信を持って
【side ニーナ】
恵みの森……先祖代々よりそう呼ばれていたこの森は、我らカイオウの氏族の獣人達が最後に辿り着いたオアシスであったという。
はるか西に進んでいった先にあるという、獣人達の王国。
その権力争いで負けたという我らの祖先がやってきたのが氏族の始まりらしい。
この里で生まれ育ってきた私からすれば、なんだか信じられないような話だ。
「森の様子がおかしいだと?」
「は、はいっ! 木々や魔物の死骸を調べたところ、この辺りの魔物とはまったく違う個体のものが出たようでして……」
「ダート大森林から魔物が流れてきたか……まずは私が戦士達を引き連れて様子見に行く。場合によっては戦士達総出で進路を変える必要があるかもしれん、急ぎ招集の準備を進めてくれ」
「はっ!」
部下の戦士達から聞こえてきたのは穏やかではない報告であった。
私達が主な狩り場としてる恵みの森は、ダート大森林と呼ばれている地域の中にすっぽりと収まっている。
ここにいる魔物達は本来ダート大森林に生息している魔物よりも弱い個体が多い。
私達はその恩恵に与る形で、そこまで強い魔物達と戦わずに集落を維持することができているのだ。
だがこうして稀にだが、恵みの森の中にダート大森林に住まう魔物が入ってきてしまうことがある。
里の掟により、その場合は我ら里の戦士が命をかけてその魔物をなんとかしなければならない。
ダート大森林に住まう魔物達は非常に強力だ。
正直なところ、今の我々で彼らを倒すことは難しい。
故になんとかして進路を変えさせ、ダート大森林へと帰してやる必要がある。
数年、あるいは十数年に一度この魔物の侵入は、我ら里の戦士にとっては命をかけた戦いになる。
先代の戦士長である私の父も、私が幼い頃にこの任の最中に命を落としている。
とうとう私の番が来た、ということなのだろう。
我らの里を次代に残すため、ここが命の張り処になるだろう。
我らにとってこの恵みの森は、最後に残されたオアシスなのだ。
姫巫女様は『この森は我らを守る壁で有り、同時に我らを捕らえる牢獄なのです』だなどと言っていたが……難しいことは私にはわからない。
私にできるのはただ、魔物を追い返しこの里の平穏を守ることだけだからだ。
「ちいっ、ヒュージベアーか!」
現場へ向かったところ、今回魔境を通ってやってきた個体がヒュージベアーであることが判明する。
強力な魔法やスキルこそ使ってこないものの、とにかくタフで自然治癒力の高いタイプの魔物だ。
ダート大森林の魔物に関する知識は里の中で蓄積、共有されてきたが、中でもかなり厄介な手合いといっていい。
我々はそのままなし崩し的に戦闘になった。
当然矢面に立つのは戦士長の私だ。残る二人には牽制に回ってもらうことにした。
スピード自体はこちらに分がある。
高い俊敏と身体能力の強化に特化したスキルを使う我々を捕らえることができる魔物はそう多くない。
おかげであちらの攻撃をもらうことはないが……決め手がない。
それならとダート大森林の方へ誘導しようとしたが、それもなかなか上手くいかない。
完全にこちらを餌と認識してしまっているのだろう。相手を誘導するには、こちらと戦うのに躊躇するだけの実力をみせる必要がある。
けれど今の私には、力が足りていなかった。
どれだけ山刀を使い斬りつけても、ヒュージべアーの毛皮を断ちその表皮をわずかに削り取るばかりで致命傷にはほど遠い。両者の間には、圧倒的な差が広がっていた。
戦いが長引く中で、ルストが下手を踏んだ。
マズいと助けに行こうとするが、私がかばうために前に出るよりも、その爪牙がルストの身体を真っ二つに裂く方が早いだろう。
そんな最中だった。
目を開けていられないほどに鮮烈な光と衝撃が、この場を包み込んだのは。
「ライトニング」
「GUOOOOOOO!?」
何かが光ったとわかった瞬間、私達がどれだけ斬りつけてもびくともしなかったヒュージベアーが、苦悶の声を上げる。
そして二度三度と光が瞬くことで、私にもそれが飛んできた攻撃魔法であることがわかった。
一体誰が……と気配察知のスキルを使えば、遠くの木陰に二人の人物がいるのがわかった。 魔物の被害はこれでなんとかなったが、彼らへの対処を考えると、事態がより深刻になった気がしないでもない。
もしかすると西の獣人の王国からやってきたのかと思い確認してみれば……なんと現れたのは、人間の少年だった!
まだ二十歳にもなっていないであろう、私よりも年下であることが一目でわかる少年だ。
そして後ろに控えている女もまた、ただ者ではなかった。
彼女はどう見ても重傷であったルストのことを回復魔法で一瞬で癒してしまった。
二人とも凄腕の魔導師であることは疑いようがない。
ひょっとするとその見た目と年齢が合致していない手合いかもしれない。
緊張の面持ちで接した私は……驚愕した。
彼らが私達の身柄ではなく、本当に対話を求めているのだということがわかったからだ。
里まで案内して欲しいという彼らの求めに私は応じることにした。
なぜかはわからない。
けれど私には、新たにやってきた彼らが、この恵みの里に運ばれてきた新しい風に思えてならなかったからだ。
私を含めて、外の世界のことが気になっている者達は多い。
特に若い世代の間ではそれが顕著であった。
爺様達世代からは人間に関して色々なことを言われてきていたが、それでも好奇心を押し殺すことはできない。
それに少なくともヴァル達に、我々を害そうという意志は見られなかった。
「チェインライトニング」
今もまた群れをなす魔物達が、たった一発の魔法で一網打尽にされていく。
その鮮やかな手際を見れば、思わずにはいられない。
あの魔法が我々に向けられたら、一体どうなってしまうだろうか。彼らがもし害意があるというのなら、どれだけ抵抗したとしても私達の里は壊滅してしまうだろう。
我らが知らない外の世界は、一体どうなってしまっているのか。
そう考えると世の中の流れに置いていかれてしまっているようで、なんだか少し怖くなった。
ひょっとすると世界というものは、私達の想像以上に広いのかもしれない。
『この森は我らを守る壁で有り、同時に我らを捕らえる牢獄なのです』
姫巫女様の言っていた言葉の意味が、ようやく少しわかった気がした。
私は片手間に魔物を倒す彼らの機嫌を損ねないように、道中色々な話を聞かせてもらった。
どうやら彼らはダート大森林を抜け、この場所にやってきたらしい。
その目的はダート大森林の開拓。
魔物を殲滅し、将来的にはそこに人間を入れるつもりらしい。
人間がもしこの森にやってくるようなことになれば、そしてダート大森林の魔物を本当に殲滅することができるのなら……もはやこの里は、我々の安住の場所ではなくなってしまう。
だが幸いなことに入植にやってくる人間は確保できてはいないらしい。
今後のことを考えれば、彼らと敵対はしたくない。
であれば、私達にできることは……色々なことを考えているうちに、あっという間に里についてしまった。
私は戦士達を黙らせ、急ぎヴァル殿を貴賓室に案内する。
そして急いで姫巫女様の下へと急行した。
「お姉様? そんなに慌ててどうしたのですか」
「姫巫女様、どうかその呼び方はおやめください。私とあなたでは立場が違うのですから」
「……わかりました、ニーナ。あなたがそこまで慌てているということは何か不測の事態が起こったのでしょう、私に事情を説明してくださいなのです」
私は今回の出会いを、かいつまんで説明することにした。
最初はダート大森林の魔物がいなくなったと聞いてホッとしていた姫巫女様だったが、話を聞いているうちにその眉間に皺が寄り、彼らがやってきた場所を聞いてその顔を強張らせた。
「安心してください姫巫女様、少なくとも彼らに私達を害そうというつもりはないはずです」
「……ニーナ、あなたの目から見て、彼らはどのように映りましたか?」
しばし考えて、私は正直に思ったことを口にすることにした。
きっとそれが、私達のよりよい未来に繫がると信じて。
「彼は信には信を返す人物です。我らが真摯に接していれば、彼らもまた真摯に我らと共に在ろうとするでしょう」




