッ!
二重の衝撃音が響く。
【重なる凶星】による真・クリティカル。
さらにカオスダメージが物理耐性を貫通し、巨狼の首がバターのように切断された。
「硬いけど、通ります!」
「よし。田中、前線を維持しろ! 乃愛、後ろから援護だ!」
「了解です! 【マナ・バースト】!」
乃愛が杖を掲げる。
彼女の体表にはエナジーシールドが展開され、さらに被弾してもマナで受ける【MoM】構成により、狼の噛みつきを受けてもビクともしない。
棒立ちのまま、ガトリングガンのような速度で火球を連射し、狼たちを焼き払っていく。
強い。
俺が指示を出すまでもなく、彼らは蹂躙していく。
「ドロップ回収。先へ急ぐぞ。
目当ての獲物は、この森の奥にある『清流エリア』にいる」
俺たちは森を抜け、川沿いを進んだ。
水は透き通るように美しく、川底の石が見える。
そして、その川岸に、のっそりと現れた影があった。
それは一頭の猪だった。
だが、ただの猪ではない。
体長は軽自動車ほどもあり、その毛並みは大理石のように白く輝いている。
歩くたびに、たぷんたぷんと全身の肉が揺れる。
「出たな……D級・C級のレアモンスター、『霜降りボア(マーブル・ボア)』だ」
俺は声を潜めた。
「え、あれが? なんか弱そうですけど……」
「戦闘力は低い。
だが逃げ足が速い。
そして何より、あいつの肉は全身がA5ランクの和牛以上の『超・霜降り』だ。
魔力によって融点が極限まで下げられた脂身は、口に入れた瞬間に溶ける。
市場価値?
まだ出回ってないが、一頭で数百万円は下らないだろうな」
「す、数百万の肉……!」
田中の目が血走った。
リンが口元を拭った。
「やるぞ。逃がすな。
肉を傷つけないように、魔法は禁止だ。
リン、首を一撃で落とせ」
「ラジャ!」
狩りは一瞬だった。
食欲という名のバフがかかったリンの速度は、音速を超えていたかもしれない。
気づいた時には、霜降りボアは首を落とされ、その巨体がズシンと地面に沈んでいた。
「解体は俺がやる。素人がやると脂が溶けるからな」
俺は『万象の創造』スキルを応用し、ナイフ一本で鮮やかに解体を行った。
皮を剥ぎ、内臓を分け、ロース、バラ、モモへと切り分けていく。
断面は、まさに芸術品のようなピンク色のサシが入っている。
美しい。
「……大量だな。100キロはあるぞ」
俺は極上の部位を、アイテムボックスに収納した。
残りは……まあ持って帰って、政府の役人にでも送りつけてやるか。
「これが安全な食肉だ。分析してみろ」というメッセージを添えて。
◇
その夜。
港区オフィスのテラス。
夜景を一望できるこの場所で、緊急焼肉パーティーが開催された。
ホットプレートの上で、厚切りの霜降りボア肉がジューシーな音を立てている。
脂が溶け出し、甘く香ばしい香りが夜風に乗って漂う。
「……いただきます!」
リンが待ちきれずに箸を伸ばし、焼きたての一切れを口に放り込んだ。
「ん……んんっ!?」
彼女の動きが止まった。
そして次の瞬間、目を見開き、頬を抑えて悶絶した。
「な、なにこれぇぇぇ!
溶けた! 噛んでないのに溶けた!
甘い! 脂がジュースみたい!」
「マジすか……俺も。……うおぉぉぉッ!
なんだこれ! 暴力的な美味さだ!」
田中が白飯をかきこむ。
乃愛も上品に一口食べて、眼鏡を曇らせながら震えている。
「美味しい……。信じられません。これ本当にモンスターのお肉ですか?
獣臭さが全くない……むしろ果物のような香りがします」
「魔力を含んだ脂身だからな。融点が低いんだ。
普通のオーク肉なんて、ゴム草履に思えるだろうよ」
俺もビール片手に肉をつまんだ。
うん、絶品だ。
前世(ゲーム内)ではテキストでしか味わえなかった味が、今こうして舌の上にある。
現実になったことの、数少ないメリットの一つだ。
「で、どうだリン。ステータスは上がったか?」
俺が意地悪く聞くと、リンはステータス画面を確認し、苦笑いした。
「……1ミリも上がってませんね。
HPも筋力も、そのままです」
「だろうな。
だが、どうだ?
『元気』は出ただろ?」
「はい! めちゃくちゃ出ました!
明日からも頑張ろうって気になります!」
「それが『食事』の本当の効果だ」
俺はビールを飲み干した。
「数字上のステータスなんて、装備やレベルでいくらでも盛れる。
だが心のステータス――士気を上げるのは、こういう美味い飯と仲間との時間だ。
アメ横で腐りかけのオーク肉を食って腹を壊してる連中と、
こうしてC級の極上肉を囲んで笑ってる俺たち。
どっちが『強い』かは、明白だろ?」
「リーダー……。なんかいいこと言ってる風ですけど、単に美味いもの食いたいだけですよね?」
「バレたか」
全員が笑った。
◇
翌日。
俺はブログ『八代匠のビルド・ラボ』を更新した。
タイトル:【食レポ】オーク肉を食うのは情弱。真の美食はC級にあり
記事には昨日撮影した霜降りボアの肉の断面写真(飯テロ画像)と、
厚労省の役人が泣いて喜びそうな「モンスター肉の安全リストと毒リスト」を添付した。
『ステータスアップ? そんな都市伝説を信じるな。
だが美味いものはある。
この「霜降りボア」の肉は、間違いなく世界最高峰の食材だ。
食いたければ強くなれ。
C級まで上がってこい。
アメ横の生ゴミで満足してるうちは、二流のままだぞ。』
この記事は瞬く間に拡散された。
「うわぁぁ美味そう!」
「これがC級の特権か……!」
「オーク食ってる場合じゃねえ!」
と、探索者たちの目標が「レベル上げ」から「グルメ」へとシフトした瞬間だった。
一方、政府の方も素早かった。
俺が送りつけたサンプル肉を分析した厚労省は、即座に「霜降りボア」を『特定安全ダンジョン食品』として認定。
さらに俺が提供した毒リストを元に、アメ横への取り締まりを強化した。
結果、謎の配信者ゴローの「オーク肉ブーム」は沈静化し、
代わりに「いつか霜降りボアを食う」という健全な野望が、探索者たちの間で定着することになった。
「ふむ、これでよし」
俺はオフィスで、政府から振り込まれた「情報提供料(今回は特別枠で弾まれた)」を確認し、満足げに頷いた。
毒ではないが、薬でもない。
ただ美味いだけの肉。
だが、それが人々の欲望を煽り、より高みへと駆り立てる原動力になる。
「さて、腹も満たされたことだし、次は……」
俺は倉庫の奥を見やった。
C級ダンジョン「迷わずの森」には、まだ秘密がある。
霜降りボアなど、前座に過ぎない。
あの森の深部、大木の根元に隠された「古代の宝物庫」。
次こそは、そこを暴きに行く番だ。
俺たちの「攻略」は、まだ始まったばかりだ。
最後までお付き合いいただき感謝します。
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