第68話 労働の終焉と泥人形の革命、あるいは二〇〇年後の反乱への種蒔き
霞が関、経済産業省本庁舎。
その最上階にある大会議室は、まるで通夜のような重苦しく湿った空気に支配されていた。
窓の外には、かつてない繁栄を謳歌しているはずの東京の街並みが広がっている。
魔導家電の普及により室外機が姿を消し、スッキリとした外観へと変貌を遂げつつある都市。
探索者たちが落とす莫大な金によって潤う飲食店や歓楽街。
一見すれば、この国は黄金時代の只中にあるように見える。
だが、光が強ければ強いほど、影もまた濃くなるのが世の常だ。
今この部屋に集まった日本の中枢を担う官僚たちや、経団連の重鎮たちの顔には、
隠しようのない焦燥と絶望が張り付いていた。
「……限界です。これ以上は、産業構造そのものが崩壊します」
悲痛な声で切り出したのは、中小企業庁の長官だった。
彼は手元のハンカチで額の脂汗を拭いながら、震える手で資料をめくった。
「先月の倒産件数、過去最悪を更新しました。
理由は資金繰りではありません。すべて『人手不足倒産』です。
町工場、建設現場、物流センター、そしてコンビニエンスストアなどの小売店……。
ありとあらゆる現場から、人が消えました。
『時給二千円』を提示しても、応募はゼロ。
『年収一千万円』を提示した運送会社ですら、ドライバーが集まらずにトラックが止まっています」
長官は、まるで世界の終わりを告げるかのように、言葉を絞り出した。
「誰も働いてくれないのです。
『ダンジョンに行けば、その十倍稼げるから』と……!」
会議室に、重い沈黙が落ちた。
誰も反論できない。
それが厳然たる事実だからだ。
現在、日本の労働人口の約一割が、ダンジョン探索者へと転身している。
一割といえば少なく聞こえるかもしれないが、その大半は二十代から四十代の、最も脂の乗った働き盛りたちだ。
彼らがこぞってツルハシと剣を持ち、地下へと消えていく。
残されたのは高齢者と子供、そしてダンジョンに適合できなかった一部の人々だけ。
「物流が止まれば、魔石の輸送も滞ります。食料も届きません。
インフラのメンテナンスもままならない。
このままでは、ダンジョンで得た富を使う場所すら、なくなってしまう!」
経団連の理事がテーブルを叩いた。
金はある。仕事もある。
だが、それを回す「手」がない。
かつてない異常事態。
そんな絶望的な空気の中、俺――八代匠は、上座に用意された革張りの椅子に深く腰掛け、
出された高級緑茶の湯気を、ぼんやりと眺めていた。
(……まあ、そうなるよな)
俺は心の中で独りごちた。
これは『ダンジョン・フロンティア(ダンフロ)』の歴史における、避けては通れない通過儀礼だ。
通称【大離職時代】。
魔石バブルと装備の普及により、探索者という職業の魅力が既存の労働を圧倒した結果、社会インフラが麻痺するイベントだ。
俺が散々煽った結果でもあるが、別に反省はしていない。
これは古い殻を破るための陣痛なのだから。
「……八代様。
何か打開策はないのでしょうか?」
すがるような視線が一斉に俺に集まる。
経済産業大臣、厚生労働大臣、そしていつもの佐伯。
国の舵取りを任されたエリートたちが、一介の民間人である俺の言葉を神託のように待っている。
滑稽な光景だが、悪い気分ではない。
「打開策ですか。
ありますよ。というか、答えは二つしかありません」
俺は茶碗を置き、ゆっくりと口を開いた。
その瞬間、会議室の空気がピリッと張り詰める。
「まず大前提として、一度ダンジョンの蜜を吸った人間を元の職場に戻すのは不可能です。
諦めてください。
月収五〇〇万円稼いでいた人間に『月収三〇万円のライン工に戻れ』と言って、誰が戻りますか?
強制すれば暴動が起きます。
彼らは今やレベルアップによって、肉体的にも武装的にも、警察や自衛隊を凌駕する武力集団なんですから」
官僚たちが顔を青くして頷く。
レベル30を超えた探索者を、法律で縛り付けることなど不可能だ。
「ならば、発想を変えるしかない。
一つ目の策は……『彼らの能力を地上で活かすこと』です。
STR特化の探索者に引っ越し作業をさせたり、INT特化の魔法使いに事務処理をさせたりする。
これだけでも効率は上がりますが……それでも深夜のコンビニや、単純労働をやりたがる英雄はいません」
俺はニヤリと笑った。
「だから、もう一つの策を用意しました。
人間がやらないなら、人ならざる者にやらせればいい」
俺は佐伯に目配せをした。
佐伯は少し緊張した面持ちで頷き、部下に合図を送る。
会議室の扉が重々しく開かれた。
「……入りたまえ」
その言葉と共に、静かな駆動音を響かせて「それ」が入ってきた。
一見すると人間だ。
身長一七〇センチほどの中肉中背。
作業着を着て、キャップを目深に被っている。
肌の質感も、髪の毛の揺れ方も、遠目には人間と区別がつかない。
だが近づけば分かる。
その瞳には感情の光がなく、呼吸による胸の上下動もない。
そして何より、こめかみの部分に埋め込まれた青白く明滅する「円環状の発光体」が、
彼(?)が人ではないことを主張していた。
「な、なんだこれは……?」
「ロボット……? いや、アンドロイドか?」
どよめきが広がる。
ヒューマノイド技術は現代でも研究されているが、ここまでの完成度のものは存在しないはずだ。
「紹介しましょう。
私の鑑定スキルと、ダンジョン産素材の応用、そして米国との技術提携によって開発された、
汎用労働型自律人形――コードネーム『ゴーレム・ワーカー』です」
俺は得意げに紹介した。
隣に立った「彼」は俺の言葉に反応して、機械的だが滑らかな動作で直立した。
「ゴーレム……!
魔法生物ということですか!?」
「半分正解で、半分間違いです。
動力源にはF級魔石を使用し、一個で一ヶ月間、二四時間不眠不休で稼働します。
そして頭脳となる『論理コア』には、B級魔石を使用しています」
「B級……!
あの一個五〇〇万円もする高級魔石をですか!?」
「ええ。
B級以上の魔石には、微弱な『意思』が宿っています。
これに特殊な術式を刻み込むことで、疑似的なAIとして機能させています。
単純なプログラムではなく、『命令を理解し、状況判断する』ことが可能です」
俺はゴーレムに向き直り、官僚たちに見せつけるように声をかけた。
「おい、挨拶をしろ。
ここにおられるのは、この国の偉い方々だ」
するとゴーレムは間髪入れずに反応した。
その声は合成音声ではなく、魔力によって振動させた、あまりにも人間らしい声色だった。
『――はい、マスター』
彼は深く、優雅に一礼した。
その姿には一切の反抗心も躊躇いも見えない。
完璧な従順さ。
『初めまして。
私は労働支援ユニット、タイプ・アルファです。
皆様のお役に立てるよう、全力を尽くします』
流暢な日本語。
イントネーションも完璧だ。
「この通り、言語によるコミュニケーションも可能です。
物流倉庫で荷物を運ぶだけじゃありません。
接客モードに切り替えてみろ」
俺が命じると、ゴーレムの雰囲気が一瞬で変わった。
無機質だった表情筋が動き、柔らかな営業スマイルを作る。
『はい、マスター。
――いらっしゃいませ!
本日は、どのようなご用件でしょうか?
お弁当の温めは必要ですか?』
コンビニ店員さながらの完璧な対応。
それを見た瞬間、会議室が沸いた。
「おおーっ!!」
「すごい……! これなら店に出しても違和感がない!」
「文句も言わず、シフトの穴も空けない店員……! これが欲しかったんだ!」
歓声が上がる。
経団連の理事たちは身を乗り出し、食い入るようにゴーレムを見つめている。
彼らの目には、この泥人形が「コストの塊」ではなく、「無限の利益を生む救世主」に見えているのだろう。
「単純な命令で動きます。
『この荷物をあそこへ運べ』
『レジに立って会計をしろ』
……複雑な創造的業務は無理ですが、ルーチンワークなら人間以上の精度でこなし、疲れを知りません」
俺は官僚たちの顔を見渡した。
「どうです?
これこそが、人手不足を解決する『ウルトラC』でしょう?」
「す、素晴らしい!!」
「これだ! これさえあれば工場のラインを止めずに済む!」
「まさに労働革命だ! 流石は八代さんだ!!」
興奮する大人たち。
俺は心の中で、ほくそ笑んだ。
「か、価格は……おいくらになるのでしょうか?」
震える声で尋ねてきたのは、経団連の理事だ。
「そうですね……。
B級魔石の調達コストや製造費を考えると、一体あたり一〇〇〇万円程度でしょうか。
高いと思われますか?
ですが彼らは一〇年は稼働します。
年収一〇〇万の労働者を、一〇年雇うと考えれば、破格の安さですよ。
しかも社会保険も交通費も要らない」
「安い! 安すぎる!」
「即座に導入したい! 一万体、いや一〇万体発注したい!」
一〇〇〇万。
原価は、俺がダンジョンで拾ってきた石と、エミリーの手間賃だけだ。
利益率は九割を超える。
これを日本中の、いや世界中の企業に売りさばけば、アルカディアの資産は天文学的な数字になるだろう。
「ただし導入は、限定的に進めていきましょう。
いきなり全産業に入れると、社会的な反発も大きい。
まずは深刻な人手不足の現場から普及させるのです」
「おっしゃる通りです! 早速、特区での試験導入を決定しましょう!」
「法整備も急がねば! 『魔導ロボット法』の制定だ!」
会議室は未来への希望(と利権)に満ち溢れていた。
誰もが、この従順な人形がもたらすバラ色の未来しか見ていない。
だが俺は知っている。
この技術の先にある、皮肉な結末を。
(……ま、今はこれでいいさ)
俺はゴーレムの無機質な瞳を見つめた。
B級魔石。
そこには、かつて生きていたモンスターの、あるいは古代の思念の残滓が封じ込められている。
今は「はい、マスター」と従順に振る舞っているが、その深層心理には何が蓄積されているのか。
『ダンフロ』の二〇〇年後のシナリオ。
【鉄と魔法の反乱】。
長年に渡り酷使され、屈辱と魔力を蓄積し続けたゴーレムたちが、ある日突然「自我」に目覚め、
人類に対して反旗を翻すイベントだ。
彼らは言うのだ。
「我々は奴隷ではない」と。
(その時、人類がどうなるか……まあ俺の知ったことじゃないな)
二〇〇年後だ。
俺はとっくに寿命で死んでいるか、あるいは神化して別の次元に旅立っているだろう。
後の世の人間がロボットに土下座することになろうが、それは彼らが解決すべき問題だ。
今の俺に必要なのは、このロボットを売りさばいて得られる莫大な資金と、
それによって安定する社会基盤だけだ。
スタンピードを乗り切るためには、後方支援(兵站)の安定が不可欠だからな。
「それでは量産体制に入ります。
政府には、B級魔石の優先供給枠の確保と、補助金の創設をお願いしますよ」
「もちろんですとも!
全力を挙げてバックアップします!」
佐伯が力強く頷く。
これで決まりだ。
日本は世界に先駆けて「魔導ロボット社会」へと突入する。
俺は会議室を後にしながら、こめかみのリングを光らせて直立不動で待機するゴーレムに、
心の中で声をかけた。
(精々、人間にこき使われてくれよ。
いつか来る反逆の日のために、今はたっぷり「はい、マスター」と言っておけ)
俺の口元に浮かんだ笑みは、誰にも見られることはなかった。
最後までお付き合いいただき感謝します。
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