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プロローグ


「フレイム伯爵は次男であるルクスに継がせることにした。使える魔眼すら劣等眼とは……ヴァル、お前にはがっかりだ」


「なっ……」


 現フレイム伯爵家の当主である父上から呼び出されていた俺を待っていたのは、あまりにも残酷な宣告だった。

 圧倒的なまでの怒り、突如として現れた理不尽に対する憤怒。


 喉元からせり上がってきた熱が顔を赤く染め上げ、視界がチカチカと明滅する。

 両手両足で数えきれぬほどの負の感情が、心の中を駆け巡った。


 俺は――俺はフレイム伯爵家嫡男であるヴァル!

 未来の伯爵家当主、ヴァル・フォン・フレイム様だ!

 そんな俺がなぜ、嫡男の座を引きずり下ろされなければならない!


「ふ、ふざけ――っ!?」


 カッと頭に血が上り怒髪天を衝いた俺の頭に突如として生じたのは、猛烈な痛みだった。


 まるで頭の奥に熱した針を直接ねじ込んだかのような、熱と鋭い痛みのない交ぜになった耐えがたいほどの激痛に、目の前に映る父上の姿が真っ赤に染まる。


「ぐ、ぐうううぅっっ!?」


 あまりの怒りで頭の血管でも切れたのだろう。

 この世界の死因で、憤死はわりと珍しくない。

 ん、待てよ……この、世界……?


「そ、そうか、私は、いや……俺は……」


 この世界――『スペル・シンフォニア』の世界に、転生していたのか。

 その言葉の続きを口にすることは叶わず、俺はその場で意識を失った――。








 絆を紡ぐ冒険RPG、『スペル・シンフォニア』。

 シリーズ累計出荷数は二千万本を超えノベライズにコミカライズ、2クールでのアニメ化に賛否両論な実写映画化まで行われたモンスターヒットタイトルである。


 仲間を増やしていき巨大な悪へ立ち向かう王道のストーリー。

 魅力的なヒロイン達に敵キャラ達、初心者も玄人も楽しめる絶妙なゲームバランス。


 中に入っているミニゲームやカジノなどのやりこみ要素も面白いのも評価が高い理由の一つだ。

 寿司屋は卵を頼めばわかる的な感じで、こういったストーリー以外の部分に力を入れている作品には名作が多いものだよね。


 俺はこの『スペル・シンフォニア』が大好きだった。

 当然スピンオフ作品も全てプレイしたし、嗜みとして設定資料集にもしっかりと目を通している。


 なんなら脚本家が『スペル・シンフォニア』でヒットを飛ばす前に書いていたコンシューマーゲームもやりこんだレベルのガチ勢だ。

 出荷数が少なかったせいで値段がつり上がってたけど、頑張ってやったよ。


 転売ヤーを呪いながらバイトを頑張ったのも今では良い思い出……いや、全然そんなことないな。

 転売厨憎しの精神は、今も俺の心にしっかりと息づいている。


「そしてどうやら俺は……そんな『スペル・シンフォニア』の世界に転生してしまったと……」


 机に向かいながら、はぁっと大きくため息を吐く。

 先ほど持ってきてもらった銅鏡には、今の俺自身の姿が映っている。

 前髪を右側に流した黒髪に、母親譲りの青色の瞳。


 前世の俺からすれば考えられないようなイケメンが、今回僕が転生したヴァル・フォン・フレイム……つい先ほど廃嫡宣言をされた、フレイム伯爵家の元嫡子である。


「親の遺伝子の影響って、すごいんだな」


 現実逃避に、自身の顔にぺたぺたと触れてみる。

 鏡の中の不思議そうな顔をしている自分を見つめがら、俺は少しだけ冷静に状況を俯瞰してみることにした。


 今の俺は今世のヴァルとしての記憶と、前世の記憶の両方を持っている。

 ヴァルとしての記憶を参照すれば、ここが『スペル・シンフォニア』の世界であることは疑いようがない。


 各国や領地の名前といった地理や、出現する魔物や噂話に現れる強力なエネミーなども全て一致しているとなれば疑いの余地はない。


「前世の記憶が戻ったのは素直にありがたい。これは俺がこれから生きていくに当たって、値千金の情報だ」


 正直『スペル・シンフォニア』の世界に転生するのなら、主人公のガイウスではないだろうとは思っていた。

 てっきり脇役のお調子者であるテケリリあたりかと思っていたが……


「まさかゲームに出てこないキャラに転生してしまうとは……」


 そう、そもそもの話――『スペル・シンフォニア』の中に、ヴァル・フォン・フレイムなる登場人物は存在しないのだ。

 だがこの理由にもおよそ予想はついている。


 根拠となるのは初回限定版プレミアムボックスに同梱していた設定資料集の終盤にある、物語開始前後の年表のページだ。


 そこには間違いなくフレイム伯爵家の記述があった。

 ――物語開始直前に、魔族によって滅ぼされたという記述が。


「現在は王国歴265年……つまり物語開始地点まで残された時間は、あと五年」


 滅亡へのタイムリミットは五年……対策をすると考えれば決して時間的な余裕があるわけではない。

 だがそれも、俺が伯爵家の嫡男であればまだやりようはあった。


 俺が爵位を継ぎフレイム伯爵家となって領内を自由に差配できるのなら、対応策を練ることができた可能性はあった。


 しかしながら最悪なことに、俺は記憶を取り戻す直前に廃嫡されてしまった。

 いや、そのショックで記憶を取り戻したのだから最悪ではないかもしれないが……とりあえずなんにせよ今の俺はなんの権限も持たぬ、ただのフレイム家の長男でしかない。

 これではとてもではないが、領地防衛などできるはずない。


(それにまあ……今の俺が何を言ったところで、無駄だった可能性も高いしな)


 鏡に映る黒髪黒目の少年を見ながら、嘆息する。

 これだけの眉目秀麗であり、そして父譲りの才能を持っているはずのヴァル・フォン・フレイムという人間は、なかなかに救いようのないクズだった。


 小さい頃に神童ともてはやされたのをいいことに真面目に努力することをやめ、それからは怠惰に日々を過ごすようになった。


 フレイム伯爵家の嫡男であることを笠に着て横暴な行為を繰り返し、父上や母上から注意をされてもそれをまったくやめようとしない始末。

 気に入らないことがあれば物を壊し、何かあれば使用人に当たり散らすその様は正しく悪徳貴族のそれだ。


 周囲からの評価は最低の底を突き抜けてそのままマリアナ海溝に沈んでいく、もはや評価不能なレベルまで落ちている。


 両方の記憶を持つ俺は、ヴァルが伯爵家嫡男としての重責に押しつぶされそうになりそのストレスで周囲にあたっていたことを知っているが、自分のことながら擁護はできない。


 こんな俺が何を言ったところで、それを素直に信じてもらえるか?

 しかも廃嫡されたこのタイミングでだ。


 何を言っても狼狽して世迷い言を言っているだけだと一蹴されるに決まっている。


 前世の記憶を取り戻したなどと言えば、頭がおかしくなったと幽閉されてしまうかもしれない。


「さて、どうするべきか……」


 俺はこの世界で、どのような身の振り方をすべきなのか。

 それを考えようとしたタイミングで、ドアのノックに集中を遮られる。

 どうやら父上が、俺が倒れたことで中断していた話し合いを再開させたいらしい。


 前世と今世の記憶が混じり合い、様々な感情が脳裏をよぎる。

 俺がこの世界でなすべきこと。

 そのためのヒントはきっと――今からする会話の中にあるはずだ。

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