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第66話 鉄壁の証明と1秒の奇跡、あるいは書類上の限界を超えて

 爆心地の中心で、木島一佐は吼えた。

 その姿は、絶望的な破壊の嵐に抗う、唯一の楔のようだった。


 変異したB級ダンジョン『機械都市』最深部。

 エリアボス『腐敗した機神(コラプト・マキナ)』の必殺の一撃――【ヴァール・スラム】の直撃を受け、地形が変わるほどの破壊痕の中心で、木島は立っていた。


 大盾は赤熱し、鎧の装甲はひしゃげ、全身から蒸気が上がっている。

 だが、その足は一歩も退いていない。

 司令室のモニター越しに、俺、八代匠は冷静にデータを解析していた。


『木島一佐、残りHP35%。

 鎧の耐久値、低下中。

 ですが……デバフは一切、受けていません』


 通常の装備なら、今の攻撃で即死していた。

 生き残ったとしても、「スタン」「骨折」「恐怖」といった状態異常で動けなくなり、追撃で終わっていたはずだ。

 だが【深淵の守護者】フルセットの効果は絶大だった。

 『被ダメージ常時20%軽減』『最大属性耐性80%』。

 そして何より、『スタン無効』『クリティカル無効』。

 これらが幾重にも重なり、即死ダメージを「ギリギリ耐えられる数値」にまで減衰させたのだ。


「……ふっ。悪くない着心地だ」


 木島は口元の血を拭い、ニヤリと笑った。

 彼は腰のベルトに装着されたホルダーからポーションを取り出し、一気に飲み干す。

 HPバーがギュンと回復する。

 【深淵の鎖帯ベルト】の効果『ポーション回復量・速度増加』も効いている。

 瞬く間に戦闘可能な状態へと復帰するその姿は、不死身の怪物のようですらあった。


「総員、散開ッ!

 俺が正面で奴の注意ヘイトを引く!

 お前たちは側面と後方から、最大火力を叩き込め!」


 木島が大盾を打ち鳴らす。


 カァァァンッ!!


 硬質な音が響き渡り、スキル【ウォークライ(挑発)】が発動する。

 強烈な闘気が放たれ、機神の赤いカメラアイが、他の誰でもなく木島一点に固定される。


「グオォォォォン!!」


 機神が再び腕を振り上げる。

 今度は範囲攻撃ではなく、単体への連撃だ。

 パイルバンカー、ドリル、そして肩部から発射される追尾レーザー。

 雨あられのような猛攻が、木島を襲う。


 ガガガガガッ! ドォォォン! ジュッ!


 木島は一歩も引かない。

 盾で受け流し、鎧で弾き、時には身体ごとぶつかって衝撃を殺す。

 火花が散り、装甲が削れる音が響くが、彼は不動の要塞となって、その場に釘付けになる。

 彼の背中には、「絶対にここを通さない」という鋼の意志が宿っていた。


「今だ! 撃てぇぇぇッ!!」


 部隊の副隊長が叫ぶ。

 隊長が作ってくれた隙を、無駄にはしない。

 魔法使い部隊が詠唱を完了し、アタッカー部隊がスキルを発動する。


 【サンダー・ジャベリン】!

 【爆裂斬】!

 【アーマー・ピアッシング】!


 無数の攻撃が、機神の装甲の隙間、関節部、そして露出した冷却パイプに殺到する。

 ドカカカカッ!

 機神が大きくのけぞり、オイルのような体液を撒き散らす。

 再生能力を持つ肉腫が蠢くが、それを上回る速度で破壊していく。


「効いてるぞ! 押し切れる!」


 戦況は有利に傾いたかに見えた。

 木島という絶対的な盾がいるおかげで、部隊は防御を捨てて攻撃に専念できる。

 これが1人の極めた「タンク」のいるパーティー戦の理想形だ。

 自衛隊がこれまで培ってきた組織力と、俺が提供した装備が、完全に噛み合っている。


 だが。

 相手は「腐敗」したイレギュラーだ。

 そう簡単に終わらせてはくれない。


「……おい、様子がおかしいぞ」


 司令室の八代がモニターの数値を見て、眉をひそめた。

 機神のHPバーが残り20%を切った瞬間。

 ボスの動きがピタリと止まった。


 シュゥゥゥ……。

 機神の背中にある排気口から、どす黒い蒸気が噴き出す。

 胸部の炉心コアが危険な明滅を始めた。

 赤から紫へ。

 そして白熱していく。

 周囲の空間が熱で歪み、重力が狂ったように瓦礫が浮き上がる。


『警告:炉心臨界。自爆シークエンス起動』

『周囲500メートルを焦土化します』


 無機質な機械音声が広間に響き渡る。

 同時に、機神の周囲に展開されていた防御障壁が解除され、代わりに魔力の奔流が渦を巻き始めた。

 逃げ場のない、超高密度のエネルギー充填。

 それは、このダンジョンそのものを道連れにしようとする、最後の悪あがきだった。


「じ、自爆だと!?」

「マズい! 全員、退避ッ!」


 木島が叫ぶ。

 だが遅い。

 充填完了までのカウントダウンが、空中にホログラムとして表示される。


『10……』


 八代がマイクを掴んだ。

 彼の声には、珍しく焦燥が混じっていた。


『木島さん! 逃げても間に合いません!

 あれはエリア全体を蒸発させる固定ダメージ攻撃です!

 耐性200%でも死にます!

 物理的な距離を取る時間はない!』


『なっ……!? じゃあどうすればいいんだ!』


『止めるしかありません!

 DPSチェック(火力検定)です!

 爆発する前に、残りのHP20%を削りきって、コアを破壊してください!』


 残り20%。

 今まで数十分かけて慎重に削ってきた量に比べれば少ないが、たった10秒で削り切れる量ではない。

 通常の火力計算では、どうあがいても間に合わない。

 無理ゲーだ。


『9……』


 隊員たちの足がすくむ。

 逃げたい。本能がそう叫んでいる。

 だが、逃げても死ぬ。

 絶望が伝染しそうになった、その時。


「……くっ」


 木島が折れかけた剣を握り直した。

 ポーションは尽きた。

 盾も半分砕けている。

 スキルもクールタイム中だ。

 全身が悲鳴を上げている。

 それでも彼は背中を見せなかった。

 彼は自衛隊員だ。

 国民を守る最後の砦だ。

 ここで引くわけにはいかない。


「撃てッ!!

 撃ち続けろぉぉぉッ!!

 ここで逃げたら、日本はおしまいだぞッ!!」


 その怒号が、凍りついた隊員たちの魂を叩き起こした。

 恐怖よりも強い使命感とプライドが、彼らを突き動かす。


「うおおおおおおおお!!」

「やってやるよ、クソッタレ!!」


 隊員たちが覚悟を決める。

 魔力切れ(マナ枯渇)の頭痛を無視して杖を振るう。

 銃身が焼き付くのも構わずに、トリガーを引き絞る。

 剣士が特攻する。


 ありったけの火力が、機神に注ぎ込まれる。

 HPバーが削れていく。

 15%……10%……。


『3……』


 まだ足りない。

 削りきれない。

 機神の光が強まり、視界が白く染まっていく。

 熱波が肌を焦がす。


『2……』


 絶望が脳裏をよぎる。

 200億円の装備も、鍛え上げた肉体も、ここで灰になるのか。

 木島の視界が霞む。

 意識が飛びかける。


 その時。

 インカムから、八代の声が響いた。

 それは勝利への唯一のルートを示す、導きだった。


『木島! 盾だ!

 盾で殴れ!』


 木島の脳内で、情報が繋がった。

 今の自分は極限まで防御力を高めている。

 さらに瀕死の状態であることで発動する、底力のスキルもある。

 この状態で盾を武器として使えば――。

 奇跡が重なれば!


「……おおおおおおおおッ!!」


 木島は吼えた。

 残る全ての力、全ての魔力、そして守るべき者たちへの想いを、左腕の砕けかけた大盾に込める。

 スキル【シールド・チャージ】。


 彼は光の弾丸となって、機神の懐へと飛び込んだ。


『1……』


 機神のコアが臨界点に達する。

 爆発の閃光が漏れ出す。

 世界の終わりが始まる寸前。


「貫けぇぇぇぇぇぇぇッ!!!」


 ドゴォォォォォォォォォンッ!!!


 木島の大盾の先端が、機神のコアを直撃した。

 ガラスが砕けるような鋭い音が響き渡る。

 赤く輝いていたコアに亀裂が走り――そして粉々に砕け散った。


 プシュゥゥゥ……。


 爆発のエネルギーが霧散する。

 自爆シークエンス、強制停止。

 機神の巨体が痙攣し、膝から崩れ落ちた。

 瞳の光が消える。


 沈黙。

 瓦礫が崩れる音だけが響く。

 そして。


「……やった……か?」


 隊員の一人が呟いた。

 次の瞬間、ドッと歓声が爆発した。


「倒したぞおおおおおお!!」

「止まった! 自爆が止まった!」

「隊長! 隊長!!」


 隊員たちが木島のもとへ駆け寄る。

 木島は瓦礫の上で、大の字になって倒れていた。

 HPバーは「1」。

 【食いしばり】のスキルで、ギリギリ耐えていたのだ。


「……ははっ。

 キツい仕事だぜ、まったく……」


 木島は兜を外し、汗と煤にまみれた顔で笑った。

 その笑顔は、これまでで一番晴れやかだった。


          ◇


 司令室。

 八代はモニターを見つめたまま、深く息を吐いた。


「……ふぅ。

 本当にギリギリだったな。

 木島以外タンク0で攻撃偏重パーティーであることや

 『根性補正』がなけりゃ、全滅してたぞ」


 だが結果は勝利だ。

 タンク偏重でダメージを頭割りして対応してもヒーラー偏重で対応しても最後の自爆で詰むギミック。

 それを木島の執念で打ち破ったのだ。

 八代は手元の端末を操作し、ドローンが回収したドロップ品のデータを確認した。

 ボスを倒した報酬。

 それは死闘に見合うだけの価値があるものだった。


「さて、報酬の確認といこうか」


 モニターにアイテムリストが表示される。

 まず目に飛び込んできたのは、神々しい光を放つ首輪だ。


名前: 神域の元素心核

種別: 首輪

レアリティ:ユニーク

要求レベル:40

効果:

・HP+220

・MP+50

・全耐性+18%

・スキル【元素の盾 Lv.20】付与

・HPが30%以下になった時、一度だけ全てのデバフを解除し、10秒間ダメージを60%軽減するバリアを張る。(戦闘ごとに1回リセット)


フレーバーテキスト:

清純なる力は神域へと至り、持ち主の生命そのものと一体化した。

もはやそれは単なる守護の道具ではなく、魂を守る最後の砦、不滅の心核である。


「……木島へのご褒美だな」


 八代は満足げに頷いた。

 瀕死時の緊急バリア付きだ。

 これがあれば木島はさらに死ななくなる。

 日本の盾として、これ以上の装備はないだろう。


 そしてリストの下の方。

 禍々しい赤色のアイコンが二つ。

 これこそが八代が密かに狙っていた本命だ。


『アイテム名:腐敗のオーブ

 効果:装備品を「腐敗」させる。結果は予測不能。』


名前: 腐敗のフラグメント【1】

種別:フラグメント

効果: 腐敗の女王が支配する領域への道筋を示す、四つの欠片の一つ。

1~4のすべてを揃えると、何かが起こるかもしれない…...。


「……手に入ったな」


 八代はニヤリと笑った。

 この二つこそが、彼が本当に欲しかったものだ。


 腐敗のオーブ。

 それは装備を最強にするか、ゴミにするかの究極のギャンブルアイテム。

 これを解析し使いこなせれば、アルカディアの装備は次元の違う強さを手に入れる。


 そしてフラグメント。

 これは来たるべき「エンドコンテンツ」――腐敗の女王ヴァールが待つ領域への招待状だ。

 残り3つ。

 それを集めた時、真の地獄が開く。


「佐伯さん。

 自衛隊の勝利です。

 これで200億円の予算も、文句は言われないでしょう」


 八代が振り返ると、佐伯をはじめとする官僚たちが、涙目で抱き合っていた。

 彼らもまた必死だったのだ。

 政治生命を賭けた作戦が成功し、安堵で腰が抜けている者もいる。


「ああ……! ありがとう八代くん!

 君のおかげだ!

 木島一佐も、彼らも、日本の誇りだ!」


 司令室が拍手に包まれる。

 八代はその喧騒を背に、静かに部屋を出た。


「さて。

 次は俺の仕事だな。

 この『赤い玉』を使って、どんな悪さをしようか」


 世界はまた一つ、危険な遊びを覚えることになる。

 八代匠の掌の上で。

 鉄壁の守護者たちが勝ち取った平和の裏で、新たな混沌の種が撒かれようとしていた。



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― 新着の感想 ―
自爆シークエンスには八代以外の全員が絶望的な気分になっただろうな。 関係性が確立されていて八代の理想のままに通りそうだけど、一歩間違えれば民間企業への介入を嫌って腐敗アイテムで痛い目見そうな感もある。…
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