姫
俺達は戦士長であるニーナさんの案内に従い、獣人達が暮らしているという恵みの里へとやってきた。
途中から妙に饒舌になってくれたニーナさんのおかげで、色々な情報を仕入れることができたぞ。
なかでもとりわけ重要なのは、どうやら魔物が弱くなっているのはここら一帯にだけ起こっている現象だということだ。
彼らの生活域を出て更に西へ向かっていった先には、俺達が攻略したのと変わらぬダート大森林が広がっているんだとか。
里の中でも一等上等そうな家屋の中で待機し、俺達は言われるがままに屋敷の奥へと案内された。
「どうも初めまして。私はナナと申します、なのです」
「これはどうもご丁寧に。俺はヴァル・フォン・フレイムと申します」
そこで俺達のことを待っていたのは、どこからどう見ても年齢が二桁いっているようには見えない、まごう事なき幼女であった。
ピコピコと動く耳は虎柄で琥珀色の瞳の瞳孔は縦に二つに割れている。
どこか虎縞の猫を想起させるような子だ。
俺の胸のあたりまでしかない身長と、くりくりとした目玉を見ているととてもそうは思えないのだが、彼女こそがこの里の代表を務めているという。
「お話は、ニーナおね……戦士長から聞いたのです。なんでもダート大森林の開拓をしようという話なのですが……本気なのですか?」
「無論、本気です。人民さえいればすぐにでも開拓に入るつもりだったのですが……」
「その口ぶりで言うと、あまり上手くいっていないように思えるのです」
「ぶっちゃけてしまえば、その通りです」
代表との話し合いなのだからもっと色々と腹芸をしろと怒られてしまうだろうが、あいにく俺にはそんな面倒なことをするつもりはない。
弱い部分を露わにしてでも最短で交渉を済ませてしまうのが、俺流のやり方だ。
「単刀直入に言おう。俺はあなた方を領民として迎えたい」
「……我々を、ですか?」
訝しげな顔をするナナ。人間と諍い合っていた過去がある彼らからすれば、色々と思うところはあるだろう。
だがそれでも彼女達が頷いてくれるに足るだけのメリットを、俺達であれば提示できる。
「あなたたちが恵みの森と呼んでいるこの場所は、絶妙なバランスの上で成り立っている。きっと代表であるあなたは、そのことを誰よりも理解していると思う」
「……その通りなのです。我々の安寧は、誰からも見つかっていないからこそ得られているもの。あなた方が来てしまったことで、それも終わってしまったのです」
「それは違う。たとえ俺達が来なくても、あなた達は別の危機に直面していたはずだ」
「別の危機……ですか?」
この場所……ダート大森林の中に面しているこの場所は、非常に危険だ。
恐らくだが俺が何もしなければ……彼らは数年後突如として現れた魔物の波に、飲み込まれてしまうのではないだろうか。
彼らとここで出会ったのは、ある種の運命なのかもしれないと、そんなことさえ考えてしまう巡り合わせだ。
「恵みの里では定期的に外からやってきた魔物の進路を変えようと奮闘することがある、これは間違いないですか?」
「はい、その通りなのです」
どこまで情報を開示するかは考える必要があるが、俺と同様彼らにもまた危機感を持ってもらう必要がある。
ただ今まで通りに安穏と暮らしているだけでは、彼らもまたフレイム伯爵領と同様魔物に飲み込まれてしまう運命を辿ってしまうはずだ。
「恐らくですが今後、その数は爆発的に増えていくだろう。そして最終的には……恵みの里に魔物がなだれ込んでくることになる」
「そんな馬鹿な! そんなこと、あるはずがないのです!」
「出所は言えませんが、確かな情報だ。正直な話をしてしまえば、俺はその事態が起こるのを未然に防ぐために、こうして従者と共に二人でダート大森林へとやってきている」
ニーナさんは俺達のことをさるところからやってきた高名な魔導師だと誤解していた。
なのでその誤解を利用させてもらう。
こう言っておけば、あちら側で色々と深読みしてくれるだろう。
「俺達には力と知識がある。もし俺の領民として生きてくれるのなら、俺にはこれらを惜しみなくあなた方のために使う用意がある」
「……なるほど、我々を矢面に立たせようということですか」
「誤解しないで欲しい、あなた方を王国に対する防波堤にするつもりなど毛頭ない。むしろ俺はそこらで暮らす王国民よりあなた達のことを大切にしようと思っている」
これは俺にとって紛れもない本心だった。
たとえ人間であろうがそうでなかろうが、俺にとってはまるで関係がない。
というかむしろ、組むなら彼女達獣人の方がいいのではないかとすら思っている。
何せ道中の村々ではどれだけ勧誘をしても誰一人としてついてきてくれなかったからな。 正直、色々と思うところはある。
ひょっとすると俺は軽く、人間不信にでもなっているのかもしれない。
そう考えると彼女達と会うことができたことは、正しく天佑だったのかもな。
「具体的に言えば俺はこの里の戦士達のレベルをダート大森林の中で狩りができるレベルまで上げ、更に農地を開墾することで食料の安定供給を提供できる」
「……」
そのための準備は既にしてある。今の俺達なら彼らのパワーレベリングをすることは問題ないし、開拓に必要な農具も近くの村に置いてある。
俺の言葉を聞いたナナは黙り込み、わずかに顔を俯かせながら顎に手を当てていた。
恐らく今の俺が言った言葉を反芻し、メリットとデメリットを天秤にかけてくれているのだろう。
彼女の態度自体が、俺の提案を真摯に考えてくれている何よりの証明であった。
「ふふんっ」
それがわかっているからか、何も言わず後ろで成り行きを見守ってくれていたララの機嫌もずいぶんと良さそうだ。
俺も何も言わず、腕を組んで瞑目しながらジッと答えを待つ。
それから数分ほどが経った時のことだった。
「あなたは……獣人を見てもなんとも思わないのですか?」
獣人のことを見下す、そういう人間がいるのは事実だ。
今から百年以上の昔、戦争で勝利し彼らの住んでいた平原を追い出した。
そんな歴史があるが故、獣人を始めとする亜人達は人間より劣ったものであるという価値観も、王国民の中ではわりと根付いている。
「ケモミミがかわいいとは思いますね。その虎縞の耳は、撫でたらとても気持ちが良さそうです」
「そ……そういうことではないのです! あなたは我々獣人に思うところはないのですか!? 人間は獣人のことを劣っていると蔑んでいるという話くらい、私だって知っているのです!」
「個人的に言わせてもらえば、むしろ劣っているのは人間の方だと思いますが?」
「――っ!?」
「人間は純粋な身体能力では獣人に勝てず、魔法ではエルフに勝てず、そして手先の器用さではドワーフに勝てない。だが個体数が増えやすく、どの分野でもほどほどに活躍できる。言ってしまえば人間は器用貧乏なんですよ」
前世を知っている俺からすれば、今世の人間びいきの考え方は少々納得しかねるものがある。
前世風の言い方をするのなら、特化型のスペシャリストが亜人で、小回りは利くが専門分野では太刀打ちできないゼネラリストが人間だ。
どちらかが優れているという話ではなく、何事も適材適所だろうという感想しか出てこない。
各々の得意分野を発揮できるよう上手く専門分野に亜人を配置することができれば、人間だけで営んでいる今よりも社会はずっと発展するんじゃないのかな。
「あ、あなたは……変な人です」
「よく言われます」
「たしかにヴァル様はちょっと変かもしれませんが、素晴らしい人です!」
「ララよ、俺が変であることは否定してくれないんだな……」
「――はっ!?」
「……ふふっ」
主従の麗しきやりとりを見ていてナナが、噴き出して声を上げて笑う。
そして目元を指で拭ってから、真面目な表情を作りこちらを見上げて、
「あなた達の全てを信じることができたわけではありません……けれどヴァルさんの言葉に、一つも嘘はなかったのです。お姉様を助けられた恩もありますし……我々カイオウの氏族はしばらくの間、あなたの領民としてお世話になろうと思います」
「助かる。俺の下にやってきたことを決して後悔させはしないと、フレイムの家名に誓おう」
今まで目処がついていなかった領民獲得を、まさかの現地スカウトという形で行うことができた。
これで開拓の予定を、大幅に前倒しすることができそうだ。
だがトップでコンセンサスを取っても、里の人間にはその決定に不服がある者も多いだろう。
次にすべきは彼らの忠誠を誓わせることか。
幸いなことに俺にはそれを確認する術がある。
やはり『忠義の魔眼』は、今の俺にとって有用な力だ。




