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一歩


 フレイム伯爵家――ゲームの中では年表の一文にしか登場しない家系ではあるものの、その嫡男として育てられてきた俺はこの家の歴史がしっかりと頭に入っている。


 フレイム伯爵家はウェスペリア王国の勃興期に魔物を掃討することで武勲を立て、辺境で家を興すことを許されたいわゆる地方貴族だ。


 ゴリゴリの武闘派であることもあり、王都に住んで王国内の政治経済を司っている宮廷貴族からは目の敵にされることも多い。


 だが誰もフレイム伯爵家を表立って避難する者はいない。

 その理由は、この家をこの家たらんとしている強さの秘密――フレイム伯爵家の人間にのみ使うことができる魔眼の力にあった。


 父上の執務室は、屋敷の二階の右隅にある。

 ドアの前にやってきた俺は、深呼吸をしてからゆっくりとドアノブに手をかけた。


「失礼します」


 執務室で向かい合うのは、カイゼル髭を生やした黒髪の壮年男性だ。

 身体はどちらかと言えば細身だが、服の内側には極限まで引き絞られた肉体が秘められていることを俺は知っている。


 醸し出している雰囲気は優雅なのだが、戦いを生業にしている者特有の剣呑な雰囲気があってなかなかに近寄りがたい雰囲気をさせているお人だ。


 彼がマガツ・フォン・フレイム。

 フレイム伯爵家の現当主であり――つい先ほど俺を廃嫡した、実の父だ。


「先ほどは失礼致しました。さすがに想像しておらず、気が動転してしまいまして」


「気にするな。衝撃を受けるのも当然のことだ」


 遠目から見れば普通の貴族家にしか見えない父上だが、ある程度近寄れば王国の貴族家は皆彼がフレイム家の人間であることに気付く。


 その理由は――内側に淡い光を宿している、その瞳だ。

 紫色の瞳の内側にある六芒星を思わせる虹彩は、見ている者に強烈なインパクトを与える。


 父上の力を知っているはずの俺ですら思わず気圧されて、視線を逸らしそうになってしまうほどに。


「あの場で燃やされずに済んで、ほっとしております」


「……そんなこと、するわけがないだろう」


 父の持つ魔眼は『灰燼の魔眼』。

 瞳に魔力を込めることで対象を燃やすことができる、極めて戦闘向きの魔眼である。


 フレイム伯爵家の人間は皆、魔力を込めることで特殊な力を発揮することのできる魔眼の力をその瞳に宿している。

 父も、新たに嫡男となった弟のルクスも、そして……廃嫡された俺も。


「それで父上、話というのは……」


 とぼけたフリをしながら、話を進めるために父上へ尋ねる。

 ここからの展開は、おおむね予測ができている。


 既にいくつかのパターンを想定し、その中で取れる最善の行動はなんなのかも頭の中でシミュレートし終えている。


「もちろん、廃嫡されたお前の今後についてだ。廃嫡はフレイム伯爵家である私の決定だ。不服があるなら今すぐにこの場を去れ」


「不服などありません。俺よりルクスの魔眼の方が優れていますからね。フレイム家としての決定も当然です」


 魔眼には明確な序列がある。

 武家であるフレイム伯爵家では戦闘向きな魔眼を持っていることが何よりも重要視される。


 もちろん今までに散々怠惰を貪ってきたのも大きな理由ではあるのだが、俺が廃嫡をされた一番の原因はやはり、俺の持つ魔眼にある。


「……そうか」


 もっと俺にごねられると思っていたからか、父上は拍子抜けといった顔をする。


 眉間に皺を寄せているその様子はまるで機嫌を損ねた悪鬼のようだ。

 今世の俺は父上のこの様子を見て、萎縮することが多かった。


 父上が自分に対して常に怒りの感情を覚えているのだと思いストレスを溜め、それを他人に対して横柄な態度を取ることで発散してしまっていたのだ。


 だが前世の記憶を取り戻したおかげで、今の俺は父上のことを今までよりずっと冷静に見ることができるようになっていた。


 父上は別に、俺のことが嫌いなわけではない。

 彼はただ不器用で、強面なだけだ。


 その証拠に、父上は俺のことを思いやってくれている言動が端々に見受けられる。


 俺のこれまでの素行が伯爵家の嫡男として相応しくないことは、傍から見ていても明らかだ。恐らくは家臣団からの突き上げも幾度となくあったことだろう。


 けれど父上は俺の魔眼が判明するその時まで、俺を嫡男として扱い続けてくれた。


 そして俺が倒れても冷たく突き放すだけではなく、こうやって再度顔を合わせる機会も作ってくれている。


 そこに魔眼の質を見極めるためのフレイム家当主としての冷徹な判断以外の……親としての親愛の情があると考えるのは、俺の思い込みではないように思う。

 だからといって、直接踏み込んで話をするような勇気は俺にはないが。


「ヴァル、お前にはダート大森林の開拓を命じる。それに併せ内定として男爵位を授けさせてもらおう。これがどういう意味か……わかるな?」


「――はっ、もちろんです。謹んで拝命致します」


 ダート大森林の開拓。それは俺が望んでいたものの中でも最上に近い答えと言えた。

 そして父上の命令を聞いたことで、俺は自分の予想が間違っていなかったと改めて確信する。


 ダート大森林――通称魔の森。

 強力な魔物が跋扈し、奥地には魔族が棲んでいるなどと噂される領域は、フレイム家が持っている中でも常に放置され続けている曰く付きの土地だ。


 更にいえば魔族がいるという噂は誇張でもなんでもなく、今から五年後にそこから魔物を操るある魔族がやってくることでフレイム伯爵領は滅亡する。


 ダート大森林の開拓任命が、一体何を意味しているか。

 鼻つまみ者である俺をダート大森林にぶちこんで、魔物の餌にする……というのは父上が家臣達に告げるであろう表向きの理由だ。


 恐らくだが父上は……俺に閑職を与え、静かに暮らしてもらうつもりなのだろう。


 説明を聞けば開拓のためという名目で、ある程度は俸給も出るという。

 そしてそれは、二人(・・)が慎ましやかに生きていくには十分な額だった。


(本当に俺を疎ましく思っているのなら、今までの罪状で幽閉し、そのまま毒殺してしまえばいい。今後のお家騒動に発展する危険性を考えれば、そうするのがベストだ)


 だが、そうはしなかった。

 父上がしたのは俺を廃嫡し、閑職に回しただけだ。

 俺はその配慮に、静かに頭を下げた。


「父上……ありがとう、ございます」


「……なぜお前が頭を下げる。珍しいこともあったものだな」


 軽口を叩く父上に、俺は頭を更に深く下げた。

 何も持っていない、今まで信頼を裏切ってきた俺ができることは、こうして頭を下げて俺が今までしてこれなかった感謝を少しでも伝えることだけだったからだ。


「ヴァル……」


「俺は恵まれている……今になってそれを、理解しました。少々遅すぎたかもしれませんが」


「……」


 言葉を失う父上が息を呑んだのを聞くと、過去の己の馬鹿さ加減に、自分で自分を殴りたくなった。


 放蕩の限りを尽くした怠惰な息子を、父上も母上も決して見捨てはしなかった。

 俺の代わりに爵位を継ぐことになる弟のルクスも、こんな俺のことを、それでも兄と慕ってくれていた。


 ヴァル、お前……自分がどれだけ恵まれてるか、理解しろよ。

 恵まれている環境にあぐらを掻いてるせいで、どれだけ沢山の人を悲しませたか。


(けど、決めた。俺はこの知識を、力を……父上達を守るために使う)


 俺のことを愛してくれた両親のために、これから領主になるであろうルクスのために。


 今まで迷惑をかけてきたせめてもの償いに、彼らの笑顔が奪われることがないよう、自分の知識を使う。

 五年後の破滅を阻止する……そのために必要なものは全て、この頭の中に入っている。


 父上から開拓に関する説明を受けながら、これからのことに思いを馳せる。

 そもそも開拓自体が形だけのものなので、その説明は全体的にふわっとしており、俺の自由裁量もかなり大きかった。


「父上、一つ聞いておきたいのですが……本当に開拓をしてしまっても、構わないのですよね?」


「……ああ、当たり前だ。まあ『忠義の魔眼』では難しいと思うがな」


「何事も使いようですよ、父上」


 よし、これで言質が取れた。

 後は実際に準備を整えていくだけだ。


 『スペル・シンフォニア』の知識がある俺には、当然ながらダート大森林に出てくる魔物も見当がついている。


 完全とまでは言えないが、マップもある程度は頭に入っている。

 たしかに出てくる魔物は強力なものも多いが、順序立てて敵を倒していくことができれば、決して攻略不可能な難易度ではなかったはずだ。


 ――で、あれば。

 俺ならば……この世界で俺だけが、魔族の侵攻を防ぎ、フレイム伯爵領を守ることができる。


 廃嫡され家の中に居場所を失った元嫡男。

 使える魔眼もとても戦闘に使えるようなものではなく、開拓についてきてくれる人材もたった一人しか(・・・・・・・)いない。

 スタート地点はかなり厳しいが……それでもやるしかない。

 俺は決意を胸に秘めながら、粛々と出立の準備を進めるのだった――。

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