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旅立ち


 あれから準備をすること3日ほど。

 およそ全ての準備を終えた俺達は、屋敷の前にチャーターした馬車に、必要となる物資を載せていた。


「いよいよですね……ヴァル様」


「ああ、そうだな……」


 俺の隣にいるのは、プリムタイプのメイド服に身を包んでいる一人の女性だった。

 こちらを見つめる瞳はキラキラと輝いていて、こちらに向ける視線には疑いが欠片ほども存在していない。


 彼女はこれから自分が向かう場所を知っているとは思えないほど、涼しげな表情でこちらを見つめている。


「ララ……すまないな」


「珍しいですね、ヴァル様が謝るなんて」


「父上もそうだが、俺のことを一体なんだと思ってるんだ……」


 二重のぱっちりまぶたに、たぬきを思わせる少し垂れ目な瞳。


 ボディラインはメイド服越しでもはっきりとわかるほどメリハリが利いていて、思わず視線が胸の方に吸い寄せられそうになるが、なんとか気合いで顔へ固定することに成功した。


 すると彼女の黒と金のツートンカラーが目に映る。

 黒の頭髪のところどころに金のメッシュが入っており、前世の美的感覚から見るとなかなかなオシャレさんに見える。


「こういう時に口にする言葉は、それではないと思います」


「それもそうだな。……ありがとう、ララ。俺に、ついてきてくれて」


「当然です。私はヴァル様おつきのメイドですから」


 けど少なくともこの特徴は、王国において生きやすいものではない。


 彼女は俺達ウェスペリア王国の人間の特徴である黒の髪と、常に小競り合いをしている隣国の聖テスタロス王国民が持つ金髪を併せ持っている。

 そのせいで面倒ごとに巻き込まれることも多い。


 俺はとある事情でメイド見習いとして雇ってみたのだが、そうしたらあれよあれよという間に出世を続け、気付けば俺のおつきのメイドの位置に昇進していた。


「安心しろ、ララ。俺を信じて、ついてきてくれ」


「はい、ヴァル様……どこまでも、ついてゆきます」


 まあ今の俺の立場を見れば、傍から見れば転落したようにも見えるだろう。


 だが彼女に落ち込んだ様子はまったく見受けられない。

 彼女はただいつも通りに、俺に全幅の信頼を寄せてくれていた。


 ――たとえ世界の全てが俺を見放したとしても、ララだけは最後まで俺の隣にいてくれる。


 彼女は俺がそう断言ができる、たった一人の人材だ。

 これから俺がやろうとしているダート大森林の攻略は、俺との信頼関係がなければ成り立たないものばかりだ。


 けれど彼女であれば俺の言葉を疑うことなく、ついてきてくれる。

 そしてその確信は、根拠のない盲信ではない。


 俺は全身に偏在している魔力を、瞳へと集中させていく。

 体内の魔力を瞳に移動させるだけでいいのだから、魔眼を使うのは魔法を使うよりはるかに簡単だ。


 瞳の奥が淡く光り、視界の光度が少し上がった。

 ちなみに光るのは一瞬、それも虹彩の奥の方だけなので、少し視線を外せば使用していることを気取られることもない。



ララ

忠誠度100



 彼女の頭上に浮かび上がる文字列。

 これこそが俺の持つ、魔眼の力。


 俺が記憶を取り戻す直前に覚醒した魔眼は、その名を『忠義の魔眼』という。

 魔眼で見た人間の忠誠度を数値化することができるという、ただそれだけの力だ。


 伯爵家において珍重されるような、戦闘向きの魔眼ではない。


 父上によればフレイム伯爵家の魔眼の中では極めて有用性の低い魔眼として認知されており、劣等眼という別名がつけられているという。

 けれど前世の記憶を取り戻した俺にとって、これは何よりも有用な魔眼だ。


 俺のゲーム知識は、この世界の人間からすれば荒唐無稽な信じがたいものも多い。

 現代知識を使って内政チートをするにしても、今のウェスペリアの国民からすれば非常識に思えることも多いだろう。


 そんな俺にとって最も必要なのは――俺を、信頼度が底を突き抜けてもはや測定不能なヴァル・フォン・フレイムという人間のことを、それでも信じてくれる人物だ。


 その測定が瞬時にできる『忠義の魔眼』こそ、今の俺にとって最も必要な魔眼と言える。


「若、荷物の積み込み終わりましたぜ」


「ああ、助かったよ」


 今回開拓にあたって、しばらくの間必要になる食料に武具などのスペア、開墾の際に必要になるであろう農具類など、必要なものは商人のクレイグという男に揃えさせた。


 まとめ買いの方が安くなるからということで、牛耕や馬耕用の生き物に牽引させる農具も大量に仕入れることになってしまった。


 こちらは今のところ使い道の見当がつかないが……まあ何かには使えるだろう。最悪鋳つぶして武器にでもしてしまえばいいし。


 大きな商会の人間というわけでもなく、小さな個人商店をやっている彼になぜ物資の購入から搬入までを頼んだのかというと、彼が俺への忠誠度が一番マシだったからだ。


 最初はフレイム伯爵家のお抱え商人に頼もうとしたのだが、どいつもこいつも俺に対する忠誠度が一桁とかだったのでまともに頼めそうになかったのだ。

 足下を見られて質の悪いものでも掴まされたらたまったもんじゃないしな。


 ちなみにクレイグの俺への忠誠度は45。

 好意的なララとは比べるべくもないが、これは俺に対する忠誠度としてはかなり高い方だ。


 悲しいことに今の俺はマジで人望がないからな……シミュレーションゲームなら人望E判定を受けるレベルで。


(でも結構便利だよな、この魔眼)


 判官贔屓もあるかもしれないが、『忠義の魔眼』って実は結構使える場面が多いと思う。 商取引とか、交渉とか……。


 戦闘能力こそないものの、劣等眼呼ばわりされるほどひどいものじゃないと思うんだが……その辺りは俺が活躍して、真価を見せてやるしかないか。


「そんじゃま、失礼致しやす」


「待て」


 仕事が終わりそそくさとこの場を去ろうとするクレイグを呼び止める。

 怪訝そうな顔をしながらもどこか警戒した様子を見せている彼の手に、小さな小銭袋を握らせてやる。


「チップだ。今回は急ぎだったからな……特急料金とでも言って、店のやつらに軽く一杯おごってやってくれ」


「……へへっ、ありがとうごぜぇます。羽振りのいいお客様は大歓迎ですぜ」


 クレイグが先ほどまでの表情を一瞬で変え、もみ手でニコニコと笑う。

 現金なやつだとは思うが、そもそも現金な人間ではないと商売なんてもんを生業にしようとは思わないだろう。


「しっかし、世間の評価なんて当てになりませんなぁ。ぜひ今後ともクレイグ商会をごひいきに」


「俺はすぐにここを出ることになる。もう会うこともないかと思うが……また何かあったらよろしく頼む」


 クレイグと握手を交わしながら、再度魔眼を発動させる。



クレイグ

忠誠度 49



 ……なるほど、こんな風に忠誠度を上げることも可能と。

 そしてリアルタイムで変化を確認することもできるのか……なかなかどうして悪くない。 この魔眼、色々と応用が利きそうだ。


「よしララ、それならそろそろ出発……」


「――待ってください、兄上ッ!」


 御者も問題なくできる完璧メイドであるララが馬に鞭を打とうとしたタイミングで、屋敷の方から誰かが駆け寄ってくる。


 俺に似た黒髪に、その魔眼を示す赤の瞳を宿しているこいつはルクス・フォン・フレイム。


 フレイム家の次男であり……俺の代わりにフレイム伯爵家の嫡男になった、出来の良い弟だ。


 ちっ、バレる前に出ようと思ったんだが……これだけ時間をかけたらさすがに無理だったか。

 母に似た優しい瞳をしたルクスは、そのままこちらに駆け寄ってきた。


 その駆けるペースは、前世のアスリートでも相手にならないほどに速いが、すぐ近くまでやってきてもルクスには息一つ乱れた様子がない。


 フレイム家の魔眼の中でも特に強力な戦闘向きの『破壊の魔眼』を持っているルクスは、既に父についていき魔物の討伐を何度も繰り返している。

 そのおかげでレベルが上がり、人間離れした動きを可能に為ているのだ。


「水くさいではないですか、兄上! 出発するのならお出迎えをしましたのに!」


「俺も成人した身だ、わざわざそんなものは必要ない。実際父上も来てはいないだろう? それに……現嫡男であるお前が辺境開拓に向かう俺の出立を見送るのは、あんまり外聞がよろしくないからな」


「たしかにヴァル様の言う通り、都落ちする兄を見て愉悦に浸っている……などと噂を流す口さがない者もいるかもしれません」


「うっ、そ、それはたしかに……すみません、自分が浅慮でした」


 基本的に俺以外には冷たいララの言葉に、ルクスがしゅんと顔を俯かせる。


 ルクスはとても真っ直ぐなやつだ。

 裏表がなく純粋すぎるため、こんな風に人の言うことをすぐ真に受ける癖がある。


「まったく、そんなんで伯爵になるお前が心配だよ」


「兄上……やはり今からでも父上に……」


「バカ、やめろ。これ以上兄に恥をかかせるな」


 ルクスもまた、ヴァルに対して優しく接してくれていた、数少ない人間のうちの一人だ。


 基本的にやさぐれるか他人にあたってばかりいた俺に対して真っ向から正論パンチをかましてくるので、口げんかでは済まずに殴り合いになったことも一度や二度ではない。


 まあルクスがレベルを上げるようになってからは負けるのにビビって、喧嘩をするのはやめてたみたいだけどな。


 ルクスは真っ直ぐでいいやつだ。ちょっと人のことを信じすぎるきらいはあるが、彼なら周囲の意見に耳を傾ける、良い領主になれるだろう。


 ヴァルのやつは気付いていなかったけれど……俺の周囲に広がっているのは、優しい世界だった。

 父上にルクス、そしてララ……彼らに囲まれていた俺は、とても恵まれている。


 だからこそ俺は行く。

 未来を切り開き……このフレイム伯爵領が完全に地図から消え廃墟になる、五年後の未来を変えるため。


「じゃあな、ルクス。次会った時は手合わせでもするか。俺に負けないよう、精進しておけよ」


「兄上こそ、僕に負けて吠え面をかかないでくださいね」


「ふふっ、言うようになったじゃないか……ララ!」


 馬車に乗り込み、ララに声をかける。

 彼女が馬に鞭を打てば、荷物を満載にした馬車がゆっくりと動き出す。


 目指すはフレイム伯爵領最北の地、未開の地であるダート大森林。

 まずはレベル上げからだ……次に会った時には、ルクスに吠え面かかせてやらないといけないからな。


 こうして生まれ変わった俺は、新たな一歩を踏み出すのであった――。

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